12.備蓄倉庫
隣を歩くエンは、その小さな体躯に見合わない巨大なリュックサックを背負っている。
私もリュックを背負ってはいるものの、エンのものほど大きくもなければ、エンのものほど重くもない。
自分より小さい彼女に自分より重い荷物を持たせるのはどうなのかとも思ったが、一度試しにエンの荷物を担いでみたら三〇秒くらいでバテたのでしかたない……。
「あ、エン。ちょっと待ってもらっていい?」
気になるものを見つけた私は、一度エンにそう声をかけると、パタパタと見つけたものの方へ向かった。
ひび割れ、ところどころが盛り上がったアスファルトが目立つ駐車場。その奥に、四角い小さな建物がある。
壁には亀裂が入り、ガラスは割れ、中は土やガラスやいろんなもので散らかっている。
廃墟だという点は他の建物と共通しているけれど、構造を見た感じ、これは住宅の廃墟ではなく、コンビニエンスストアの廃墟だ。
根本から錆びて壊れた扉から中に入って、荒れ果てた店内を見渡す。
土やガラスなどに紛れて、かつて商品だった残骸があちこちに転がっていた。
「えーっと……あったあった」
落ちているものに躓いて怪我をしたりしないよう慎重に店の中を進むと、私はかろうじて棚に残っていた缶詰を手に取った。
「……うーん……」
容れ物たる缶には見るからに錆が生じ、開け口に当たる蓋は凸型に膨張している。
むぐぐ……これはダメそうかな……。
中のものが腐ったり酸化していたりするのが容易に想像がついた。
他の缶詰も同じような感じで、どれもこれも開けるまでもなくダメそうだ。
一〇〇年以上の時が経過していることもあるだろうが、店のガラスが割れたりして、雨風が入りやすい環境だったのが一番の原因だったんだろうと思う。
しかたない、と缶詰を元の場所に戻して、今度は違うものを探す。
「マスター? なにをお探しなのですか?」
少し遅れて私を追ってきたエンが、どことなく手伝いたさそうな目で私を見つめてくる。
そんな健気なエンの気持ちはとても嬉しかったのだが、残念ながらその時にはもう私は目的のものを見つけてしまっていた。
「これ。缶切り探してたの」
「缶切り、ですか?」
「イージーオープンエンドじゃない缶詰は、これがないと開けられないからね」
缶詰は缶切りで開けるタイプと、取っ手がついており、缶切りがなくとも開けられるタイプの二種類に分かれている。
後者の缶切りがなくとも開けられるタイプの蓋をイージーオープンエンドと呼び、現代人にとって馴染み深いのはこちらだろうと思う。
ただしイージーオープンエンドを採用したイージーオープン缶は強度に問題があり、蓋が開きやすくなってしまっている。
通常なら強度なんてそこまで問題にならないが、今の時代で無事に食べられる状態で残っている缶詰となると、缶切りがないと開けられないタイプの缶詰である可能性が高い。
だから、缶切りが必要になるというわけだ。
「必要なものなのですね。しかし、錆びているように見えますが……」
「うん。だから、エンに元の状態に戻してもらえないかなって。お願いしていい、かな?」
「もちろんです、マスター」
エンは頷いて、私から錆びた缶切りを受け取る。
錆びているものでも、元の形を保っているのなら、エンならナノマシンで錆を除去して復元することができる。
探していたものを私がすでに見つけていた時、エンは一瞬しょんぼりしていたような感じだったのだが、今は私の役に立てることが嬉しいのか、フンス! と気合い十分な様子だ。
もしこれから向かう学校の跡地にイージーオープン缶じゃない缶詰が保管されているのなら、同じ場所に缶切りも置いてある気もするが、その缶切りが使えない状態だったなら復元までに少し時間がかかってしまう。
先にこうやってエンに復元してもらっておいた方が、後々スムーズに事が進められるというわけだ。
ありがとね、とエンの頭を一通り撫でてあげてから、一緒にコンビニを出た。
それから、エンが記憶している学校があると思しき方向へと歩みを再開した。
時折休憩を挟み、無理はせず体力を温存する。
昨日から今日までずっと歩きっぱなしで、かなり足が疲れていた。
巨大トカゲに追いかけられた時にすぐ息切れしていたことから半ば察していたが、おそらく昔の私は運動とかあんまりしなかった方だ。
コールドスリープの弊害という線もあるかもしれないけど、一〇〇年以上寝ていた割に違和感なく体を動かせたことから察するに、肉体は当時の状態を保ったままだったのではないかと思う。
だからたぶん、普通に私の元々の体力がなさすぎただけだ。
「マスター。よろしければ、私がマスターを抱えて移動することもできますが……」
休憩中、瓦礫に座り込んで靴を脱ぎ足を揉んでいると、エンがおずおずと言った具合に申し出てきた。
エンがこうして自分からなにかを提案してくることは、実のところあんまりない。
大体私から話しかけて、エンが答えてくれるのが常だ。
きっとエンから見て、私が相当疲れているように見えたんだと思う。
「ありがとね、エン。でも大丈夫。あと少し、なんでしょ?」
「はい。距離にして、およそニキロメートルほどとなります」
ニキロ程度なら全然だ。エンに手を貸してもらうまでもない。
食料問題さえ解決できれば、急いで対処すべき問題はなくなるのだ。もう少しの辛抱と考えれば耐えられる。
生きる上でエンに頼らなければいけないのはしかたがないが、それ以外の部分でもエンに甘え切ってしまったら、エンを道具として扱っているのとなにも変わらない。
エンはそれを望むかもしれないけど、私が嫌だ。
それに、エンに抱えられるなると絵柄的にね……エン、私よりちっちゃいし。
「よし……行こっか、エン」
「……はい」
休憩もほどほどに、歩みを再開する。
エンがチラチラとこちらを心配そうに見てきている気配がするのは、気のせいではないだろう。
私が視線を向ければ、エンはまるで誤魔化すみたいにサッと前を向く。
や。みたいじゃなくて、本当に誤魔化してるつもりなのかな。
マスターのことが心配だけれど、大丈夫だと言っていたのだから、心配する素振りを見せること自体、煩わしく感じさせてしまうかも……とか、たぶんそんな感じだ。
可愛いやつめ、とエンの頭を少し乱暴に撫で回す。
エン的には完璧に誤魔化せてるつもりだったようだが、目をパチパチとさせて見上げてきた彼女に私が笑顔を向ければ、彼女も私が隠し切れていなかったことに気がついたようだ。
どことなくバツが悪そうに、それでいてなぜ撫でられたのかわからなさそうに、撫でられた頭を触っていた。
疲れた足に鞭打って歩き続け、ようやく目的地にたどりついた。
あくまで私が説明した特徴をもとに、エンの記憶と認識を頼りに目的地を定めたので、もしかすればそこが学校ではない可能性も考えていたのだが、その心配は杞憂だったようだ。
門の近くの塀には、州末小学校と文字が掘られている。
門自体は閉じられていたので、門の上にのぼってなんとか乗り越えると(エンは普通にジャンプで飛び越えてたけど)、敷地内の探索を開始する。
「結構原型とどめてるなぁ」
校舎というものは、構造だけ見た場合には地震にあまり強くないとされている。
教室などの広い空間を多く持つ関係上、柱の間隔が広くなってしまったりといったことが主な原因だ。
一〇〇年も経っていれば地震が発生していないということはあまり考えられないし、校舎が完全に崩れていてもおかしくないと思ったのだが、予想に反して元来の状態をかなり保っていた。
多くの住宅が植物に飲み込まれたり倒壊したりしている中、被害がほとんど見られないというのは珍しい。
ああいや、植物は結構侵食してるけど……植物の生命力ってすごいからなぁ。
「まあ校舎の中に行く必要はないんだけどね」
もとより、校舎の中に私が求めているものはない。崩れていても崩れていなくても、あまり関係はなかった。
あるとしたら、校舎の外にある備蓄倉庫だ。
この小学校が避難所として定められていたのなら、どこかに必ずそれがあるはずだ。
エンと手分けして探す……ということも考えたが、昨日の巨大トカゲの件を思い返すと、エンと離れ離れになるのはあまり得策とは言えない。
疲労が濃い私をエンも心配してくれてるしね。できるだけエンの目の届くところにいた方が、きっとエンも安心できる。
というわけで、素直にエンと一緒に敷地内を回っていく。
「にしても、学校かぁ。エンはさ、学校って興味ない?」
「興味、ですか?」
「うん。人間はね、エンくらいの年頃の子は皆学校に通ってたんだよ。学校には同い年くらいの子がいっぱいいてねー。一緒に勉強したり、遊んだりするの」
「マスターもそうだったのですか?」
「んー、そうだと思う。記憶はないけど、知ってるってことはそういうことだろうし」
エンは少し考えるように閉口した後、こくりと確かに頷いた。
「新たな知識を獲得できる勉強には、少し興味があるかもしれません。遊びについては、よくわかりませんが……」
「わ。勉強の方が興味あるだなんて、エンは真面目だなぁ」
「真面目、なのですか?」
「人間は皆勉強が嫌いなの。毎日遊びたくてしかたないんだよ」
「……? 嫌いなのに、勉強をするのですか?」
「嫌いでもちゃんとやらないと、将来自分が困っちゃうからね」
「……エンにはよくわかりません。人間は複雑です……」
エンの頭の上に大量のハテナマークが浮かんでいるように見えて、クスッと笑ってしまう。
「あ」
校舎の角を曲がった時、進む先に倉庫らしき小さな建物が見えて、私は思わず声を上げた。
小走りで近寄って、倉庫の周囲になにか書かれていないか確認する。
「あった! 防災備蓄倉庫!」
入り口に当たる金属製の引き戸の横に、デカデカと書かれていた。
間違いない。食料が保管されているとしたら、ここだ。
開けようとしたが、鍵がなかった。錆びついてはいたが、固く閉じられた扉は私程度の力ではびくともしない。
でも、ここには戦闘用として作られた頼もしいエンがいる。
「エン。これ、開けてもらっていいかな。壊しても大丈夫だから」
「わかりました。危ないので少し離れていてください、マスター」
エンの言う通り少し下がると、エンが前に出て、引き戸の取っ手に手をかけた。
ガギャンッ! と、金属がとんでもない力で引きちぎられたかのような音がこだまして、エンの手によって扉がこじ開けられる。
エンが先に入っていき、その後を追って私も倉庫の中に足を踏み入れた。
そこかしこに埃が溜まっていて、あまり大きく息を吸ってしまうとくしゃみをしてしまいそうだ。
少し鼻を押さえながら、中にあるものを物色する。
「五目ご飯……」
五目ご飯、と書かれた袋を見つけて、手に取ってみる。
アルファ
包装を見た感じでは問題なさそうだけど……。
「……や、ダメだなこれ」
試しに開けてみたが、中の米や具材は変色し、見るに堪えない。とても食べられそうではなかった。
単にフィルム包装されただけの保存食ではダメそうだ。こうなると、レトルト食品もあまり期待はできないか……。
残るは缶詰だが……もし缶詰もダメなら、本当にバッタなどを食べることも視野に入れなくてはならないだろう。
「あった。缶詰……」
ダンボールの中に大量に保管されていたそれのうちの一つを、少し緊張しながら手に取る。
白米のイージーオープン缶だ。一瞬ダメかと思いかけたが、まだ希望を捨てるには早いと思い直す。
コンビニにあった缶詰がダメだったのは雨風が入りやすい環境だったからだ。
これがあったのは閉ざされた倉庫の中の、ダンボールの中。環境の影響はあまり受けない。
見た感じ、缶詰が錆びていると言った感じはなさそうだった。膨張もしていない。
蓋の部分を軽く押してみるが、どこか隙間が開いている感じもしない。
意を決して、缶詰の蓋を開けてみる。
「……お? ちゃんと白い……」
さきほどの五目ご飯と違って、変色していない。
匂いも……大丈夫そうだ。普通にお米の匂いがする。
……食べられるのでは? これ。
「エン、これって食べても大丈夫だと思う……?」
「……缶の内部にナノマシンを散布し、人体に有毒な要素が発生していないか調査してみます」
「あ、うん。お願い。えっと……エン、そんなこともできたの?」
「いえ、エンは戦闘用のアンドロイドですので、専門外です。そのため、あまりお役には立てないと思いますが……マスターがお食べになるのであれば、実行すべきだと判断しました」
「……えへへ、そっか。ありがとね、エン」
私のために、苦手なことをやろうとしてくれている。
些細なことだけど、それが言葉にできないくらい嬉しかった。
「どういたしまして、です。比較のため、さきほどマスターが食べられないと判断した袋をいただいてもよろしいでしょうか」
「うん。お願いするね、エン」
倉庫の中は埃くさいので、一度外に出て段差に座り、エンの調査が終わるのを待つ。
ナノマシンはナノサイズ、つまるところ人の目には見えないほど極小だ。だから私には、ただエンが真剣な顔で缶を見つめているようにしか見えない。
そんな彼女の横顔を、つい指でつついてしまいたいいたずら心が芽生えたが、どうにか堪える。
エンは私のために頑張ってくれているのだ。我慢、我慢しなくては……。
「……解析終了。缶詰の方は、食することに問題はなさそうです。さきほども言いましたように専門外ですので、あまり参考にはなりませんが……」
「そんなの全然大丈夫だよ。そっか、食べられそうなんだね。よかった……調べてくれてありがとね、エン」
エンの頬をつつくのではなくて、頭をよしよしと撫で回した。
好きな子に意地悪したい気持ちもわかるが……うん。やっぱり好意は素直に伝えるのが一番だ。
缶詰も、エンならきっと相当慎重に確認してくれたはずだ。そのエンが問題ないと判断したのなら、本当に食べても大丈夫そうだ。
缶詰はダンボールの中に大量にあった。あれが全部食べられるのなら、当面は食料に困らない。
ホッ、と息が漏れる。
水と食料。最優先でどうにかすべき問題が両方ともクリアされた。
保存食が食べられる状態で残っていたことが確認できた安心感も大きい。
前例があるのなら、どこか別の場所にも無事な状態で残っている見込みも高くなる。
エンの手前、できるだけ気丈に振る舞ってはいたが、実際のところ、明日生きていけるかもわからない命だったのだ。
だけどまだ、私は生きていられる。エンと一緒にいられる。
エンの頭を撫でることで、私はその喜びを噛み締めていた。
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