現代百物語 第16話 迎えに参ります

河野章

第1話 現代百物語 第16話 迎えに参ります

「職場の近くで、飲み会があったんですよ。花見を兼ねた懇親会です」

 ほろ酔いの谷本新也(アラヤ)は藤崎柊輔に乾杯、と缶ビールを掲げた。

「ふうん、それで?」

 珍しく藤崎の家であった。

 深夜近くに突然、缶ビールを抱えて新也が藤先の家を尋ねてきたのであった。

 とりあえずいつもの客間に通すと、藤崎は先を促す。

 普段自分からは近寄ってこない新也がわざわざ自分の家に寄ったというのは、何事かあったのだろうと藤崎は勝手に解釈していた。

 新也は酔っていた。ふらふらと頭を揺らしながらゆっくりと喋る。

「最初は、職場の女の子……女性が、宴会場の端で何か騒いでいたんですよ。間違えたとか何とか……」

「うん」

「配車サービス?のアプリをダウンロードしていたらしいんですけど、間違えて他のアプリに登録しちゃったって。それが怖いって」

 ぐいっと新也がビールを煽る。藤崎は次の缶を手渡してやった。どうも酔いたいらしい。

「あ、まずいなって思ったんです。その話が聞こえてきたときからゾクゾクして……そうしたら、女の子たちがキャーキャー言ってる側で、自分のスマホが震えました」

 そしてこれです、と新也は自分のスマホを藤崎に差し出した。

 飾り気のないスマホの画面に、一つだけぽつんとアイコンがあった。

 真っ黒の四角に白い花のシンプルなアイコンだった。花は菊だろうか。

「これが?」

「はい、勝手にダウンロードされてました」

「開いても?」

 こくんと頷く新也の手から藤崎はスマホを受け取った。

 新也は相当酔いが回っているのかゆらゆらと揺れている。

 藤崎はアイコンをタップしてアプリを開いた。中はラインのようなやり取りができる仕様になっている。

 背景は黒、文字も黒で相手方からは白い吹き出しメッセージで「現在どちらにいらっしゃいますか?こちらは✕✕にいます。お迎えに参ります」と丁寧な文章が送られていた。

 対する新也はシンプルに「✕✕近くの△△にいます」と居酒屋の名前を返信している。

「これの何が怖いんだ?」

「……僕、返信してないのに勝手に進むんですよそれ」

「ええ?」

 藤崎は先を読み進めた。次第に藤崎の知っている地名がチラホラと出てくる。

「現在どちらにいらっしゃいますか?こちらは✕✕の高架あたりです」「◯◯2丁目の交差点です」「現在はどちらに?私は△△です」「◯◯の交番前です」「今は?」「◯◯の3丁目、コンビニの前です」

 相手はどんどん親密に言葉を省略していっているようだった。どう見ても答えの主を追いかけている。

 そして、答えの主もどんどん場所を変えて逃げている様子に見える。

「僕が、……答えていないのに、僕が行く先を勝手に答えるんですそのアプリ。だから、僕……逃げて逃げて」

 藤崎は最新のやり取りをみた。

「お前!俺の家に逃げ込んできやがったな」

 最新の居場所は、地図付きで藤崎の家を指していた。番地までバッチリだ。

 ふふっと酔っ払った新也は笑う。

「だって、先輩ならどうにかしてくれるかなぁって……」

 今にも酔いつぶれてしまいそうなのは、恐怖を隠すためらしい。机に突っ伏そうとする新也の襟首を掴んで、藤崎は顔を上げさせた。

「お前っ……」

 怒ってもしょうがない。相手にはここが知られてしまっている。

 ふにゃふにゃに酔っ払って力が抜けている後輩を打ち捨てて、最後のやり取りを藤崎は読み返す。

「分かりました。お迎えに参ります」

 そう、書いてある。

 すると、ドンっと家全体がふいに揺れた。ドン、ドン、という音に混じり玄関のガラス戸を叩く音が交じる。しばらくすると古屋の中をみし、みしっと歩きまわる音が聞こえてきた。

 ピコン、と新也のスマホが着信を示して鳴る。

 思わず立ち上がった藤崎は、握ったままだったそれを見た。黒いアイコンのアプリを立ち上げる。アプリには次のように書かれている。

「お迎えに参りました。部屋の前におります」

 ぎしっと大きく部屋がたわんだように感じた。

 ただの障子戸だ。開けようと思えば開けられるだろうに、外の何かはそこに居座っている。

 藤崎は眠ってしまっている新也を見た。それから盛大なため息を吐いた。開けるしかないだろう。

 藤崎は障子に指をかけた。一気に引き開ける。

 その後のことを、2人は覚えていない。


 翌朝。

 2人はひどい頭痛と吐き気で客まで目を覚ました。

 あのまま、酔いつぶれて寝てしまっていたらしい。二人共、話をした後の記憶がなかった。

 アイコンは消えていた。

 ただ、障子を開けた廊下の上に、小さな白い骨の欠片がいくつか散らばっていた。

 サイズ的に小鳥……か何かの骨のようだった。

 藤崎は首を傾げて考えてから、それをそっと庭の角に埋葬した。



【end】

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