弁護士という生業

結城彼方

弁護士という生業

勘違いしてる人が多いが、弁護士の仕事は社会正義の実現ではない。では、弁護士の仕事とは何か。それは、顧客の利益を最大化する事である。


今日も依頼がやってきた。内容は国選弁護。要は弁護士を自分で雇えない貧乏人の弁護だ。金にはならないが、それでも仕事はこなさなければならない。顧客の利益の最大化という仕事を。


被疑者は殺人の容疑で捕まっていた。それも殺したのは1人や2人では無い。5人家族まるごと殺した容疑がかかっていたのだ。だが、被疑者が犯人かどうか決めるのは裁判所であって、それまで被疑者は無罪推定の原則が適用される。すなわち、1家5人を殺害したと疑われている無実の人の利益を最大化しなければならないのだ。


私は、無実を主張する被疑者を信じ、顧客の利益の最大化のために全力を尽くした。警察官、検察官の捜査過程での不備不正を暴き、検察側証人の証言を完膚なきまで叩き潰した。


判決は無罪。被疑者は泣いて喜び、私に礼を言った。だが、それ以上に被害者の遺族が泣いていた。私にも愛する家族がいるから気持ちは解る。怒りをぶつける対象だった被疑者はいなくなり、行き場を失った感情が涙を溢れさせるのだろう。だが、どうすることもできない。被疑者は無実だった。これは紛れもない事実なのだから。


私は残った仕事を終え、夜遅くに愛する家族の待つ家へ帰った。


「ただいま。」


そう言っても返事は無い。もう皆寝てしまったか。そんなことを思っていると、少し遅れ、聞き慣れた声で返事が帰ってきた。



「お帰りなさい。先生。」



自分が弁護した被疑者が全身を真っ赤に染めて、そこに立っていた。

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弁護士という生業 結城彼方 @yukikanata001

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