第7話 霊視
怪しげな霊能者とオカルト番組に警察署の係官は渋い顔をしたが、草刈の母親の要請もあって、手袋をして、自分の見ている前で、という条件で許可された。ただし、事件は捜査中で撮影は許可されず、地方警察の融通の利かなさに三津木は大いに不満を持った。
応接室で待たされて、ジッパー付きビニール袋に入った草刈の携帯電話を持って来た係官は、ちょうだい、と手を出す紅倉をうさん臭そうに見て、
「わたしが操作します」
と、手袋をはめ、袋から取り出すと自分で携帯を開いて操作しだした。大事な証拠画像をうっかり消されたらたまらないと思ったのだろうが……、確かに紅倉ならその危険はありそうだ。
「これです」
差し出された携帯の液晶を紅倉はムスッとしながら見た。
フラッシュで白く浮き上がった、床に仰向けに寝て、唇をめくれ上がらせて口を開き、目玉を上へひっくり返して白目を向いた、藤山啓吾の首から上を煽り気味に撮った写真だ。
「うん?」
「先生、どうしました?」
カメラでの撮影は許可されなかった三津木は、ボイスレコーダーで音声だけ録音している。
紅倉は困惑した顔を上げて言った。
「この子、死んでる」
「やっぱり死んでたんですか?」
三津木も険しい表情で言ったが、
「まさか」
と失笑含みに係官が言った。
「せいぜい気絶しているだけだよ。だって、この夜も母親が生きた息子と会ってるし、翌日は学校にも元気に通っているんだから」
五十がらみのベテラン警官は二人の深刻なやり取りをテレビの演出か、さもなければ怪しい世界に頭が行ってしまっている困った連中としか見ていないようだった。
「そうよね、生き返ったのよね……。なんで生き返ったのかしら?……」
難しく眉を寄せて考える紅倉の前から、
「もういいでしょう?」
と係官は草刈の携帯を引き上げた。
「オフレコでお願いするけどね、これは家出だよ、きっと。幼い子どもや女の子ならともかくね、高校生が突然ふらりといなくなるなんてね、年に何百件もあって、ほとんどが家出か、不良仲間と遊んでるってなもんでね。親が分かってないだけなんだよ。まあ、この子も、どこかの街でふらふらしているのを保護されるか、その内自分から帰ってくるよ」
係官がそう言うように、署内では藤山啓吾が「死んだ」という事実はまるっきり重要視されていないのだった。
三津木は警察の危機感のなさに激しく苛立ちを感じたが、
「よし!」
と、紅倉が気合いのこもった声を上げた。
「これからこの人の捜索に向かいます。緊急を要する事態が発生する可能性があります。誰か警察の人を同行させてください」
と、係官に要請した。
「あんたねえ」
係官は露骨に嫌な顔をした。
「警察官はみんな公務で忙しいんだよ。テレビのお遊びに付き合ってる暇な警官なんていないんだよ」
「あっそう」
頑固な公務員体質のベテラン相手に紅倉はあっさり身を引いた。
「じゃあわたしたちで勝手に見つけて、お忙しい警察官たちの職務怠慢ぶりをたーっぷり宣伝してやるわ」
若い娘の挑戦的な物言いにかっとした係官に、
「ただし」
紅倉は強い調子で重ねた。
「発見した少年が死んでいたら、単なる職務怠慢じゃあ済まないでしょうね、それも、死んだ直後だったりしたら尚更ね」
係官は言い返そうと開きかけた口を閉じた。紅倉の自分の頭の上を見ているような目つきに気味悪さを覚えると同時に、ゾッと、もしかして……、という不安が襲ってきた。
もし、本当に何らかのトラブルに遭遇して、危険な状態になっているのだとしたら…………
まるでようやく目が覚めたように、係官は本気で心配になってきた。
「分かった。ちょっと待ってなさい」
慌てて出て行く後ろ姿を見送って、芙蓉が訊いた。
「先生、何をしたんです?」
「ちょっとあの人の守護霊と相談したの。守護霊さんは話の分かる人でよかったわあ」
係官はよほど慌てたらしく、あれだけ大事にしていた証拠品の携帯電話を置きっぱなしにしていた。
「見ーちゃおっと」
紅倉はきちんと手袋をはめていた手に取って携帯の液晶を寄り目になって見つめた。
「そっかあ……、じゃあ、学校に現れたのは別人だったのかなあ……」
「別人? 別の人間を、藤山啓吾と思い込んでいたんですか?」
実は藤山は双子で、家が貧乏だったため二人揃って高校に進学することが出来ず、一人分の学費で二人が交代で一人の「藤山啓吾」として学校に通っていた。そして一方の「藤山啓吾」がもう一方の「藤山啓吾」が悪質なクラスメートによって死に至らしめられたとは知らぬまま、翌日登校したが、そこで三人の様子のおかしいクラスメートに気づき、彼らのやったことを知り、現場で遺体を発見。怒りに燃え、遺体を隠すことによって亡霊を演じ、三人への復讐を開始したのであった…………
「美貴ちゃん。面白い推理だけど、多分そんな推理小説書いたらマニアから大笑いされるわね」
ニヤニヤ笑う紅倉の指摘に芙蓉はぽっと頬を染めた。
「ちょっと思いついただけです。人の頭の中の思いつきにツッコミを入れないでください」
テレパシーでつながった師匠と弟子のやり取りに好奇心を抱きつつ、三津木は訊いた。
「いくら日頃から影が薄かったとはいえ、別人をずうっと当人と思い込んでいるとは思えませんが、別人というのはどういうことです?」
「中身が、ってこと。つまり、藤山君は別の死霊に取り憑かれていたってことよ」
「では、死体に死霊が取り憑いて動かしていた……つまり、本当にゾンビだったってことですか?」
「ううーん、そこがちょっと微妙なんだけど……」
と、そこへ係官が戻ってきて、紅倉は慌てて携帯をテーブルに戻した。係官は若い警官を一人連れていた。
「お待たせしました。こちら、少年課の玉木巡査。彼を同行させますので、何かあったら言ってください」
「玉木です。よろしくお願いします」
さっと敬礼した玉木巡査は、背の高い、甘いマスクのなかなかのイケメンだった。ここにいるメンバーで一番ときめきそうなのは女子大生の芙蓉だったが……、彼女は男にはまったく興味がなく、(頼りなさそうね)と、特にイケメンに対しては無駄に厳しい見方をした。
「よろしくお願いします。では、急を要しますので、さっそく出かけましょう」
立ち上がり、廊下へ出て行こうとする紅倉に、ベテラン係官は今さらながら腑に落ちない顔を向けた。霊能力による行方不明人の捜査だなんて、俺は何を馬鹿なものを信じてるんだろう?、と。
紅倉はニッと笑って見返した。
「よい報告が来るようにご先祖様に祈っていてください」
紅倉は嫌がったのだが二人の愛車は署の駐車場に置いておいて、せっかくなので玉木巡査の運転するパトカーに、三津木、紅倉、芙蓉が同乗することにした。三津木が助手席で玉木巡査の相手をする代わりに、芙蓉は後ろで紅倉と並んで、カメラを持たされて撮影を任された。
まず香川真之介に会う為、彼の家へ向かった。
車中、勝手にスタッフ扱いされて最初はムッとした芙蓉だったが、カメラ越しに遠慮なく至近距離で紅倉の凛々しい横顔を見つめていられるとあって気分が高揚した。
「香川真之介はまだ藤山君の亡霊に襲われると怯えているようですが、その危険性はあるんですか?」
「もうその危険は低いと思うけどね。藤山君の霊が三人への恨みの思いで現れたのは確かだと思うんだけど、それが藤山君本人の本心かと言うと、それも半々という感じなのね」
「つまり、藤山君に取り憑いている死霊が先導しているということでしょうか?」
「そうね。何か目的があるんでしょうねえ…………」
紅倉はあご先に指を当てて首を傾げるお得意のポーズをとって、芙蓉は、(ああ、素敵だわ……)と萌えた。しかし紅倉に呆れられて嫌われたくないので表面的にはこちらも凛々しく質問を続けた。
「死霊が、取り憑いた死体を生きているように動かすということが、可能なんでしょうか?」
「絶対にないとは言い切れないけれど、よっぽど強い霊魂でもない限り難しいでしょうね。
だから藤山君は、甦ったんだと思うの。
あの偽お化け屋敷で藤山君が倒れたのは、やっぱりいったん心臓が止まって、仮死状態だったと思うのね。そのまま放っておけば、もしかしたらそのまま死んでしまったかもしれない。
じゃあ、何が彼を死の淵から覚醒させたか?
それは、彼を仮死状態にさせた、トイレに現れた幽霊当人だったんじゃないか?、と思うの」
「幽霊が助けたんですか? 成仏できない死霊が人を取り殺すことで成仏しようとするという怪談はよくありますけど?」
「そう。だから、何か目的があって、仮死状態で操りやすい藤山君を、これはちょうどいい、と利用したんでしょうねえ。別に良心から助けたわけではないのね。
だから、藤山君は今も半死半生状態で、生きているんじゃないかと思うんだけど……、残念ながら断言はできないわね。生きているにしても、仮死状態なんて決していいもんじゃないから、藤山君の肉体にやっぱりダメージがあるんじゃないかと心配ね」
まだ謎の多いまま、香川の家のある住宅街のエリアに来た。
狭い路地にパトカーが入っていくのもご近所の目があっていたたまれないだろうからと配慮して、路地に入る手前の道路に駐車して、三津木、芙蓉、紅倉の三人で向かい、香川を連れ出すことにした。
平均的な一戸建ての呼び鈴を押し、待つと、暗い顔をした母親が出てきた。
また来たのか、と母親はあまりいい顔をしなかったが、声を聞いて二階から香川が下りてきた。
「あ、紅倉美姫」
まさか紅倉が直接来るとは思わなかったらしく、ちょっと嬉しそうに驚いた。
「あなたが呪われちゃってる子ね? お姉さんが優しく除霊してあげるから顔貸しなさい」
おいでおいで、と、思いっきり怪しい誘い文句に母親は顔をしかめたが、息子の方はほっとして、嬉しそうに従った。
表に出てしまうと紅倉の態度はがらっと変わった。
「三人の中で使えそうなのはあなただけなんでね、藤山君を見つける為の生け贄になってもらうわよ」
冷たく通告し、ビビって歩みの止まった香川を振り返ると、
「あなたが見なくて助かった物を、改めて見てもらうわ」
と説明し、
「やっ・・、やだよおっ!」
香川は引きつけを起こしそうに真っ青になって後ずさった。救いの女神が、悪魔に変じたようなものだ。冷たい目を向ける紅倉に、
「やだよ。俺、ぜってえやらねえからな!」
と、背を向けて逃げようとした。
「死んでもいい? もしかしたら既に手遅れかもしれないけど、もしかしたら、まだ助かるかもしれないのよ? 元々あなた方が仕出かしたことが原因でしょう? 今、恐怖から逃げることは出来るけれど、藤山君が遺体で見つかったら、あなたは死ぬまで後悔し続けることになるわよ?」
背中を向け続けていた香川は、絶望的な顔で振り返ると、すがるように言った。
「あなたが……、守ってくれるんだよな?」
紅倉は頷いた。
「悪霊は退治します。それで後の二人もまともになるでしょう」
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