第零話 トラブル・チェイン! 振られた矢先に異世界転移(3)
長いようで短いような、時間の感覚さえおかしくなるような空間の捻じれを超えて……。
そして、視界が一気に開けて……。
取り敢えず、取り敢えず俺は今、地面の上に立っていた……。
五体満足、だ。先ずはその事に凄く安堵して大きく息を吐いた。
でも、周囲の様子が明らかに違ってる事には、身構える。
なんというか、石畳っていうのかな。
黒いアスファルトじゃない、グレー色した平らな石を並べて舗装された道の上に俺は居る。
空は、綺麗な青空が広がってる。
空気も、澄んでるように感じる。
「……あの世、なのか?」
恐る恐るそんな事を口にしたのは、逆にそうであって欲しく無いという思いからだ。
まるっきり俺の知ってるニホンとは様相が違ってる。
それは認めるけど、でも……。
「確かに、トラックはこの手で止めた筈だ」
轢かれてはいないのだから、死んでもいないという事なのだ。
なのにあの世に来てしまったというなら、それは余りにも理不尽じゃあないか。
俺は理不尽とは出来る限り戦いたい。
そう思いながら右手を見る。
もう光ってなかったが、手の甲に変な模様みたいな痣が出来ていた。
「もう、何がなんだか――」
突然、低く響き渡る鐘の音が鳴った。
ゴォォン――ゴォォン――。
「――ッ! びっくりしたなぁ、もー!」
そうやって不意を突く感じで何か来るのやめてくれよ、こっちは彼女に振られてからずっとそんなんばっかでもうビクビクしてんだから!
だけど、そんな俺の心境なんて知らんとばかりに鐘の音は続いてる。
なんだっていうんだまったく。そんな腹立たしい気持ちで鐘の音の方向を見遣る。
「あれは……」
……なんか物凄く嫌なものが見えた気がした。
でも、他に何を頼りにして動けば良いのか分からないから。そうなりゃもう仕方無い。
「ここは天国か、或いは地獄か。あそこで何が待ってるかで判断しよう」
石畳に沿いつつ鐘が鳴る方へと歩いていくと、ちらほら人間っぽいのが何人か同じようにしてるのが見える。
いや、実を言うとここに来てすぐに俺以外に人間……っぽいのが居て、そこそこ賑わってはいたんだよ。
ちゃんと人の顔はしてるし、話してる言葉なんかも理解出来るんだけどさ。
なんというか俺の良く知るニホン人とはちょっと違ってて……。
皆それぞれ髪の色が赤かったり黄色かったり、緑色してたりと随分なカラフル加減でさ。
その割に着てる服はニホンのファッションに比べて、似てはいるけどなんか質実さが際立ってるというか。
麻素材の上着とか、革素材のベストとか、西洋風の鎧とか付けてるのまで居る……。
こうなっては明らかに俺だけが浮いてる風に思ってしまって、どうにも声が掛け辛い……。
本当に何処なんだよ。
もしあの世なら俺以外にもニホン人が居る筈なのに、寧ろ皆違う世界の生き物みたいだ。
いや、どうやら違う世界に来たらしいっていうのは百歩譲って認めても良いと思ってる。
でも、ならなんであの鐘がこの世界に存在してるんだ?
さっきからずっと、俺がどうにも微妙な気持ちになるっていうか、なんかそわそわしてしまうのはさ。そいつの所為なんだよ。
ニホンでも知ってる鐘の音なんだ。
まるで違う世界に居るんだと思わせてきておいて、なのになんで同時に俺にこの鐘の音を聴かせてくるんだよ――!
辿り着いて、改めて確信した。
ここは天国でも地獄でも無く、きっと何処かの異世界で。
だけど現実離れし過ぎていない、言ってみればリアリティってものが存在してる。
俺にそう思い知らせてくる建物を間近にそう思う。
「教会。ウエディング、ベルかよ……」
アスファルトじゃない石畳の道。
若いヤンキーやギャルもびっくりするであろうカラフル髪の、人間達。
ああ。もう彼らも俺と同じ人間なのだと、そこも認めるさ。
違ってるのは髪の色と着ている物位なものだ。
なんたってこの人達もニホン人のように、お互いの愛を誓い合って添い遂げる風習を持っているんだから。
れっきとした、この世界の中で生きている人々なんだ。
教会の扉を背にして立つ新郎新婦が、周囲の
「現実、の、愛し合う人達。なんだよ今こんなもん見せんなよ、天国や地獄よりも辛くなってくるじゃないか……」
駄目だ、ちょっと待って。なんか目頭が熱くなってきた。
ヤバい、ヤバいヤバいって!
「グスッ……」
……くそっ。いかん、ここで泣いたら絶対にいかんぞ俺!
急いで服の袖で涙を拭く。
「敗者は潔く去り行くのみって、ばっちゃんも言ってたもんな!」
いや言ってないけど。俺はばっちゃんからそんな言葉を言われた事は一度も無いけど!
けどこれはいわばノリってやつだ。
放っておけば底辺まで沈みそうな自分の心を、支えて引き上げる為の心のセーフティネットなんだ。
「……帰ろう!」
何処へだよ、と心でセルフ突っ込みを入れる事も欠かさないぞ。
でもとにかく、今の俺はここに居てはいけない人間なんだ。
何故なら今のこの俺には、人生に於ける敗者のオーラが纏わり付いているのだから。
それは関わり合いになった誰かの気分にも伝染する恐れのあるものだ。
いけない。絶対にいけない。あの新郎新婦の幸せにケチが付いてしまっては!
この敗者のオーラは俺一人、責任を持ってこの場から持ち去っていく!
そう思って、踵を返して駆け出そうとした。
なのに……。
「見付けたぁっ!」
明後日の方向から、なんか凄く良く通る女の声が聞こえて来て……。
透き通るような、だけどとても真剣な声。
「良かった! ちゃんと、出逢えたっ!」
変に透き通り過ぎる位の、本気さに満ちた声。――んんっ!?
もしかしてこれ、俺に向かって言ってるのか!?
振り返ってみたらなんかさっきの新婦とは違う……だけどとても綺麗な、純白の薔薇の意匠を凝らしたウエディングドレス姿の女が走って来ていた。
俺の、方にだっ!!
――第零話 完――
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