第10話 中編
出会った当初は、あいつ全然そういう事を信じてなくってさ。むしろ馬鹿にしてるっていうか。
私が視えるって話をしたら、お前ちょっと病院行ってこいよって言われたこともあったわけ。
脳の検査してこいよって。
ほら、腫瘍で幻覚とか幻聴が聞こえたりする事もあるじゃない?それを真っ先に疑えって。
私は子供の頃から視えてたから、今さらなぁって感じ。で、一緒にいるうちにさ、あいつも段々視えてきたのが分かって。
幽霊ってさ、おどろおどろしいもんばっかりじゃないのよ。ただただ、機械的に生前の行動を延々と繰り返すような人もいるわけ。
例えば、愚直にサラリーマンやっててさ、毎日家と会社の往復を淡々としてさ。ある日突然なにかで死んだりするじゃない?
そういう人のなかで、死んだあともそれを続ける人が一定数いるわけ。家と会社の往復を何の目的もなく行き来するわけね。
いや、正確にはそれが目的になるのかなぁ…。
そういう人は、生者に意識がいかないの。
私らがまったく視界に入ってない。
そんな人がね、前から歩いてくるでしょ?視えた人はさ、それを生きている人間だと思うのよ。
そのくらい「普通」なの。
で、ある時、そんな幽霊が前から歩いてきてさ。あいつったら、すれ違う時にヒョイって避けるわけよ笑
そんでもって、全然きづいてないの。私が「いま、どうしたの?」って聞くと、
「人が前から来てぶつかりそうになったから避けた」って答えるわけよ。
「今の、死んでる人だよ」
って言うと、こいつなに言ってんだ?って顔をするわけ。
「死んでたとして、なんで幽霊だって分かるんだよ」
って聞かれたから、答えてあげたわ。
“彼らには影がない”
って。
考えてみりゃそうよね。物質化してないんだもの。
影なんかできるわけないんだよ。
夏の暑い日とか、影がしっかり見える時に、人通りの多い交差点を離れた所から見ると、影のない人がいるから、暇なら試してみなよ笑
コツはボーッと眺めること。運が良けりゃ時間はかかるけど視れるよ。本当は視えてるけど、気づいてないってことが多いんだけどね。
あぁ。
話がそれた。
えぇとなんだっけ。
そうだ。あいつが体験した話しだ。
そんな事が何度かあって、徐々に幽霊っているのかも…と思い始めてたらしいの。
当時、ディスコが最盛期で私もよく行ってたわけ。
でさぁ、そこのホールスタッフの子に気に入られちゃってさ。
電話番号書いた紙とか渡されてたんだけど、別に好みじゃないし、なんとなくこの子ヤバいなって思ったから、もらっても放置してたのよ。
店に行くたびに声かけてきてたの。
佐々木さん、今度ご飯行きましょうよ
佐々木さん、今日このあと時間ありますか
佐々木さん、なんで連絡くれないんですか
佐々木さん…佐々木さん…
気持ちはありがたいけど、こっちは付き合う気はさらさらないからさ。だから全部冗談っぽく返して逃げてたの。その時まだ彼いなかったし。
マジな子をセフレにするわけにもいかないじゃない?
今考えると、もっとうまくあしらってれば結果は違ったかもしれないなと思うけど。
で、ある日さ。
いつもどおりに店に行ったのよ。
その子がホールにいたわけ。
いつもどおり挨拶だけして、踊りにいったのよ。その子も、いつもどおりに仕事してたわ。
散々騒いで踊って、お酒も飲んで、ほどよい時間だしそろそろ帰ろうかなって表に出てタクシーつかまえようと歩き出したのよ。
そしたらさ、物陰からなんか出てきたなと思ったらとん、て背中からぶつかられたの。
振り向いたら、その子が凄い顔して立ってるの。
え?と思ってふと自分の体を見下ろしたらさ、脇腹の背中側のほうって言ったらいいかなとにかくその辺りからニョッキリ棒が生えてるわけ。
え?なにこれ?と思って呆然としてたんだけどよく見たら血が出てるわけよ。
その子、相変わらずこっち見て立ったままでさ。
とにかく、こりゃ帰らないとって思ってタクシー捕まえて、家に向かってもらったの。
冬だったから分厚いコート着てたのが幸いして、タクシーの運ちゃんに気づかれなかったわよ。
家について、椅子に座ったらもうダメね。
どんどん力が抜けてくの。
刺さった傷口からどんどん血が出てきててさ。
寒くて寒くて…
意識がゆっくり遠のいてくから
「あ。こりゃ死ぬわ」
と思って、とりあえず友達に電話かけてさ。
ねぇ、死んじゃう。寒い。すっごく寒い。
って言ってさぁ笑
友達が何いってんの?って言いながらも状況を聞き出してくれて。
バカ!救急車呼びな!って怒られて。そりゃそうだよね。なんで友達にかけたんだろ笑
もう、その頃にはボーッとして頭が全然働かないの。
壊れた玩具みたいに、寒い寒いを繰り返すだけ。
結局は、友達が呼んでくれた救急車で緊急搬送よ~。
その友達、いったん電話を切って救急車呼んだあと、救急隊員が到着するまでずっと通話してくれてたわ。
ありがたいよねぇ。命の恩人だよ。
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