003


 学校というものは、始まってしまうといつも通りだ。どんどんと時間が過ぎ去ってしまう。これはきっと時間に対する「慣れ」なのだろう。同じことの繰り返しのような錯覚を感じて、気づけば時間は想像以上に経っている。実感としては確かにあったのに、振り返ると「もうこんなに経っていたのか」なんて気持ちを引き起こす。

 思えば、こんな感覚は小学校低学年の頃から、詳しく言うと一年生の頃からそうだったかもしれない。


 夏休みが明けて、彼は少し変わった気がした。いつも通り一緒に宿題はしたけれど、今年はあまり会わなかった気がする。

 毎年の夏祭りも一緒に行かなかった。


「特に理由はねえよ。別に行く機会が無かっただけで」


 というのは彼の言葉。

 だけど、私は納得がいかなかった。

 夏休み中の彼は、なんだか――考えたくはないけれど――私を避けているような気がした。更には、夏休みが明けて、私は彼にこう言われた。


「これからは、別々に登校しよう」


 衝撃的だった。

 理由は聞いても教えてくれなかった。もちろん私は何度も何度も理由を聞いた。それでも、頑なに彼は口を閉ざした。私はその度モヤモヤとした気持ちに苛まれた。

 私が何かをしてしまったのだろうか。でも、思い当たることなんてない。

 気づかぬうちに私は、彼を傷つけていたのだろうか。そんな気さえしてしまう。

 なのに帰りは変わらず一緒に帰る。それにも違和感があって、私の頭はもっと混乱してしまう。

 思い切って、話を切り出してみる。やはり言葉は濁したままだ。

「ちゃんと話をしてくれないと、気分が悪くなっちゃうよ」

 私は彼に聞こえる声で、呟いた。

「じゃあ、この話をしなければいい」

 冷静に私の言葉に反応する。視線はこちらにはない。

「そういうことじゃないよ。はっきり言ってくれないと」

 その言葉には、返事はなかった。私は珍しく、感情を露わに声を荒げた。

「わかった。蛍がそういう態度なら、もう一緒に帰らない」

 感情に任せて言葉を放ったあと、私はツカツカと先に歩を進めた。置いていった彼のことなど目もくれず、ただただ速度を上げて。


 *


 ベッドに倒れこんで、大きく深呼吸する。気分は、まったく晴れない。

 今更自分がした行為に呆れる。結局話は進んでいない。

 むしろ、更なるどん底に突き落とされた気持ちだ。

「…………」

 彼の顔を思い浮かべると、心の中でもやっとした黒い雲のようなものがチラつく。あんなに仲が良かったのに、些細なことでこんなにも距離ができてしまうなんて。

「ちゃんと、謝らなきゃ」

 枕をギュッと掴んで、私は決意を新たにした。大人げない態度を取ってしまった私にも責任があるのだから。


 しかし、気分が晴れることはなかった。

 その日からというもの、私は彼とまったく話をする機会を設けることができなかった。学校で挨拶することなんて簡単なのに、何故か、できなかった。

 胸の中の黒い雲は、どんどんと私の心を覆って蝕んでいる気がした。

 その日から、私と彼は一緒に帰ることもなくなった。だから、学校でみかけはするけれど、それ以上の関係ではない、ただのクラスメイトにまで距離が遠ざかってしまったのだ。

 いや、挨拶もろくにしていないから、クラスメイト未満の存在、ほとんど他人だ。下校の時は彼と同じタイミングにならないように、教室で女の子と話をして、帰る時間をズラしたりもした。

 話をしていた一人のクラスメイトが、突然私に言う。

「最近桜ちゃん、宮澤くんと一緒に帰らないね」

「……うん。ちょっと、喧嘩しちゃった」

「喧嘩?」

 彼女は意外な顔をした。

「うん。……私が怒っちゃったのも原因なんだけど」

「へえ、珍しい! 桜ちゃんって、怒ったりしないと思ってた」

「え、どうして?」

「いつも笑顔だし優しいし! 今みたいに暗い顔とか見るのも珍しいくらいだよ」

 顔を触ってみる。今、私はどんな顔をしているのだろう。わからないけれど、目の前の彼女によれば、どうやら暗い顔をしているらしい。まったく自覚は無い。

「なんかね、頼れるお姉さんって感じで……あ、学級委員ってのも影響してるのかな?」

 頭の上の電球が点いたようなハッとした顔をして、彼女は納得したようだ。

「頼れるお姉さん……か」

 私はボソリと呟いて、自分の机の角を、ジッと見つめた。

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