002
学校には予鈴の三十分前に到着した。私はいつもこのくらいの時間に学校に着いていないと、凄く不安になってしまう。
もしも遅れたら、なんてことを考えると怖いからだ。
それにこの時間はまだ生徒が少なくて、静かだ。この時間のそんな空気も好みだったり。
小学一年生の頃からこうだったので、彼も私につれられて、これくらいの時間に来ているってわけ。
高学年になってから、蛍はちょっと遅刻が増えたけどね。
学校の下駄箱で上履きに履き替えている時に、ふと初々しい一年生が通った。つい最近入学したから、まだ緊張していて、ソワソワとしているのがいじらしい。
私もそんな頃が会ったのかなと、つい笑ってしまう。
もう私は六年生なんだ。
「どうした?」
少し遅れて、上履きを履き替えた彼が問う。私は首を横に振って「なんでもない」と答えた。
なんでもなくはないけれど、こんなこと言ったってあなたは何も言わないだろうから。
こんなことを言っても、反応に困るだろうって意味でね。
「もう六年生なんだな、俺たち」
「え?」
「ほら、あれ。……俺たちも一年生の頃はあんな感じだったのかな、と思って」
彼はさっき私が見た一年生の子を指さして言った。
「な、なんだよ」
「なんでもないっ……ふふっ」
彼は少し顔を赤らめて、決まりが悪そうに顔をそらした。でも笑っちゃうのは仕方ないじゃない。
私と同じこと、あなたも思ってたんだから。
「でも、人のこと指さしちゃダメだよ」
「……へーへー」
*
教室はまだ静かで、数人のクラスメイトしかいない。私達に気づいて、「おはよう」が小さく飛び交ったあと、また沈黙に戻った。彼は自分の机に荷物を置き、席に座ってすぐに突っ伏してしまった。もう、私のことはお構いなし?
「寝ちゃうの?」
「うん」
「私はどうすればいいの?」
「どうすればいいって……俺に言われても。俺は寝るだけだ」
学校に早く来て、確かにすることがないから眠たいのかもしれないけれど、一緒に来た私のことも、少しは考えてほしいな。
なんて心の中で文句を言っているうちに、彼は寝息を立て始めた。
いつもの私なら、仕方なく教科書を見たりするのだけれど、まだ六年生用の教科書はもらってないので、読もうにも、読むものがない。
「…………むっ」
ちょこんと、筆箱から取り出したシャーペンの尖っていない方で彼をつつく。つつかれた場所を軽く擦って、また寝息を立て始める。顔は見えないけれど、これ以上やると本気で嫌がりそうだったから、私は諦めて、教室にある学級文庫を手に取ったのだった。
一時間目の授業初めに、私たちは健康診断をすることになった。男子が先に終えて、私達女子もそのあとに続いた。
「何センチだった?」
診断を終えて、彼に尋ねてみる。
「……言いたくない」
「じゃあ、何センチ伸びた?」
「お前、俺の去年の身長覚えてる?」
「うん」
「なんで覚えてるんだよ。じゃあ言わない」
えー、それはないよ。私は教えるよ。
「私、155だったよ」
「……」
彼は、授業前のように机に突っ伏してしまった。まるで怯えた小動物みたいに、小さく震えている気がした。「もう聞かないで」と意思表示しているのは明らかだった。これ以上拗ねてしまうと困るので、追求するのをやめる。
まあ、今日だって並んで歩いていた時、私の方が高かったもんね。靴の影響もあるかもしれないけれど。
「……お前より三センチ低い」
耳を真っ赤にして、彼はボソリと呟いた。私より三センチ低いということは、152cm。私の勝ち。
ただ、一つ驚いたことは、去年よりも大幅に身長差が縮んだということだ。
「来年には、私負けちゃうかもね」
「どうかな」
フォローのつもりで言った言葉を、彼は一瞬で払いのけてしまった。彼らしい返答だ。
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