4.スーパーマーケット

 アスファルト舗装された道路がひび割れてしまう原因は多々存在する。

 日差しを浴び続けたことでの温度変化での収縮の繰り返しや、膨大な交通で生じる荷重、経年劣化。

 地震の影響であったり、地盤が悪かったり、わずかに生じた隙間に雨水が入り込んだり、あるいはそういう要因が複合的に重なって亀裂に繋がる場合もある。

 いずれにせよ、何十年と放置されたまま補修もされていない道路は、もはや本来与えられていた役割をほとんど果たしていなかった。


「うーん……」


 加えてここでは、進路上に瓦礫や電柱が倒れたりもしている。

 この様子じゃ、もし無事そうな乗り物とか見つけても危なくて使えそうにないな……。

 元々、基本的にアスファルト舗装はさまざまな条件を考慮した上で一〇年が耐用年数として設定されているものだ。

 それをはるかに越えてしまっているのだから、こうなるのもしかたないと言えばしかたない。


「……静かだなぁ」


 人の営みの気配がなく、わびしい風が吹きすさぶ廃墟の街。

 その一角の住宅街にやってきて、キョロキョロと辺りを見渡す。


「人はいないけど、動物とかはいるんだね」

「はい。人類以外にも滅んだ種は数多く存在しますが、同時に、生存した種も数多く存在します」


 かろうじて折れていない電柱の上から飛び立っていった小鳥。廃墟の庭の茂みの中から、興味深そうにこちらを眺めているタヌキ。

 そういう自分とエン以外の生物を見つけて、私はなんとなく安心した。

 これなら、もしかすれば他に人を見つけることもできるかもしれない。

 そんな期待を少しばかりしながら、散策を開始する。


「そういえば……エンってアンドロイドなんだっけ?」


 崩壊した街並みは最初こそ新鮮な景色だったものの、どこもかしこも同じような惨状で、段々と退屈さが勝ってきた。

 人も全然いないし、期待していたような成果が得られそうにない落胆も生まれてきている。

 気晴らしにエンと雑談でもしようかと思い立った私は、彼女の妄想癖に合わせて、最初に会った時に彼女が私に言っていたことを掘り返した。


「はい。エンの正式名称は、戦闘用自律型アンドロイド『F-Angel』です」

「へー。自律型ってなに? どういう意味?」

「自己を律すると書いて自律と読ませます。これは与えられた役目を達成する上で、他者の指示や操作に依存せず、自分自身で思考し判断するロボットを指します」

「ああ、お掃除ロボみたいな感じね」

「その認識で相違ありません」


 思い浮かんだのは家庭でも馴染み深い、主に薄い円形をしている自動のお掃除ロボだ。

 ああいうお掃除ロボは、内蔵されたカメラやセンサーで部屋の形を学習し、最適なルートで部屋を掃除している。家具や段差も検知して自力で避けたり、小さな段差であれば自力で乗り越えたり、充電が切れかければ自分から充電したりもする。

 なんかすごい技術を使われている(という設定の)エンともなれば、人間と変わらない知能を備えていても不思議はない。


「じゃあ戦闘用っていうのは? いったいなにと戦ったりするの?」


 そもそも戦う相手とかいるのか? クマとか?

 でもエンは私より背も全然小さくて華奢だし、クマどころか、そこらの飼い犬にすら勝てるようには見えない。


「エンは人類以外の生物種すべてとの戦闘に耐えうる規格を想定し設計されています」

「えー、そうは見えないなぁ。っていうかなんで人類はダメなの?」

「エンのような自律型アンドロイドに適用される原則の一つに、自己並びに他原因による人類種及び人類文明への危害を看過しないというものがあるためです」

「あ、それなんとなく知ってるかも。なんとかの三原則だっけ」

「肯定します。能力面のみ考慮した場合の殲滅は容易ですが、どのような状況下においてもその行為は許可されません」

「ふーん、どのような状況下においてもねー。それってたとえば、私がそうしろって言っても?」


 今の私はエンのマスターらしいし、目覚めたばかりの日本家屋で出口まで案内してもらったように、ある程度ならたぶん言えば聞いてもらえる。

 その私が命令したらという仮定の提案に、エンはふるふると首を横に振った。


「マスターの命令を可能な限り遵守することは二つ目の原則として定められています。しかし同時に、今のマスターの命令はその二つ目の原則に反する内容のため、実行できません」

「二つ目の原則で定められてるのに、二つ目の原則に反する……? えっと、どういうこと?」

「二つ目の原則の内容は、正確には、一つ目の原則を遵守した上で所有者であるマスターの命令を可能な限り遵守する……というものなのです」

「あぁ、なるほど。たとえマスターでも一つ目に違反する命令はできないってことね」


 確かに、エンの言うことが仮に全部本当だと仮定してみれば、エンはものすごく強い人型の兵器ということになるわけで、それを殺人の道具に使われたらたまったものではない。

 まあ、今のところ私とエン以外誰も見当たらないんだけどさ。


「ちなみに、エンがよく戦ってる生物とかっている?」

「周囲の環境や生息域にもよりますが、この近辺での主な脅威はトカゲです」


 トカゲて。急にスケールがしょぼくなったぞ。

 まあ実際にクマとかと戦いなんてしたら間違いなくぽっくり逝っちゃうし、エンみたいな子どもがアンドロイドごっこするぶんにはちょうどいいくらいなのかな。

 教えてくれてありがとね、と適当に頭を撫でて、私はある建物の前で立ち止まった。

 ある建物というか、どの街にもある、あれだ。


「スーパーマーケット……」


 煤けてはいるものの、他の建物と比べれば損傷は軽微に見えた。

 ……この中を探せば、もしかしたらなにか手がかりが得られるかもしれない。

 この街や隣町、とにかくこの辺一体がゴーストタウンと化していることは、もはや疑う余地がない。

 だけど、これだけ大きな出来事だ。しかもその当該地ともなれば、雑誌か新聞と言った媒体で原因に関する資料が残っている可能性はじゅうぶんにある。

 問題は、読めるような保存状態かどうかだけど……。


「……よし」


 このままあてもなく街中をさまようよりは、少しでも情報を得た方がいい。

 そう判断し、意を決してスーパーマーケットの中に足を踏み入れる。

 電気が通っていないので当然ながら自動扉は開かなかったが、どこもかしこもガラスが割れて入り放題なので特に問題はなかった。

 靴がなかったら怪我していただろう、汚れた破片が散らばる中を、ずんずんと進む。


「やっぱり結構荒れてるなー」


 外の景色と比べれば、室内は格段に良い状態を保っている。最初に目覚めた日本家屋のような倒壊の危険はなさそうだ。

 だけどその良い状態というのは、あくまで外と比べた場合の話である。

 そこかしこに埃が溜まって、少し歩けば舞い上がる。商品棚は無事なものもあれば倒れているものもあったりして、洗剤の容器やお菓子の袋などが無差別に散乱していた。

 ちょうど足元に転がっていた、まだ開封されていない古ぼけたお菓子の袋を、なんとなく拾ってみる。


「……うぅーん……」


 ……拾っておいてなんだけども、明らかに賞味期限切れてるし開封したくないな、これ……。

 ばっちぃばっちぃ、と言いながら投げ捨てる。

 そして本来の目的を果たすべく、雑誌コーナーを探し始めた。

 スーパーマーケットの雑誌コーナーは、大抵レジ近くの手前側にあると相場が決まっている。なんでそんな風に配置してるかは知らないけども、とにかくそういう場合が多い。

 もしかしたら関係者以外立入禁止の場所とかもなにかあるかもだけど……あっちは暗くてなにも見えないしな。いくら倒壊の危険がなさそうでも、こんな廃墟だ。見えないと不安が残る。

 蛍光灯がなに一つついておらず、出入り口から差し込む光だけが光源なので、それもしかたがないけれども……。


「……ねえ。エンって実は夜目がきくタイプだったりしない?」


 一説によれば、人間でも瞳孔が発達すれば、暗闇でも目が光って獣と同じように夜目がきくようになるという。

 ……ぶっちゃけさっきから視界の端でエンの目が綺麗な青色に輝いていて、ものすっごく気になっていた。


「はい。エンは暗闇でも問題なく視覚情報を確保することが可能です」

「ああ、うん。やっぱり? じゃあ、あっちの奥の方に行っても物が見えたり?」

「肯定します」

「じゃあ悪いんだけどさ、お願いしたいことがあって……あっちの関係者以外立入禁止っていうところの中、なにかないか探してきてくれないかな? 具体的には雑誌とか新聞とかの情報媒体」

「……この近辺ではトカゲの脅威が危惧されます。エンをマスターから離れた位置に置くことは推奨できません」


 トカゲが脅威とか言われても……。

 あんなちっちゃいの、遭遇しても大して問題にならないでしょ。

 たぶんこれは、エンなりの「離れるのは嫌」っていう意思表示だ。

 初対面の私をマスターなんて呼んでとてとてついてきたくらいだし、きっと心の奥底では結構な寂しがり屋なのだ。

 可愛いやつめ、と今度はガシガシとちょっと乱暴に頭を撫でる。


「エンには悪いけど、できればちょっとだけ我慢して、私のお願いを聞いてほしい」

「……最終確認。本当にその命令をエンに入力しますか?」

「本当本当。大丈夫だって、心配しなくても。勝手にどっか行ったりとか、見捨てたりとかは絶対しないからさ。約束する」

「……了解しました。命令を実行します」

「うん、お願い。危なそうだったらすぐ戻ってきていいからねー。あと、中じゃ暗いから外で合流で!」


 暗闇の中を歩き出したエンの背中にそう声をかけて、私も見つけた雑誌コーナーへ足を向けた。

 乱雑に足元に散らばっていた雑誌のうち、手近にあった一冊を拾ってみる。

 しかしその瞬間、だいぶ脆くなっていたのか、表紙だけが手の中に残って中身はバサリと床に落ちてしまった。

 しゃがみ込んで見てみると、どうやらこれはマンガ雑誌のようだった。

 風化によってインクがかすれてはいるものの、そのイラストは迫力を失ってはいない。マンガの吹き出しのセリフも、かろうじて読み取ることができた。

 むふふ、と口元が緩む。

 最悪まったく読めない可能性も想定していたが、これなら目的の本さえ発見できれば問題なく読めそうだ。

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