ヨタ話

「ピコ太郎には実はナノ次郎っていうピコ太郎よりも1000倍大きい弟がいて、最終的には八郎っていうクソデカ弟まで兄弟がつながっていくんだよなぁ。八郎は身長が1.8Tmテラメートルくらいある立派な奴だったよ。」

「おまえもよくそんな与太話をまぁポンポンと話せるよな。どうやって考えてんの?」

「うーん、まぁ何というか、与太話っていうのは一期一会なんだよな。その場のグルーブ感で出てきた言葉を言ってったらなんかいい感じになるんだよ。お前もさ、もっといい加減に話してもいいと思うぞ。雑談なんて次の日になったらみんなどうせ忘れてるんだしさ。」

 俺たちはいつものように大学の近くにあるインドカレー屋で駄弁りながら昼ご飯を食べていた。ここのカレーはもはやおふくろの味とまで言っていいだろう。きっと社会人になってからここのカレーを食べたらノスタルジアに心を破壊されて鴨川で『バカヤロー』って叫びたくなるんだろうな。

 一通り駄弁り終わると二人で三限の教室まで移動した。俺と水野は中学からの同期で大学でも大体いつも一緒に過ごしてる。とってる講義も大体同じなので一日中こいつといることも珍しくない。一緒にいるとは言っても大体こいつが適当な与太話をまき散らしてるのを聞いてるだけだが…


―――木曜日三限、全科共通科目「文化人類学I」―――

「この辺にある元田中っていうところの話をすると他府県の人には『じゃあ今は何なんですか?』とよく聞かれるんですが、皆さんそういう時は『今は出川なんですよ』と答えるといいですよ。あんまりウケませんが京都通っぽさが出て良いです。」

「あの教授いっつも与太話してるよな。授業料返せカスがよ。」

「あの先生教授じゃなくて准教授だよ。」

「細かいなぁ、さっきまで適当にしゃべれって高説垂れてたくせにさぁ。」

「この前あの先生に敬称教授でレポートの遅延提出オンラインドゲザメールしたら『それはそれとして私は教授ではなく准教授です』って返ってきてさ。」

「あー。そこのお二人 静かにお願いしますね。えー、ナンの話をしていたかというとですね、あれですね。百物語は単に百個の怪談をいい感じに披露しあうことが目的ではなくですね、本来は百話目が終了した際に引き起こされる怪異を目的にして行われていたということですね。まぁ、ある種こっくりさんのようなものだと思っていただいて構いません。そもそも夜通し百話も披露したら疲労がたまって、披露だけに、百話目が終わるころにはみんなハイになって変なことが起きても不思議ではないですがね。」

「なぁ、小林。」

「さっき注意されたとこだと静かにしろよ。」

「俺らも百物語しようぜ。」

「あー、そこのお二人。ちょっとうるさいですよ出て行ってもらえますか?」

 准教授に注意されてバツが悪そうに教室を出て言った俺たちはもう午後の授業に出る気にはなれなかった。まぁ大したことない教養科目だから一日欠席したところで痛くもかゆくもない。とりあえず水野の家でヤツの思い付きの続きを聞くことにした。

「お前の与太話の練習も兼ねてさ、百個の与太話を即興で披露しあうんだよ。百物語みたいに蝋燭も立てて。場所は、そうだな、俺の部屋でいだろ。」

「こんな部屋で蝋燭百本も立てたら部屋火だるまになるだろ常識的に考えて。」

「そっかぁ、無理かぁ。何とかなんねぇかなぁ。百与太語したいなぁ…」

「どっか広い部屋借りて来いよ。青少年センターとかいろいろあるだろ。」

「深夜に部屋貸してくれるとこなんてないだろ。与太話とはいえ百物語なんだから夜通しやるから価値があるんだろ?」

「怪談を持ち寄って幽霊が近づいてくる百物語ですが、果たして与太話を百話持ち寄ったら何が寄ってくるっていうんですかお兄さん。」

「そりゃあやってみないとわかんないだろ。せや!試しに一人で百与太語やってみるわ。十話話したら蝋燭一本消すとかでいい感じになるだろ。」

「今日はもう遅いしとりあえず飯行って解散すっか。」

 俺たちは最寄りの定食屋で夕食を済ませ、ダラダラと駄弁りながら二人で腹ごなしに散歩をした。今日は何となくいつもより遠くへ足を延ばすことにした。遠くとはいってもそれでも近所のうちに入るようなちっぽけな冒険は新しい発見の連続だった。大学の近辺であるだけでなく、歴史のある街の路地裏にはネットでは見つけられないようなニッチな店や史跡がそこら中にあった。もう夜も遅いのでほとんどが閉まっていたが、それでも明るいうちにまたここに来よう、あそこも良さそうだとかなり会話は弾んだ。

 そんな中でポツンと一件だけまだ明かりのついている店があった。どうも古物商らしい。世界中の珍しい民芸品や、古民家の蔵から出てきた一切縁起不明のものまでいろいろ取り扱っていた。特にこういった工芸品に造詣があるわけではないが、見慣れない造形の品物ばかりで見ていて飽きなかった。

「なぁ、小林!ちょっとええもんめっけた!」

 三十分ほど店内を物色していたあたりで上の階を見ていた水野が声をかけてきた。小林の手には千手観音のような仏像が握られていた。小林が仏像に興味を持つなんて意外だと思った。

「これさ、この手のとこに蝋燭立てたら百本たちそうやんか?これであの狭小アパートでも百物語できるで!」

 そういうことか。

「一回地獄に落ちろ罰当たり野郎がよ。」

「お客さん、良い目してるね。」

 どこからともなく店主の爺さんが首を突っ込んできた。この爺さんさっきまで椅子に座って爆睡かましてたのにいつの間に。

「それはね、仏像のように見えるけどもお兄さんの目論見通り蝋燭立てなんだよ。これはこの店では数少ない曰くの知れた品でね。かつて台湾に存在していたフォルモサという国が日本の影響を受けて作った観音像アミダだよ。その手一本一本に蝋燭を立てて百の物語を奉納することでなんでも願いが叶うと聞いているね。この観音像アミダは本来は一𥝱本の腕がある観音ヨタ・ハンデッド・アミダの仏像だからね、この観音様に奉納する話を水増しするために適当にでっち上げた話のことをヨタ話っていうようになったんだな。」

 ジジイの与太話は適当に聞き流して俺と水野は割り勘でその仏像もとい蝋燭立てを買った。水野は今夜試しに蝋燭を立ててみると息巻いていた。明日は必修の科目があることをこいつは忘れているのだろうかそれとも留年の覚悟を決めているのか。

 なんにせよあいつは次の日大学に来なかった。来なかったということは試しの百物語がうまくいって徹夜して今頃爆睡かましているんだろう。そんなことを考えながら受けていた線形代数はいつにもまして何もわからなかった。

 5限までがっつりバックレた水野を晩飯に誘おうとあいつの下宿先にまで俺は足を運んだ。LINEもツイッターも反応がないあたりあいつはまだ寝ているのだろうか。あいつの部屋はどうせ鍵なんて掛かってないだろうから直々に起こして恩を売ってやろう。ちょっとした総菜くらいならおごってもらえるかもしれない。そんなことを考えながら水野の部屋に入るとそこには目を疑う光景が広がっていた。カーテンを閉め切り、電気も落とした薄暗い部屋に所狭しと蠟燭が並べられていた。学生が下宿するような狭小アパートに並べられる蝋燭なんてせいぜい数十本がいいところだが、部屋にはざっと数えただけでも数 十の二十四乗ヨタ本ほどの蝋燭が並べられていた。そのほとんどは灯が灯っている。水野はその無数の蝋燭たちの中で一心不乱に何かぶつぶつとつぶやきながら一本ずつ蝋燭を吹き消している。

「おい水野!お前なにやってんだ大丈夫なのかよ!」

 俺は水野に声をかけるや否や蝋燭を蹴散らしながら彼のもとへ駆け寄っていった。どうもあいつには俺の声が届いていないようだ。焦点の合わない目は瞬きすることもなく虚空を見つめている。うなされているかのようにひたすら独り言つ水野の肩を揺すると、彼は目が覚めたかのようにハッとこちらを見た。相も変わらず何かに怯え、小動物のように震え続ける彼の眼には恐怖の中に怒りの感情が湧き上がっているかのようであった。

 与太話を中断した次の瞬間、水野は全身が炎に包まれた。彼が持っていた蝋燭の炎が一瞬にして全身に燃え移ったのである。不思議なことに彼の足元の畳は全く燃える様子はないし何より彼に直に触れているはずの俺には全く熱さが感じられない。

「小林ぁ!何てことしてくれたんだぁ!ようやく一万話目に差し掛かろうとしてたのに一からやり直しじゃあないかぁ!」

 水野がそう叫びながらその場でうずくまると彼を包んでいた炎は火のついていない蝋燭たちに吸い込まれるように彼の体から離れていった。相変わらず水野は熱さに悶えるようにその場でうごめいていたが、服が燃えたような様子もないし火傷をしているかのようにも見えない。だからと言って彼が演技しているかのようにも見えない。小学校のことからの付き合いである俺にはわかる。彼は本当にこの蝋燭の炎に“焼かれた”のだ。

 自分の目の前で起こっている怪奇現象に理解が追い付かなかった。茫然とする俺をじっと見つめる水野の瞳にはあの仏像アミダが映っていた。ヨタ本の腕一本一本に蝋燭を携えた𥝱手観音ヨタハンド・アミダの呪いが水野を生きながらに地獄へと落としてしまったのだ。

「なぁ、小林。お前にも見えてるんだろ?この前の仏像、あそこに置いてあるあれ、お前引き取ってくれないか?頼むよぉ、お前にしか頼めないんだ、ね、ね、いいだろ?」

 憔悴しきった人間の力とは思えないほどの握力で水野は俺の後ろ髪を掴んできた。幸いなことに生まれつき紙の細かった俺はそのまま後ろ髪を引きちぎって部屋から出て行ってしまった。それ以来水野の部屋に近づくことはなくなった。俺が大学を卒業するころには水野のアパートは売り物件となってしまい、いまだに買い手がつかずもはや廃墟同然になっている。


 彼は数十の二十四乗ヨタ本の蝋燭をすべて吹き消すまで与太話を続けなくてはならない。その間、眠ることも水を口にすることすらも許されない。彼の与太話でしか消すことのできない不思議な蝋燭は、あの日から十年以上たった今でもきっとあの部屋で彼の身を焼き尽くさんとその芯に炎を湛えているのだ。

 俺は今でも仏像を見ると水野のことを思い出す。たまに京都に帰った時にはあいつのアパートの近くまで足を運ぶが、あの部屋にまで行くことはまだできずにいる。

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