第20話 閑話休題 橋の女

「へぇ。怪談話がちぃ君たちのところに集まるの?」


高木さんが愉快そうに笑って言った。


「そういうのを集めて短編集でも作ってみたら?」


「そんなこと言わないでくださいよ~。先輩に付き合わされるのは俺なんですから」


「なんだ。嫌なのか?」


「だって、面倒くさいじゃないスか」


「面倒臭いとはなんだ。面倒臭いとは!」


それ。そういう所だっつの。


「まぁまぁ。君も怪談話は嫌いじゃないんだろう?

で、あればいいじゃないか」


「はぁ。まぁ…」


「うーん。そういう単発話なら俺も幾つかあるよ。聞きたい?」


「是非!!!!」


案の定、チビ先が食いついた。




俺が社会人になりたての頃に体験した話なんだけど、映像制作会社に勤めててさ。

テレビで流す前に編集する会社ね。

まぁ、ありとあらゆる趣旨のものが送られてくるから、その中にも心霊系を扱うものがあるんだよ。


基本的に、テレビで流すものはお祓いを受けたものなんだ。

だから、君たちが見てるものは基本的には安全とされているものなんだよ。


ただ、俺らが扱うのは違う。

生のものがやってくるんだ。

まぁ、生とはいっても撮影が終わった時に関係者集めてお祓いするから、

多少の処理は終わってるのだけどね。


編集が終わったものを再度お祓いする。

そして、流す前にまたお祓いをする。

そうやって、何度か祓われたものが出荷されてるわけだ笑


その辺りは会社により回数などは変わってくるけど、まずお祓いはされているはずだ。ちゃんとした企業ならね。


え?

中の人はどう考えてるんだって?


さぁな。

上の人間も信じる信じないに関わらず、作業工程に組み込まれているものだから、そのままだ。


鉄道会社も、ちゃんと年1でご供養するだろう?

事故や自殺などで命を落とした人たちへの祈祷と、護摩修行でこれからの1年の交通祈願をしているんだ。


それをやめるかっていうとやめないだろう?

それと同じようなものなんだろう。

多分だがな笑


でだ。

編集作業しているとね、映ってるんだよね。

それが例え心霊番組に関係ないものでも。


周りも上司も慣れたもので、これ、(霊の)手が映り込んでますけどどうします?

とかって聞くだろう?


そしたら別角度から撮ってる映像に切り替えろだとか、早回しでコミカルにやれだとか、そんな風に言うのよ。

驚くのは働き始めた最初だけだ。そこかしこに映ってるんだよ。

それをカットなどの編集をしたりして世に送り出すわけだ。


編集作業なんて、徹夜作業は当たり前だ。

とある部屋で深夜まで作業していると、必ず起きる怪異があった。

深夜2時に、FAXが送られてくるんだよ。

訃報のね。


最初はびっくりしたさ。本当の報せだと思ったからね。

でも、中身は架空なんだ。そして、送り元のFAX番号はおあつらえ向きの


“この番号は現在使われておりません”ってやつ。


どこの時空に繋がってるんだか、俺らが存在する世界には存在しない番号からの訃報。まぁ、不気味ではあるな。

時空のねじれっていうのであれば、大して怖くないんだがな。


え?

どこのSF物語だよって?笑

いやいや。

存在している世界が俺らが認識している世界のみだなんてそっちの方が不自然だと思わないか?

知っても知らなくても不都合はないから、どっちの主義でも構わないが。


あぁ。もちろん、俗に言う“やらせ”ってのもある。

こちらとしては、やらせではなく“仕込み”だけどな笑

忘れてもらっちゃ困るが、エンターテイメントなんだよ、テレビなんてな。


インターネットと一緒だ。

楽しむお作法っていうのが必要になってくるんだよ。

何が本当で何が嘘か。

個人的には、ドキュメンタリーも多少の演出は必要なんだろうなと思っている。


“魅せる”ためだ。


メッセージ性が強いものほど、なるべく多くの人に伝えたいだろう?

そこで興味を引く事ができなければ意味がないわけだ。


嘘八百、すべてが虚像てのはダメだけどね。

演出と嘘は別物だ。


あぁ。話がそれたね。


とあるバラエティー番組の編集をしていた時だ。

罰ゲームでタレントが野宿をしてたんだよ。

なかなか良い所が見つからなくて、夜も更けてきて疲れたもんだから、ある橋の上で寝ることにしたんだ。


ちょうど歩道が広くなっててベンチがあったりする橋があるだろう?

その橋にもそういった場所があって、ベンチがあったんだ。

疲れたタレントがそのベンチで寝るという事になったんだ。


映像はなんてことないよ。ベンチでタレントが寝てるってだけ。

3~4カメくらいあったのかな?

いろんな角度から面白おかしく映してた。


編集作業していると「ん?」となったんだ。

橋の手すりの向こうから手がぬっと出たんだよ。


下からね。


川から人が上がってきたらそうなるだろうなという感じだ。

だが、当然ながら橋から川までの距離はかなりある。

普通の人間が何もなしには上がってこれない。


「あちゃー」となった。

編集作業が面倒になるからね。その後にタレントが映ったんだが、いたんだ。そこに。寝そべっているタレントの頭の方からのぞき込む女がね。


完全に映ってしまっているから、そのシーンは使えない。

手の方はどうします?って上司に聞いたら


「あ?そこは倍速でもかけとけ」


とのご指示だ。

3倍速かけたものに、更に3倍速かけてまた更に…という風に編集するんだ。

数時間のものをギュッとする作業だね。


どうせ気づく人はほぼほぼいない。指示通り、音楽と倍速でコミカルに編集したよ。実際、出来上がったものをOAしたけど

手に気づいたというような反応はなかったようだよ。


これは後日談だが、タレントが滞在する数日前に

まさにそこで若い女性の投身自殺があったそうだ。

もしかしたら、その女性だったかもしれないね。


まぁ、こんな風に外注業務の編集マンには興味深い映像が送られてくるわけだよ。

編集していると、霊障っていうのかな?そういった怪異が起こることはあるよ。




「あ!おひめしゃまだ!!」


お昼寝から帰還した拓也君が目ざとくチビ先を見つけて駆け寄ってきた。

そして、当然の如く特等席であるチビ先の隣に座る。チビ先に構われてご機嫌だ。


「拓也が起きてきたから、ここで打ち止めかな」


高木さんが笑ながら言った。


「そうだな。また聞かせて欲しい。今日はありがとう」


チビ先が高木さんにお礼をいう。しかしなんだ。

やっぱりどこか偉そうなんだよな、この人。


「さて。俺はそろそろ帰るかな」


高木さんが伝票を持って立ち上がった。俺らの分も払うというイケメンぶりだ。

惚れそうです。ありがとうございます。


「あ。そうそう。ちぃ君、実際に体験したかったらいいことを教えてあげよう」


高木さんがニヤリと笑ってそう言った。


「お風呂で頭洗っててふと不安に襲われた時、(幽霊)いないよね?って問いかけても返事はないがいる?って聞くと




“いるよ”




って答えることがあるらしいよ」




ご丁寧に身をかがめてチビ先の耳元で「いるよ」なんてやったもんだから、

チビ先が涙目になった。

高木さんが笑いながら去って行った。あの人、何気にSなんだな。


「おい。今日、お前の家に行っていいか?」


「嫌ですよ。お風呂くらい平気でしょ。そんなに怖いなら怪談話なんて聞かなきゃいいのに」


「そういう訳じゃない。とにかく、今日は行くぞ」


あぁ…面倒くさい。高木さん、余計なお土産おいていきやがった。

ふんすふんすと鼻息荒く「絶対いく」と言っているチビ先にムカついてチョップかましてやった。

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