一億総バラモン社会
報告書
先日の墜落事件に関して、機長から管制塔への以下の通信が記録されておりました。
『こちらボーイング666。機内にてナンの二度付けを確認。これより墜落体制に入る。犠牲になる無関係の乗客には非常に申し訳ないと思う。インドとナンに栄光あれ!』 ―――
半年ほど前に起こったNANボーイング666墜落事件を皮切りに日本発インド行きの航空機がかなりの頻度で墜落している。奇妙なことにインド発日本行きの航空機にはほとんど事故は起こっていない。前代未聞の異常事態にインド政府と日本政府が共同で調査委員化を立ち上げたが、やはりただの航空機事故であるということ以外には何もわからなかった。
この怪現象は日印だけでなく、世界中からの関心を集めた。真相究明に向けて様々な憶測が飛んだ。インド政府と日本政府が結託した陰謀説。インド国境に潜むテロリスト説。UFO説 etc... どの説もそれなりの説得力とそれなりの矛盾点を抱えており、満足のいく説明のできたものは未だ出てきていない。多くのものは知的好奇心から様々な説を検証しているが、中には真剣に真相究明に取り組んでいる者もいる。旅行会社の関係者、先の調査委員会。そして私のようなジャーナリストである。多くの日本人の命が犠牲となっている以上はその真相をつかむことがジャーナリストとしての使命であると私は自負している。
私が編集長から怪現象の取材を命ぜられたのは最初の墜落事件から一か月ほどたった時だった。数回立て続けに墜落事故が起き、インド行きの航空機に注目が集まってきた時期である。当時はまだ今ほど熱狂的な注目を集めていたわけではなく、関係者の多くがきっと航空機に異常があるとかそんなところだろうと考えていた。編集長も『大手のスキャンダルをいち早くリークできれば特ダネになるぞ』といって私に取材を命じた。
私は記者としてすでにある程度の成功を収めていたものの、もう一山当てて業界での地位を確立したいと思っていた。だから二つ返事で取材を引き受けた。実際のところ、この怪現象、いや、怪事件は誰もが予想できなかったほどに根の深いものであった。
最初に取材に行ったのは(かなり定番であるが)被害者の家族のところである。当時はまだ本腰を入れて取材をしていたメディアは俺くらいだったから案外すんなりと取材を受けてくれた。結果は丸坊主。数十件は取材して回ったが、どの家庭もインド好きでヨガや手作りナンに凝っているくらいで、ロクな情報は得られなかった。やはりただの偶然が重なっただけなのだろうか。編集長に叱られるつもりで進捗報告をしたら案外好感触だった。要素を一つ消すことができただけでも十分だそうだ。
次に航空会社に向かったが、警察が調査中で守秘義務があるからと断られてしまった。正直、私人である俺が国内で取材できることはこれくらいであるから、これ以上取材を続けようと思うとインドに飛ぶしかない。しかし、海外に取材となると相当ネタが取れる確度が高くなければ経費が下りてくることはない。編集部的にも正直まだそこまで優先順位の高いネタであったわけではないからこれで取材は打ち切りムードであった。もし、今後何か新しく話題が降ってきたら追加で取材しようということで決まった。
それからしばらくの間、墜落事故が起こる度に関係者に取材をし、特に成果もあげられずの繰り返しであった。取材を始めてから三か月後、突然取材の流れを大きく変える事件が起こった。編集部に匿名の投書があったのである。
「編集部様
貴社の記者の一人が頻発する墜落事件について長期にわたり取材をされているかと思います。特に貴社はほかのどの雑誌よりもいち早く事件に目をつけ、取材を開始されましたね。その情熱と先見の明に敬意を表し一つヒントをあげます。これらの墜落事故はすべてある組織により計画された事件です。もしこれ以上のことを知りたいのであればインドの××というところまで来てください。
P.S. もし信用に足る証拠が欲しいのならば、明日の6時成田空港発インド行きの便が墜落することをニュースで確かめてください。」
週刊誌の編集部としてはこういった怪文書は大好物である。なんなればこの投書をそのまま記事にしてしまうことさえできる。しかし、翌日のニュースを見た編集長はまだこのネタを温めることにした。もっとネタを集めてからまとめて特集を組むことにしたそうだ。当然取材の担当は俺である。編集長はインドまでの取材費用をポケットマネーからすべて出してくれた。編集長としての勘が特ダネの匂いを嗅ぎつけたそうだ。もし投書の言う「組織」の全容を暴くことができれば多少の出費なんてタダ同然だそうだ。
翌日からのインド出張に備えて早めに帰宅したところ、郵便受けに一通の手紙と共に小包が入っていた。編集部に届けられていたものと同じ便箋に同じ筆跡である。内容は次の通り。
「明日の飛行機は安全です。幸運を祈ります。このナンをラップで包んでレンジで温めるとおいしいですよ。」
見ず知らずの人間から贈られてきたナンは実においしかった。モチモチとしていて素材のうま味が良く伝わってきた。レトルトのカレーにつけて食べるとさらにおいしかった。本場のスパイスのきいたカレーにつけるともっとおいしいんだろうなと明日からのインド取材が楽しみになった。ありがたいことにナンは数日分はあった。このナンも取材にもっていこう。誰か知らないがこの手紙の差出人のところに行けば出来立てのもっとおいしいナンが食べられるんじゃないかと期待に胸を膨らませている自分とインドまで仕事に行くんだ旅行じゃないんだぞと自戒する自分の板挟みにあいながら就寝した。
俺が乗った旅客機は墜落することなく無事にインドに到着した。墜落事故が連発しているのにもかかわらず機内はほぼ満員であったのが実に不思議だった。俺は信頼できる投書のおかげで安全な便を知ることができたが、ほかの乗客たちはどうしてそこまでしてインドに行きたがるのだろうか。余裕があればその辺の事情も併せて取材したいと思った。
空港についてからはバスやタクシーを乗り継ぎ数時間かけて目的の場所までついた。田舎の小さな村だった。とても閑散としていて、もう廃村になっているのではないかとすら思ったほどである。日暮れも近づいている中で、宿になりそうなものもなく途方に暮れている中で一人のインド人が声をかけてきた。
「あなたが日本の記者さんですね。お待ちしておりました。こちらへ。」
インド人について行ってたどり着いた先は何の変哲もない小さな掘っ立て小屋であった。しかし、中に入ると外観からは想像もできないような広さの宮殿であった。
部屋の奥に鎮座する絵にかいたような立派なインド人が俺に声をかけてくるまではその美しさに唖然としていた。
「遠路はるばるインドへようこそ。ここは『ナン愛護教団』インド本部。私たちは世界中のナンとカレーを愛し、世界に広めていくことを目的に活動しています。あなたに手紙を出したのは私です。私たちは今、とてつもない強大な組織を敵に戦っています。『ヨガマスター協会日本支部』、世界にヨガを広めていくことを目的に活動している組織です。彼らはいまとんでもない陰謀を企てています。一億総バラモン計画です。彼らは日本にヨガを広める使命を達成する究極の方法として日本人をすべてバラモンにするつもりなのです。」
「すみません、話が見えないのですが、日本人をバラモンにするというのはどういうことですか?」
「インドには『ナン二度付け禁止の法』が存在しています。これは古くはヴェーダに記載もある伝統的な法です。私たちナン愛護教団も元々はこの法を守り伝えていくために古代のバラモンたちにより創設された組織です。この法は人間が作った法ではなくインドの神々により定められたインド人の規範ですから、もし違反してしまえば二度とインドの土を踏むことは許されません。もし、二度付けしたものがインドに降り立てば神々の怒りの雷により全身を焼き尽くされ、死後もあの世で永久にナンをコネ続けなければなりません。」
ナン愛護教団の団長の話と似たような話を子供のころに絵本で読んだことがある。確か『ナンを二度付けしてしまう卑しい心を生前に反省した大泥棒が地獄でお釈迦様のナンに乗り、天国まで運んでもらう途中で、便乗しようとしたほかの罪人たちを振り落とそうとしてナンが破れて再び地獄に落ちてしまう』といった話だったと思う。お釈迦様が『かわいそうに。ナンは二度つけることができないのだ』と慈悲深く憐れむ絵はとても印象に残っている。あの話はこんなところに源流があったのか。
「さて、数か月前にとある事件が起きました。日本に追放されていた二度つけ犯の一人が航空機を利用してインドに密入国しようと試みたのです。そのことに気づいた機長がインドの名誉を守るために故意に飛行機を墜落させました。インドのために犠牲となってしまうほかの乗客のために捧げた機長の祈りを受けたインドの神々は特別に乗客たちをバラモンとしてインドに転生させました。」
「その墜落事故は知っています。一連の墜落事故の最初のものですね?」
「そうです。日本人機長のインド人仕草はインド人の鑑としてインド政府から名誉インド人の称号が与えられ、日印友好の美談としてインド中に広まっていきました。この事件に目をつけ、とある悪だくみを成功させたのがヨガマスター協会なのです。彼らはまず無作為にインド人を拉致し無理やりナンをカレーに二度付けさせます。そしてこのインド人を日本に追放。そしてインド行きの航空機へ秘密裏に搭乗させるのです。買収した機長に墜落を命ずることで、同乗していた日本人はすべてバラモンへ転生という寸法です。インドの神々たちも前例を作ってしまった以上はどれだけ不服でも彼らをバラモンへ転生させなければなりません。搭乗する日本人はヨガマスター協会日本支部オンラインサロンで秘密裏に募った『バラモン転生ツアー』の客だったようです。」
「それが件の連続航空機墜落事件の真相だというのですか?!」
「ええ、間違いありません。数日前に、ヨガマスター協会のインド本部副部長が私たちのところへ亡命してきました。彼は協会から計画書を盗み、命からがら逃げてきたようです。『私はもうこれ以上祖国を侮辱することはできない。君たちの手で計画を叩き潰してくれ。』と言い残して彼は祖国の土へ帰りました。祖国のために命を懸けた彼のために、命を懸けてインドの名誉を守ってくれた名誉インド人の日本人機長の名誉のため、そして我々の愛するナンをこれ以上侮辱させないために、この計画書を日本に持ち帰りヨガマスター協会の陰謀を暴いてほしいのです。」
私はひとまずその日はナン愛護教団の施設に泊まらせていただくことにした。長旅の疲れもあるし、いきなりあんな衝撃的な話を聞かされて混乱もしていた。静かなインドの田舎の夜は物悲しさを誘った。数か月前まではこの辺りも教団の本拠地として賑わっていたがヨガマスター協会との度重なる抗争で荒廃してしまったそうだ。
少し落ち着いてきたころ、そういえばまだ日本に送っていただいたナンのお礼を言っていなかったなと思い、団長のところまで案内してもらった。
「我々が丹精込めて作ったナンを気に入っていただき嬉しく思います。実はちょうどいま日課のナンづくりをしていたところナンですが、あなたも一緒にどうですか?」
「ええ、私のような日本人が参加してよいのですか?」
「かまいません。大事なのはナンを愛する心です。あなたには十分資格があります。私たちのナンをおいしく召し上がっていただけたのが何よりの証拠です。実は日本に送らせていただいたナンにはナン愛護教団秘伝の魔術がかけられており、ナンを愛する心を持たない者が食べようとするとのどに詰まって死んでしまうんですよ。」
「そうだったんですか。実はインドに来るとき、『このナンがもっといっぱい食べれるかもしれない』とワクワクしながら飛行機のチケットを予約していたのです。」
「そういった少年のような純真な心がナンをおいしくする最高の調味料です。おいしく食べられることこそがナンにとっての最高の幸福。…それをヨガマスターたちは踏みにじってッ!!!」
出会ったときからずっと温厚だった団長が突然感情的になり驚くと同時に、教団に協力する覚悟ができた。こんなにもナンを愛している人たちが不幸になっていいはずがない。必ずヨガマスターたちの計画を叩き潰し、教団のみんなと焼きたてのおいしいナンを食べようと心に誓った。
「客人とナンの前でこんなに感情的になってしまっては…いやはや、年は取りたくないものですな。ジジイになってからというものすぐに感情的になってしまいます。」
「いいんですよ。それだけナンを愛している証ではないですか。計画は私が必ず日本に持ち帰りますから、団長さんは祝杯のナンの準備をして待っていてください。すべてが終わったら編集部のみんなもインドに連れてきますよ。」
「記者さん。あなたはインド人よりもインド人だ。素晴らしいインド道です。そうだ、少し待っていてください。」
突然思い立ったように奥の部屋へ行った団長は暫くしてから仰々しい恰好をして戻ってきた。
「いまから名誉インド人認定の儀式を行います。もしあなたさえよければ名誉インド人になり、正式にナン愛護教団の団員となってくれませんか?」
「そんな…まだインドにきて一日と経っていないのにいいんですか?」
「大事なのは時間ではなく心です。あなたの心はもう立派にインド人ですから。ちゃちゃっと儀式を済ませてナンづくりの続きをしましょう。」
儀式が終わると同時に外で爆発音がした。
「もしやヨガマスターか!?」
団長の予感は的中した。ヨガマスターたちがファランクスを形成し、ヨガファイヤを放ちながら教団の本拠地まで行進してくる。ファランクスの中心で編集長が磔にされ掲げられているではないか!
「はるばる日本から我々のことを嗅ぎまわっていた低俗雑誌記者よ!貴様の編集長は我々の手中にある。生きて返してほしければおとなしく我々の計画書を返したまえ!ヨガファイヤー」
「編集長…ウウッ」
「あの日本人は…ヤツら我々の抗争に
「団長、あの人は私の恩人なのです。何とか助けられませんか?!」
「ヌウ…しかし、計画書を渡すわけには…。だが人の命を天秤にかけるわけにも…」
俺と団長が究極のトロッコ問題に直面する中、編集長が
「おい!聞こえるか!私のことはどうでもよい!特ダネをつかんだのであれば必ず日本に持ち帰れ!いいか?このネタはただのスキャンダルではない!人の命がかかわっているんだ!もし私に報いたいと思っているのなら一秒でも早く計画書を日本に持ち帰れ!」
「き、貴様ぁ!人質のくせに生意気だぞ!おい!こいつにとどめを刺せ!もう人質などいらぬ!実力行使だ!計画書ごと奴らをナンよろしくこんがり焼きあげてしまえ!!!」
ヨガマスターたちの息を合わせた見事なシンクロナイズド・ヨガファイヤは内燃するヨガパワーの相乗効果により太陽めいて煌々と輝く火球となってナン愛護教団の本拠地に直撃した。石造りの建物は一瞬でマグマと化し、教団を焼き尽くした。
「危ない!!」
迫りくるマグマから俺をかばった団長は足をマグマにのまれ、じわじわとマグマに体を犯されていった。
「何やってんだよ団長!」
「団員を守るのが私の仕事ですから。ほら、それより、丁度さっきまでこねていたナンが焼きあがりましたよ。これを旅のお供に、日本へ計画書を持ち帰ってください…インドとナンに栄光あれ!!!」
団長はそういって親指を立てながらマグマの中に消えていった。
命からがらヨガマスター協会の強襲から逃げ延びた俺はナンとか空港の近くまで来ることができた。空港には教団が用意してくれたヘリがある。それに乗ることができればひとまず安心できる。しかし、空港はすでにヨガマスターたちの支配下にあり、厳戒態勢が敷かれていた。ヘリは教団のものとわからないように偽装してはいるものの、俺自身は変装の用意はない。もし俺が乗り込んだと知られれば確実に追跡にあう。そうなれば多勢に無勢、確実に日本に到着する前につかまってしまうだろう。
人ごみに身を潜めながら機会をうかがっていると空から突然小さなナンが降ってきた。上を見上げるとはるか遠くへ飛び立つ鳩の姿。インド伝統の連絡手段、ナン書鳩である。
『丘で待つ』
ナンにはそう焼き印がされていた。誰かにメッセージを盗み見られないうちに胃袋へナンを仕舞った俺はここらで一番高い丘へ足を運んだ。空港で落ち合うのは無理だから高い丘で落ち合おうということだろう。
丘に着くと上空十数メートルのところにヘリが来ていた。
「急な変更すまない!予想よりも警備が厳重でね。縄梯子を下すから上がってきてくれ!すぐに出発だ!」
教団員がそう言い切るや否や、ヘリにロケットランチャーが打ち込まれた。
「バカだなぁ!ヘリコプターはロケットランチャーが打ち込まれる。インドじゃ常識だぜ?」
まだ煙がたなびいているロケットランチャーを担いだ男が数人引き連れて俺のところまで丘をぞろぞろと登ってきた。
「君たちがヨガマスター協会か。悪いが計画書は渡さないよ。」
「残念だが力ずくで奪わせてもらうぞ。野郎どもかかれぃ!」
勝負は一瞬だった。数人がかりで取り押さえられた俺は殴る蹴るのリンチにあい、気を失ってしまった。
気が付くと埃っぽい廃工場のようなところで椅子に縛り付けられていた。目の前ではさっきの男たちがカレーパーティーを開いていた。奴らは当然のようにナンをカレーに二度三度と付けてはしゃぶりを繰り返していた。何たる無法地帯!満身創痍、もはや瀕死であり、何ができるというわけでもないボロ雑巾のような状態であっても一人の名誉インド人として黙っているわけにはいかなかった
「おい、お前ら!ナンの二度付けは重罪だぞ!」
男たちは悪びれる様子もなく、俺をあざけるようにゲラゲラと笑いながら再び食べかけのナンをそのままカレーに浸してはベロベロとナンをしゃぶった。そしてリーダーと思しき、ヘリにロケットランチャーを打ち込んだ、男がナンを片手に俺のところまで近づき、言った。
「バカめ!これはナンじゃなくてチャパティだ!シャバいニッポン野郎には分らないだろうなぁ?チャパティはナンじゃないから二度付けし放題なんだぜ?ヒャッハー!」
チャパティ、それは高級食材ナンとは対極にある存在。見た目はそっくりであるがナンとは違い発酵させる工程を踏まずに焼き上げられる。お手軽に作ることができる庶民の味方、国民的ジャンクフードである。まさにインドのお袋の味である。
俺は今までにないほどの屈辱の中で沸々と湧き上がる怒りの正体を探っていた。ナンじゃないならどうして俺はこれほどまでに憤慨しているのか?彼の言う通り二度付けしてはいけないのはナンであってチャパティではない。我々が守らなくてはいけないナンとは似て異なる存在だ。それでも俺のナンを愛する正義の心はヨガマスターたちによるチャパティの二度付けを絶対に許してはならないと訴えかけている。そうだ、それが何であろうと二度付けの屈辱を目の前で見逃してよいのだろうか?ナンは神々に愛された存在であるがゆえに愚かな人類の汚れた二度付けから守られている。だからこそナンの二度付けには神々からの裁きが下される。ではチャパティはどうだ?チャパティは神々に愛された存在ではない。しかしインド国民から愛された存在ではある。ならばインド国民がチャパティを
私は名誉インド人、魂の高潔さでもってインド人となった男。出生に驕り、インド人仕草を忘れた彼らよりも数倍インド人であるこの私がチャパティの誇りを彼らから取り戻す。今は亡きヨガマスター協会副会長、そしてナン愛護教団から託された使命は『祖国をこれ以上侮辱させないこと』。決してナンだけを幸せにすればよいのではない。
その時、不思議なことが起こった!彼の瀕死の肉体から抜け出した名誉インド人魂が愛護協会秘伝のナンに宿り、彼は伝説のインドの怪人ナン男となったのである!たった一つの命を捨てて生まれ変わった小麦の体、インドの悪魔を叩いて砕く!ナン男がやらねば誰がやる!
全身に力が満ち溢れ、活力に満ち満ちていた。ヨガマスターたちの打ち込む銃弾はナン男の体内で即座に小麦に変換されていき、彼の体に傷一つ付けることすらできなかった。ナン男の圧倒的腕力に捻りつぶされた男たちはもはや人間の形すら保つことは許されなかった。
無事にヨガマスター協会から計画書を取り戻したものの、日本に帰る方法を見つけなければ意味がない。空港は相変わらずヨガマスターたちの支配下である。教団もすでに壊滅しており日本までの移動に耐えうる交通手段を提供することはできない。嗚呼、俺は計画書を日本まで届けることができないのだろうか。インドの夕暮れの中で絶望する俺の上空をある小型の航空機がゆっくりと通った。見知らぬ航空機であったが、名誉インド人シンパシーが直感した。あの航空機の機長はかつてインドの名誉のために航空機を墜落させたあの名誉インド人の機長であると。俺はすぐさま計画書を力いっぱい航空機に向かって投げた。不思議なことに計画書は航空機に向かって一直線に飛んでき、コックピットに吸い込まれていった。はるか遠くの空へ伸びていく飛行機部もはなんだか『任せとけ』と言っているようで頼もしかった。
数日後、日本のとある出版社に「一億総バラモン計画」の計画書が大量のナンとともに届けられた。週刊誌のリークによりヨガマスター協会の会長を含む幹部数名がインド政府により逮捕。即日死刑となった。ナン愛護教団の跡地にはナン愛護記念館が建てられ、すぐ近くにはとある名誉インド人の墓が建てられていた。彼の墓には次の碑文が刻まれていた。
『日印の友好の証、ナンを愛する心を守りし英雄ここに眠る』
ちなみにこの近辺では怪人ナン男の目撃証言がとても多いそうだ。
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