ノロイの人形
第12話 前編
あたしは、机の上に置いてある人形を見下ろした。
人形の体には名前の書いた紙が貼ってある。憎い男の名前だ。
あたしを、好きなだけ弄んでぼろ雑巾のように捨てた男。
そのあと、学年でも人気の女と付き合った男。
あたしとの扱いの違いを見て、殺したいと思うほど憎くなった。
あんな風に、あたしのこと見てくれることなかった。
あんな風に、大切にエスコートしてくれることなかった。
あんな風に、送り迎えしてくれることなかった。
あんな風に、尽くしてくれることなかった。
大学に行けば、嫌でも2人が目に入ってくる。
すれ違っても、あいつはあたしを見ることもしなかった。
先月別れたばかりだったのに、まるであたしのこと知らないかのように。
惨めだった。
すごくすごく惨めだった。
あんな奴でもまだまだ好きだった。でも、憎くて憎くて仕方がなかった。
一度だけ、あいつに電話をした。
まだ好きだと。やり直したいと。
悪いところは直すからと。
あいつはバカにしたように笑った。
「お前、それ鏡みて言ってんの?」
絶句した。付き合い初めの頃は可愛いって言ってくれたのに。
何してても可愛いって。
あまりにもショックで、そのあとどうやって電話を切ったのか覚えてない。
寝られなくて、ご飯を食べられなくて突然思い出がよみがえってきて、泣いちゃうから学校にも行けなくなった。
2週間して、少し落ち着いてきたから学校に行ったら廊下であいつと偶然会った。あいつはあたしを見て言った。
「うっわ。すっげーブス。やり直すとかマジありえないわー」
愛情が憎悪に変わった瞬間だった。
思いっきり、呪いの言葉を叫びながら人形の体にナイフを突き刺した。
突き刺すたびに、気持ちが軽くなっていくのが分かった。
人形がズタズタになって、中の綿が飛び出てきた。それでも構わずに刺し続けた。
楽しい!
たのしい!
タノシイ!
なんであんな奴と付き合ってたんだろう?
呼ばれればいつだって駆けつけてたけど、そんな価値、あんな奴にあったかな?
お願いされたらなんだって一生懸命応えたけど、あんな奴に尽くす価値なんてこれっぽっちもなかった。
あぁ。ばからしい。
あぁ。おろかしい。
刺し続けていたら、だんだん腕が疲れてきた。
あぁ。楽しい。すっきりした。
これであいつがどうなろうと、あたしのしったこっちゃない。
死のうが苦しもうが、どうだっていい。
こんなにスッキリするなんて。もっと早くやっていれば良かった。
教えてくれた人に感謝しなくちゃね。
「最近大学内の空気が重いぃぃいい。なんか、変なー臭いする人も増えていってるしさー。ちむわさわさーするわけ(胸がざわざわする)」
「変な臭い?」
僕は、まやちゃんを見た。方言については、なんとなく語感と雰囲気で補っている。どうしても分からない時は、悠理君に確認だ。
(まやちゃんに聞くと、だいたいイメージで解説してくるから)
「うん。なんかさ、生臭い。でーじ(超)嫌な予感する…」
「みんな同じ臭いがするの?」
「うん。よくない術使ってるはず」
「え?みんなが術使ってるの?!」
「多分だけどさ、呪い系だと思うわけよ…」
「呪い…」
「ノートありがとう」
僕の前に、ノートが置かれた。横を見ると、しばらく休んでいた女子がいた。
彼女が休んでいた部分のノートを貸していたんだ。
「もう体調は大丈夫?」
そう聞くと、少し疲れた感じはあるものの笑顔で
「うん。もう大丈夫。元気になったよ」
と返事をしてきた。
「あと、これ。ノートのお礼」
紙袋を渡された。
「わざわざ良かったのに。でも、ありがとう」
「かなり助かったから。気持ち気持ち!」
そう言いながら笑顔で立ち去った。
「なにが入ってるんだろう?」
紙袋の中を覗くと、最近話題になっているお店のプリンだった。
あそこ、けっこう並ぶから気軽に行けなかったんだよね。
「なに~?あ!SAWADAのプリンだ!いいなー。
そこのでーじ美味しいよね!カラメルがほろ苦でちょうど良いアクセントでさ」
「4つもくれたから、ひとつあげるよ」
「うっわ!いいの?ありがとう~!いただく!」
「SAWADA…!」
押し殺したような声が近くから聞こえて、思わずそこを見ると
2回生のメガネ先輩が立っていた。
「えぇと…?」
初めてメガネ先輩を間近で見たけど、親近感が沸く容姿だなぁ。
なんだか他人と思えないや。
「…エネ君と雰囲気がソックリだね」
まやちゃんの呟いた声が聞こえた。
「あ。ごめん。そこのプリン、何度店に足を運んでも売り切れでさ。
最近はちょっと疲れてしまって…。目に入ったから思わず…」
先輩が疲れた顔で笑いながらそう言った。
「え…そこまでして食べたいの?」
まやちゃんがちょっと呆れたように言った。うん。僕もそう思ったよ。
「いや、食べるのは俺じゃないんだけどね…」
え。意味が分からない。
「あの。良かったら1つどうですか?」
僕がプリンを差し出すと、先輩の顔がパッと輝いた。
「え?!いいの?本当?うわーーー助かるぅぅう!」
そこまで喜んでもらえると嬉しいです。人からの頂き物だけど。
「あっと、これお代」
先輩が500円渡してきた。プリンは350円なんだけどな。
「いえ。これ、僕も頂いたものだし、500円は多いです」
「いや。受け取ってくれると嬉しい。人からの頂き物であれ、
それを譲ってくれたんだから。残りはお礼の気持ち!」
えぇ…そんな大層なことじゃないんだけど。
「もらっておけばいいさ~」
「うーんでも…」
「いいの。いいの。受け取って!俺の金じゃないし!」
ん?どういう意味?
「はぁ…では、ありがたく」
「そうそう。もらっておけばいいんだよ!本当にありがとう!」
先輩が立ち去ろうとした時
「先輩!あの、ちょっと聞きたいことがあるんですけど!」
まやちゃんが先輩を呼び止めた。
「なに?」
「あの~…先輩って、オカルト系の話大丈夫ですか?」
僕の時に直球に聞きすぎたことを、悠理君に怒られたまやちゃんがその反省を生かしたようでちょっと気を使った(?)聞き方をした。
「なに、藪から棒に笑
まぁ、大丈夫だよ。むしろちょっと興味があるかな」
まやちゃんの目がキランと光った気がした。
「あの!…先輩になんか憑いてますよね?」
あ。やっぱダメだった。直球だった。
先輩は目をまん丸にして驚いたあと、笑いだした。
「君、面白いね。だけど、その聞き方は他の人にしちゃダメだよ?」
「う…なんて聞けばいいか分からんくなって。ごめんなさい」
「気持ちは分からなくもないけどね。うん。そうだね。憑いてるよ」
先輩はあっさりとそう答えた。
「それ、なんなんですか?幽霊でもないし、物の怪でもないみたいだし」
「そこまで視えるの?物の怪じゃないんだね。俺もよく知らないんだよね」
え。先輩、それでいいんですか。
「うちのゆぅり~…双子の弟なんですけど、ゆぅり~がそう言ってて」
「へぇ~…君、訛ってるよね。どこ出身なの?」
「沖縄です」
「沖縄!初めて沖縄の訛り聞いた。なんか、和むね」
リリリン…リリリン…
どこからともなく、鈴の音が聞こえてきた。それと同時に、周りの空気が変わった。なんていうか、さっきまでちょっと重苦しかったんだけどそれが消えて、すがすがしい感じ。
「え?浄化の音??」
まやちゃんが驚いた顔でそう言った。
「あ~…うちのハク…こいつの名前なんだけど、こいつの仕業だよ」
だんだんと人をかたどったものが僕の目に入ってきた。まやちゃんの力のおかげ。
ぼんやりした人型がしっかりと視えてきた。
相変わらず先輩の陰に隠れてこちらを伺っている人物がいた。
なにこの小動物感。
「あぅぅ…相変わらず萌えるわ。可愛い」
まやちゃん、顔がにやけきっとりますよ。
「うん。可愛いよね。俺もそう思う」
先輩、顔がにやけきってます。
「ハクちゃんて言うんですね。人見知り…?」
憑き物に人見知りっていうのもなんか変な感じだけど。気になるから聞いてみた。
「そうなのかな?そもそも視える人がほとんどいないからね。視えてもパーソナルスペースにずかずか入ってくる人しかいなかったから、気づかなかったよ」
なんだろうその不穏な表現。
「あ!メガネ!こんなところにいたのか!!」
後ろから大きな声が聞こえた。振り向くと、3回生の美人先輩が立っていた。
「チビ王子!!」
まやちゃん、聞こえちゃうよ。
「…なんスか。先輩」
メガネ先輩、声のトーンがすっごい下がりましたけど。
「なんだじゃない!例の病院跡に行くって約束してただろう?」
「あ~…そういやそうでしたね。設楽先輩にこれ渡してからでいいスか?」
面倒くせぇ…メガネ先輩がボソリと呟いた。な、仲良くないんかな?
「あぁ。いいぞ。でも、お前はなんで携帯に出ないんだ」
ぶつくさ美人先輩が文句を言っているのを無視して先輩が僕に向き直って、再度プリンのお礼を言ってくれた。
「早くいくぞ!」
「へいへい」
美人先輩の後をかったるそうにメガネ先輩がついて行く。
「くっ付いて歩いているのは逆だったか…まさかチビ王子が金魚のふんだったとは…」
うん。僕もそう思ってた。ごめんなさい。メガネ先輩。
「なんていうか、2人の印象が変わったね」
「うん。メガネ先輩、思った以上に感じが良かった。できれば、あのハクちゃんのこともっと聞きたかったさぁ。あ!友達になっておけばよかったぁ~!」
友達って、そうやってなるもんだっけ?
ガシャーーーン!
学食中に、食器が床に落ちる派手な音がした。
「おい!大丈夫か?!」
慌てたような声がして、そっちを見ると、1人の男子学生が苦しがって床で悶えていて、周りの友達が驚いて声をかけている。
「あげっ!あれ、しに(超)やばい!!」
まやちゃんの焦った声が聞こえた。
「え?なに?どういうこと?!」
顔が真っ赤からどす黒い赤になった男子学生が床で泡をふいてビクビクと痙攣している。学食は騒然とした雰囲気になっていて、
女子学生の悲鳴も聞こえる。
「ちょっと、行ってくる!」
まやちゃんが倒れている男子学生の輪の方へ走り出した。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
僕もまやちゃんの後を追いかけたけど、ふと、異質な空気を感じてそこを見ると
女子学生が喧騒の輪から外れたところに1人立っていていた。
ぞくっとした。
だってその子、うっすらと笑っているんだもん。
目が離せなくてその子を見ていたら、視線を感じたのかこちらを見た。
ぞわぞわとしたものが背筋を這い上る。
だって、その子の目が真っ黒に見えたから。
その子が踵を返して去っていくまで僕は動けなかった。
「
まやちゃんが倒れた男子のそばで何かをしている。慌ててそこへ駆け寄った。
ちょうどそこへAEDを持った人も到着した。
「いや。AEDはいらない。心肺停止したわけではない。
呼吸も少しずつ落ち着いてきている。医務室に運ぶのを手伝ってくれ」
「持ってきてくれてありがとうね。誰か運ぶのを手伝ってくれる?」
あれ?美人先輩とメガネ先輩だ。倒れた男子の友達が数名、名乗りを上げた。
担架を持った人も駆けつけてきて、僕らは医務室へ向かった。
「あらあらあら。どうしたの?」
学校医の先生が僕らに聞いてきた。
誰も明確なことを言えずに、突然苦しんで倒れたとだけ友達が答えた。
「とにかく処置をするわね。君たちは戻っていいわよ」
医務室から出て、ぞろぞろと歩いているとき彼の友達たちが驚いたなと話しているのを聞くとはなしに聞いていた。
「やっぱり、あいつの日ごろの生活じゃねぇ?」
「まぁ、悪くは言いたかないけど、色々乱れてるもんなぁ」
隣でうずうずした空気を感じた。まやちゃん、気持ちは分かるけどパパラッチ根性はダメだよ?
「どういうことだ?」
美人先輩がしれっと聞いた。
彼らは質問されると思ってなかったから、ちょっとざわっとした。
「え?あーっと…あいつ、今の彼女と付き合ってから必死なんですよ。
彼女のライフスタイルに合わせて、夜な夜な朝まで遊び歩いてて。
最近は講義も欠席しまくってて。不健康な生活してるから…」
「ふぅん…あの男、誰かに恨まれてないか?」
みんなギョッとした。先輩って、まやちゃんと同じ世界の住民だったんだ…。
ちょっと戸惑った空気が流れたけど、おい、あれじゃないか?いやでも…
みたいな感じで友達がわさわさ話し合っている。
「あいつ、数ヶ月前に付き合ってた子をこっぴどく振ったんですよ。
今の彼女が学年でも高嶺の花っていうか、美人で人気の子で。
その子と付き合えて有頂天になったのか、元カノに対して酷い対応してて。
でも、それとなんか関係あるんですか?」
「いや。なんとなく気になってな」
友達は、はぁ…と言うと、釈然としない顔をした。
「ごめんね~。この先輩、ちょっと不思議ちゃんだから」
メガネ先輩がフォローにならないフォローをした。
「おい。なんだ?不思議ちゃんて」
先輩、もしかして天然ですか?
「先輩は黙ってて。ちなみに、その元カノさん大学きてる?」
「最近見るようになりましたよ。ちょっと気の毒になるくらい痩せちゃって、
俺らも見てて居たたまれないっていうか…」
「でも昨日みた時、ちょっと雰囲気変わってて不気味だったわ」
「あ。俺もみた。前は愛嬌ある感じで可愛らしい子だったのにな。
なんか、別人かってくらい雰囲気かわってた」
「そっか~。ありがと。ごめんね。お騒がせしました」
メガネ先輩がニコニコ笑って言って、美人先輩を促して立ち去ろうとした。
おい!僕はまだ話し終わってないぞ!!
とかって騒いでいる先輩に業を煮やしたメガネ先輩が、美人先輩をひょいと小脇に抱えた。
わーわー言いながら手足を振り回している先輩にはいはい。行きますよ~と言いながら歩いていく。
残された僕らはポカンとして見送るしかなかった。
最初に我に返ったのはまやちゃんだった。
「聞きたいことあるってば!追いかけよう!!」
走りながら、僕はまやちゃんに聞いた。
「ねぇ、あの時さ、なんかしてたよね?」
「うん。あれ、呪い。あの人、呪い掛けられてる」
えぇぇぇぇぇぇ…。
「せんぱーーい!ちょっと待ってくださーーい!」
メガネ先輩はまだ小脇に美人先輩を抱えたままだった。
「ん?どうしたの?」
「メガネ先輩!あの人に呪いが掛かってるって分かったんですか?」
「メガネ…。まぁ、いいや。
うーん…ハッキリとではないけどね。気づいたのはハクと先輩だよ」
「え?チ…先輩も視えるんですか?」
まやちゃん、今、チビ王子って言いかけたでしょ。
「あぁ。視えるな。僕の場合は色で区別を付けている。
お前たちも面白い色をまとってるな」
なんだか偉そうだけど、まだ小脇に抱えられたままだ。
「君、なんか面白いことしてたね。解呪ってやつ?」
メガネ先輩がまやちゃんに聞いた。
「一時的ですけど。あのままだと多分、あの人死んでました」
ぞっとした。そんなに怖い呪いが掛かってたの?
「あと、最近、大学内なんか嫌な感じしませんか?変なぁニオイする人もいて」
「僕はニオイでは分からないが、黒いものをまとってる奴らが増えたな」
「俺も分からないけど、ハクが落ち着かないな」
「あのっ!!LIN交換しませんか!!!」
まやちゃん、それが目的だったでしょ。唐突すぎるよ。
先輩たちはちょっと驚いた顔をしたけど、快くLIN交換をしてくれた。
まやちゃんに巻き込まれてなんでだか、僕も。
ほくほく顔のまやちゃんを促して、お礼を言って先輩たちと別れた。
美人先輩は結局最後まで抱えられたままだった。
仲良しなのかな?
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