第11話 後編

翌年の夏のことよ。

私が撮影で地方に泊りがけで行った日があってさ。


あの事件のあとにあいつと付き合ったんだけど、あいつがうちでくつろいでたら、

突然ベランダから刃物を持った知らない男が入ってきたんだって。


その入ってきた男がさ、すっごい怒りの形相でさ、家じゅうをぐるぐる回って何かを探してるんだって。


あいつはもともと知り合いだったから、私のその事件のことも知ってたの。

最初、あまりの出来事に固まってたんだけど、男の様子を見てるうちにピンときて、


「陽子(佐々木さんのことだ)ならいないよ。撮影で地方ロケだよ」


ってそいつに言ったら、ギロッと睨まれたけど、同じようにベランダから出て行ったらしいの。



うち、14階なんだけどね笑




当時は携帯なんてほとんど普及してない時代だったから、泊まってる旅館に電話してきてさ。


「お前を刺したあいつ、うちに来たぞ。撮影でいないって言ったら出てった。

そっち行ってないか?」


って言うのよ。

ま、来なかったしその後も何も起きなかったけどね。


その一件があって以来、あいつは「そんな次元がある」って認識したのよ。

次元って解釈が面白いよねぇ。納得だわ。



「な、なかなかヘビィすね…」


「一般人なのに刺されたままタクシーに乗って帰るとか…思考がぶっ飛びすぎてるな」


うん。その道のお方とか、後ろ暗い事情がある訳じゃないのにな。


「っていうか、痛くなかったんですか?」


「うーん…痛いは痛いけど、耐えられる痛さ?」


なんだよ、そののんびり具合。


「その後、そのスタッフは?」


「出てきてないねぇ。成仏でもしたのかねぇ」


「ん?と、いう事はそのスタッフは事件の後に死んでるという事だよな?」


「そうそう。言い忘れたけど、そうなのよ。自殺しちゃったらしいわ」


うーーーむ…なんとも、なんとも。



佐々木さんは相変わらず煙草をうまそうにふかしている。

かなり自由奔放に生きてきたから、それなりの経験をしてきた女性だ。

だけど、佐々木さんはのほほんとしていて殺伐とした雰囲気がまったくない。



「おかーしゃーん!」


チリリンとドアのベルが鳴って、男の子が駆け込んできた。


「おー。おかえり。楽しかった?」


「うん!たかぎがあいしゅくれた!」


「そう。良かったねぇ。高木、ありがとう」


「あぁ。久々に遊園地に行ったら疲れたよ。

拓也が走り回って大変だった。どんどん足が速くなるな、こいつ」


佐々木さんの彼氏の高木さんが、拓也君の頭を撫でながら言った。


「あ!おひめしゃまとメガネ!」


「僕は女じゃないって言ってるだろう!」


「ちれいねぇ…」


うっとりとチビ先を見ながらそう言う拓也君は、チビ先を女だと思っていて、お姫様だと言ってきかない。


俺は…人でもない。


「拓也は面食いだなぁ」


高木さんが笑いながら言った。拓也君は高木さんの子供ではないが、実の子供のように可愛がっている。

佐々木さんはシングルマザーだ。


「俺も腹が減った。なんか作ってくれるか?」


高木さんがカウンター席について言った。


「りょーかい。ちゃちゃっと作るわ。拓也はご飯いる?」


「いらなーい。メガネ、どーいーてー!」


拓也君は俺とチビ先の間に体を割り込ませて俺の体をぐいぐいと押す。

拓也君の特等席は、チビ先の隣だ。


「これって、初恋なんですかねぇ…」


拓也君を見ながらそう言うと、佐々木さんが


「多分そうだね。私はいいわよ?反対しないよ?愛に性別も年齢も関係ないからね」


と、のたまった。


「いや、性別はともかく年齢は犯罪だ」


大真面目な顔してチビ先が言う。


「ちぃ、あと十数年待っててくれない?うちに婿養子で入っておくれよ」


佐々木さん、目がマジですよ…。


「断る」


「やっぱり、メガネ君には勝てないかぁ」


佐々木さん、マジでやめてください…。


「な、なにを言ってるんだ。男同士だぞ」


チビ先、あんたなんで顔が赤いんだよ。チェリーか?チェリーボーイなのか?


「おひめしゃまー!」


拓也君がチビ先の膝の上で顔をぐりぐりしている。お前、なかなかやるな。さては確信犯だな?


「君たちが来ると拓也が嬉しそうだなぁ」


高木さんがニコニコしながらこっちを見ている。

チリリンとベルが鳴って、店に学生の団体客が入ってきた。


おばちゃーん!コーラ!


俺、メロンソーダー!


俺はサンドイッチとアイスコーヒーちょうだーい!


待ってまって。俺まだ決めてない!


俺もだよ!


「はいはい。ちょっと待ってね~」


佐々木さんがオーダーを取りにテーブル席へ向かう。


「さて。俺はそろそろ帰ろうかな~」


「ちょ、ちょっと待て。まだ食べ終わってない」


「先輩はゆっくりしてってください」


「待てと言ってるだろう?すぐ食べ終わるから!」


はぁ。しゃーない。チビ先、佐々木さんが話している間ずっと手が止まってたしな。仕方なしに椅子に座りなおす。


「君たちは本当に仲良しだねぇ」


微笑ましそうに俺らを見て高木さんがそう言った。


「「仲良しじゃない!!!」」



リリン…


鈴の音が楽しそうに鳴った。

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