佐々木さんの喫茶店
第9話 前編
大学の近くに、一風変わったマスターがいる喫茶店がある。
その人は佐々木さんと言って、若い頃はセクシーグラビアをしていたそうだ。彼女も所謂“視える人”だ。
芸能という、人の欲望がうごめく世界にいると色んな体験ができるわよ、と煙草をふかしながら言っていた。
ここの珈琲は美味いし、軽食もうまい。
軽食っていうかもはやこれは定食だなと思う量だが。
食べ盛り&お金がない学生にはありがたいお店である。
「佐々木さん、オムライスちょーだい」
「僕は、ハンバーグ。あとカフェオレをくれ」
俺たちはカウンター席に腰かけて注文した。
ちょうど慌ただしい時間帯が過ぎて、ゆったりした時間にここに来るのがコツ。
佐々木さんの面白い話が聞けるのだ。
「まいどあり~。ちょっと待っててね」
佐々木さんが手際よく料理をしている間、チビ先と今度行く心霊スポットについて話し合っていた。
「あんた達、本当にそういうところが好きよねぇ。若いっていいわね~。無意味なことに全力投球できる」
「失礼な。無意味じゃないぞ。我々は探求心を…」
「ハイハイ。先輩はお口にチャック。
ただただ、不気味な所をひやかしに行くんだから無意味以外の何物でもないスよ」
「むぅ…」
「あんた達、本当に仲良しだよねぇ」
「「仲良しじゃない!!」」
俺たちは顔を見合わせてギリギリと睨みあった。
「素直じゃないんだから。はい、おまちどおさま」
頼んだメニューがそれぞれ目の前に置かれる。
「はい。これは、シロちゃんの」
ハクの前にお猪口が置かれた。
佐々木さんは、ハクのことをシロと呼ぶ。ハクもシロも同じようなもんだけど。
ハクがぱぁぁ~っと満面の笑みでお猪口に駆け寄った。佐々木さんはハクをしっかりと視えてるわけではなく、なんとな~くぼんや~りと視えてるらしい。
こいつは酒が好きなんですよと言って以来、ハクにはさりげなくタダで日本酒をくれる。
マジでいい女だな。
「タバコ、いい?」
「いいですよ」
「煙たいのは嫌だが、仕方がない」
佐々木さんは俺らに断って、煙草に火をつけた。
「そういやさぁ、前に付き合ってた男が心霊番組のプロデューサーになってたわ。
知ってる?霊感のある芸能人たちを集めてスポット巡りしながらクイズをするやつ」
「あ~。知ってる。あれ、けっこうマジもんスよね」
「そうなのよね。視聴者はやらせとか思ってるみたいだけど、ガッツリ映ってるわよね。出てる人らもみんな視えてるしさ」
「あの番組作ってるのが、元彼さんなんすか」
「そうそう。あいつ、そういうこと全然信じてなかったんだけど私と付き合ってるうちに段々と霊感みたいなのが開花してさ。
最終的に実際に怖い体験してオカルトに目覚めちゃってさ」
怖い体験して目覚めるとか、テレビマンは業が深い…。
「どんな体験したんすか?」
きたきた。
佐々木さんの所に来ると、こういう話が聞けるからワクワクするのだ。
…なんか、チビ先に毒されてるような気がしないでもないが。
「えぇっと、あれは私がグラビアやってた時だから、もう22、3年くらい前かな」
佐々木さんは自分の分の珈琲を淹れ、椅子に腰掛けて話し始めた。
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