第零話 トラブル・チェイン! 振られた矢先に異世界転移(2)
今日はオフの日、昼間にこのレストランを予約したのは酒が入ってない状態でプロポーズをしたかったからだ。
空調のしっかり効いた店内のテーブルに腰掛けながら、正面に座っているシュウが俺に向けて眼を細めていた。
彼女のその動作だけで、寒気がしたんだ。こんなに空調が効いているのに。
テーブルの上に伸ばした
……おいおい、マジか!?
「だから、レンとは結婚出来ない」
「……何言ってんだよ?」
「言った通りの事よ」
「それじゃ分かんないから聞いてんだよ――!」
だから声のトーンは抑えた。
抑えたけど、そりゃあ張り詰めた声色だったし、眼つきだってかなりギラついてるかもしれない。
「落ち着いてよ」
「……もう、とっくに落ち着いてるさ」
嘘じゃない。周りの人の視線が痛いと感じる程度には冷静さが残ってる、だから落ち着いてみせた。
……いやそこは嘘だ、自白する。
他の人間の視線なんてのは別にどうだっていい。
そんな事よりも、今シュウに俺が怒り任せに場の
だから我慢してる。
仮にシュウがそうは思わなかったとしても。
この俺自身が、彼女よりも格下な男みたいになってしまうのを癪だという風に感じてしまっていたんだ。
つまらない見栄を張ってるに過ぎなかったとしても。
彼女のような強い女と二年付き合う内に、触れ合う内に、俺の心の強さだって磨かれてきたから、だからそう感じたのだと思いたい……。
「……そう」
シュウが俺の気持ちを分かってる、みたいな返事をした。
シュウは俺の事を、なんでもお見通しな女だから。
そんな風な分かり方をしてくれる女なんて、きっと人生で何度も出逢えるもんじゃない。
一度出逢えたら良い方。それでもこっちがちゃんと大事にしなきゃあ、その手を取る事なんて出来やしない。
だから俺はこの女豹みたいな女を絶対守って、一生幸せにしようと誓ってたんだ。
……だから、だからさ。
シュウが今どんな思いで居たとしても、他の誰でも無い俺が、彼女と向き合ってやらなくちゃいけないんだよな……。
「……シュウ、俺達はお互い
「こんな時にもそういう真っ直ぐな言い方するの、レンらしいよね。テンションがさ、真っ直ぐ過ぎて、おかしい位で……」
シュウが、不意に微笑んだ。
その表情には慈しみがあって、だから俺は全然ビビらなかった。
それは強い女だった彼女が俺と付き合う事で次第に向けてくれるようになった微笑みで、今となってはもう見慣れていたからだ。
「私には、レンみたいに強くなる事が出来ない……」
その言葉に、心が
「……レンと私は、住むべき世界が違ってたんだよ。このまま一緒になっても、私は幸せになれないって、気付いたの……」
眼に涙を溜めて、それでもシュウは泣かなかった。
それが彼女なりの責任の取り方なんだって、俺には分かった。
二年という時は、女にとっても決して短い時間なんかじゃないだろうに。
それでも彼女は、あくまで自分が加害者側で居る事を覚悟してくれているんだ……。
それが分かってしまったから、だから俺は、彼女との別れを受け入れる他に無かった。
……他にも分かった事は有った。
俺はこの二年で自分の強さを磨いたんじゃなくて、きっと彼女に慈しんで貰うのと同時にその強さも奪って、自分の物にしてしまっていたのだという事だ。
だからそんな俺と一緒になっても、彼女は幸せになれないんだ。
俺は、彼女から強さを教わったっていう風に思っていた、のに……。
男女間の付き合いの妙は、決して理屈なんかじゃ測れない。
愛し合って心が繋がり合って、でも何処かでお互いの繋がり方が違っていたんだ……。
※
まだ日も明るいっていうのに、帰り道は一人きりだった。
けど、それは当たり前の事ではあった。
恋人に逢って意気揚々とプロポーズして……それで、断られたんだから。
二十六歳、ニホンではそこそこイイ歳。
身を固めるのに丁度良い頃合いだって、そう思ってた、のに。
『レンと私は、住む世界が違ってたんだよ……』
彼女はそう言って、俺の元を去っていった。
二年も付き合ってたんだから、そりゃあ愛してくれているって思っていたよ。
俺は自分では特に中身に自信を持ってて、その中身を受け容れてくれてる、とも。
――要はその中身を時間を掛けた上で否定されたっていう事でさ。
自分でも情けないよなって思う。
それにしてもさ……住む世界が違ってるって、なんだよ。
思い出したら、ちょっと笑えちゃうじゃないか。
今笑って心が緩んだら、視界が、滲んでぼやけるだろ……。
同じニホン人なのに、さ。
彼女からは『レンはテンションがおかしい』とも言われたけど……だから住む世界が違う、って事なのかな?
横断歩道の前で、ふとアスファルトに塗装された白の模様に目が行った。
寝かせた梯子みたいな形の白色は、隙間の黒色のアスファルトと交互になっている。
そういえば
ゲームみたいな感覚で、黒い所を踏んだら残機一つ減るみたいな事考えてさ。
不意に、近くで『バチッ』と何かが弾けるような音がした。
「ん?……気の所為か」
少し歩幅を調節して一番手前の白い所に足を乗せる。
「ほっ」
そのまま連続して白い所を踏んでいく。
他に通行人は居ないから、こんな
近付いてくるトラックの走行音が聞こえてきてるけど、それ位なら別に良いや。
「ん、おい……」
歩道は青信号で車道は赤信号だ。
なのにトラックの速度が落ちない。
俺はまだ歩道の中に居るんだぞ。
折角童心に返ってる最中だってのに――。
クラクションを鳴らしさえしない、速度も全然落とさない。
……お前さぁ。
トラックが猛然と、間近に迫ってくる。
その威圧感に、俺の心が震えた。
――怒りでだ!
「お前、自分の人生台無しにしたいのかよ!!」
叫びながら、右手をトラックに向けて突き出していた。
止められるなんてそんな事思ってなかったさ。
けど、それと俺が自分の怒りを爆発させる事は別の問題だから。
それにさ、それに……。
人生終わるのは俺だけで良いんだと、そう思ったから……。
『バチィッ!!』と弾ける音が大きく響いた。
俺が、トラックにぶつかる前に。
音と同時になんか光り出した俺の右手が……トラックの巨体を、ビタァッ!――と一瞬で止めていた……。
「――はあっ!?」
えっ!? ええっ!?
いやいやいやいや、無理だろ!? 寧ろ俺が吹っ飛んでなきゃあおかしいっての!!
ちゃんとそうなるビジョンも脳裏には浮かんでたんだぞ! いや、俺が怒ってたのも本当だけどっ!
なんなら急に止まった反動で車体の後ろの方が浮いてしまってる位で……ちょっと、これ……。
「危ない!」
とにかく運転手が怪我しないようにと声を上げるしか出来なかった。
とにかく無事で! とにかく無事で居てくれ運転手ー!
なんか右手の光が全身まで包み込むように広がっていってるけど、そんな事よりも今は、運転手の事を考えないと!
俺の思いが天に通じたのか、トラックは吹き飛んだり横転する事も無くそのまま上手い事着地した。
まだ最小限の衝撃で済んだ筈だ。
「良かっ――」
『た』を言い終える前に俺は、全身を包んでいた光の内に吸い込まれて、なんか物凄い空間の捻じれっぽい所をそれこそ超高速で流されていった。
「ああああああああああああああああぁ!?」
なんなんだよぉっ!!
一体、何が起きてるってんだーーーーー!!
――3へ続く――
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