3.ゴーストタウン
縁側のように外に面する部分は建物の崩壊が進み、植物も好き勝手に侵食して探索が困難だったため、比較的無事な建物の中を中心に探索する。
出入り口を探すのもそうだが、やはり今の格好で外を出歩くのははばかられるというのも本音だ。
どうせ廃墟なのだし、なにか着られるものがあれば拝借しようと考え、室内のタンスを見つけた端から漁っていく。
ただ私の期待に反し、中身はほとんど荒らされてなにも残っていないか、役に立たないガラクタしか入っていなかった。
どうやら廃墟だからって盗みを働いた不逞の輩がいますね、これは……。
人が住んでいなかろうと土地とか建物とかそういうのは全部別の誰かのものなんだから、これは立派な犯罪ですよ!
まあ、私が言えた義理ではないけども……。
私の場合はこのままの格好で外に出るといろんな意味でやばいので、どうか目を瞑ってほしいところだ。
「こんなもんかな」
タンスの中身はほとんど残っていなかったが、あくまでほとんどだ。なにもないわけではなかった。
古ぼけて擦れている部分はあれど、まだまだ使えそうないい感じの外套を見つけた。
適当に埃を払って身に纏い、その辺にあった割れた姿見の前に立つ。
「……よし、これなら外も歩ける」
オリーブ色のクロークだ。ちょっとかび臭いけど、そこは我慢だ。
全身を覆える結構大きめのサイズなので、腕を大きく広げたりしない限りは中が見えてしまうことはない。
……まあ、しかし、なんというか……インナーの上に外套一枚というのは、そこはかとなく露出狂みたいな感じあるな……。
他に着れるものがなかったんだからしかたない。しかたないったらしかたない。
断じて私の趣味でしている格好ではないことだけはここに宣言しておく。
「……っていうかよくよく考えたら、エンってこの家の中から私を見つけ出したわけだから、出入り口の方向知ってるよね」
姿見の向こうに見える、私の後ろに立つエンに向かって確認すると、彼女はこくりと頷いた。
「肯定します。ナビゲートが必要ですか?」
「うん、お願い」
「了解しました。倒壊の危険に配慮し、比較的安全なルートを算出。誘導を開始します」
ロールプレイうまいなぁ、この子。ここまで完璧だといっそ感嘆の息さえ漏れる。
これまでとは逆に、今度は私がエンの後ろをついて回る。
この日本家屋は本当に広く、ここの持ち主はさぞお金持ちだっただろうことが窺えた。
ところどころ崩れて危ないところもあったので、そういう場所は避けて少し遠回りをしながら、玄関にたどりつく。
下駄箱を漁ってみると靴がそれなりに入っていたので、ちょうどいいサイズのブーツを選んで履いた。
服は一応調達できたが、靴下は見つからず、まだ裸足だ。
実際は靴下みたいなのもあったのだが、カビが凄まじいほど付着して変色し、もうこれ穿かない方がいいんじゃねってくらいだったので、断念したという方が正しい。
「さて、外はどうなってるか……」
屋根の上から垂れている蔦をのけながら壊れた戸をくぐり抜け、ようやく私は塀の外の世界を見た。
この場所は小さな山を背にした、丘の上の方にあったらしく、街が一望できる。
日本家屋なんていう昔ながらの建物の中にいたものだから、私はここが、どこかすごく田舎の廃村をイメージしていたのだが、そんなおぼろげな予想は見事に外れていた。
「なに、これ」
道路があり、それに沿ってコンクリート製の建物が立ち並ぶ。少し遠くの方には川も見えて、あちこちにある程度まとまっていくつかの畑が点在する。
おおよそ廃村と呼ぶには似つかわしくない、一般的な住宅街だ。
だからこそ、より一層おかしいと感じる。
ここは間違いなく、とてつもなく長い年月に渡って人が住んでいない街だった。
住宅街の建物は例外なく汚れたまま放置され、風化の影響か、壁や天井の一部が崩れていたり、あるいは完全に倒壊していることも珍しくない。
ひび割れた道路は一切補修されず、ボコボコと盛り上がっている。
畑も荒れ果て、育てていただろう食物は見る影もなかった。今はただ、かつて畑だった場所に背の高い雑草が無造作に生い茂っているだけに過ぎない。
やはり、おかしい。どう考えても。
廃村だとかそういうものは、なにかやむを得ない事情があって形成されるものだ。
たとえばそれは、地形の関係で人口の過疎化が進んでしまったりだとか、環境破壊の弊害で住めるような土地ではなくなっただとか、大規模な災害の危険だとか。
廃墟を残した街並み――ゴーストタウンの存在の裏には、いつだってそういう致し方ない理由が存在している。
だけどこの街は見たところ、そういった脅威にさらされていたようには到底見えなかった。
これだけの住宅があるのなら過疎化はありえない。自然も多く、空気も清々しく環境もいいから、一見した限りでは環境方面の問題もなさそうだ。
都会とは言えないが地形も悪くないし、近くに火山やら炭鉱やらなにやら危険そうなものもない。
仮にこれが戦争の影響での退去だとしても、それもおかしかった。
この街はどう見積もっても、放置されて何十年と経過している。
たとえ戦争があったとしても、そんなにもの長い間、ここまで大きな人が住める土地を国が放っておくだろうか?
「……まさかね」
不意によぎったのはエンの、私以外の人類が絶滅しているという発言。
本当に人類が絶滅したのなら、人の営みの残滓を残したまま、誰もかれもいなくなっている現状に説明がつく。
だけどそれこそありえるはずがない。
仮に彼女の言うことが本当だとするなら、私だけがコールドスリープで生き残ったことになる。
どうして私だけがそんな方法で生き残った? その方法で絶滅の危機を回避できたというのなら、どうして私以外の他の誰もそれを行わなかった?
……あいにくと私には記憶がないし、詳しいことはわからない。
ただ、やっぱりエンの言うことはやっぱりデタラメだ。だって人類が絶滅しただなんて、根拠もなしに信じるにしてはあまりにも荒唐無稽すぎる。
記憶さえ戻れば、なにかわかるかもしれないけど……。
「……う、うぐぐぐぐ……ダ、ダメだ。やっぱり思い出せない……」
目を瞑り、必死に記憶を掘り起こそうとしてみたけれども、ダメだこれ。ぜんっぜん思い浮かばない。
ぼーっと隣でこっちを見上げているエンに聞いたところで、まともな答えなんて返ってこないだろうし……。
はぁ、とため息をついて、思い出すことを諦める。
今は過去のことなんかよりも、これから先どうするかを考えないと。
「エンってどうやってこの街に来たの?」
人っ子一人いない街並みを見る限り、この街に住んでいるというわけでもないだろう。
「手段は徒歩です。現存する人類を探すため放浪していたところ、この街にたどりつき、マスターを発見いたしました」
「徒歩って……一人で? 親とかどこかにいないの?」
「エンはアンドロイドですので、両親と呼ばれるものは存在しません」
「ああ、うん。そうだったね……」
エンの頭の中の設定に沿って会話をするのも楽じゃない。
でも家族のことを話したがらないってことは……家族関係でなにかあって、こんな電波系の性格になったのかな。
だとしたらあんまり触れちゃいけない話題のような気がするな、これ。
「しかし……」
「しかし?」
「それがエンの製作者を指すのであれば、エンの完成と同時期にすでに死亡しております」
「あ……うん。わかった。ごめんね、辛いこと聞いちゃって」
「エンに感情は存在しません。お気遣いは不要です」
エンが気にしなくても私が気にするんだって。
よしよし、とまた頭を撫でておく。
ほんとちょうどいいくらいの位置に頭があるので、気づくと撫でてしまう魅力がある。
髪もサラサラしてて気持ちいいし、あと可愛いし。
これで重度の妄想癖がなければなぁ……きっと同年代の子からモテモテだったろうに。
「じゃあ、エンは隣町がどうなってるかとかわかる?」
「この街と同じく崩壊しています」
「うーん、そっか」
エンの言うことなので、例によってあんまり信用ならない情報だ。
ただ、州末市がこんなありさまになっているのに隣町が無事だという確率も低いので、今回の件に関しては本当だろう。
「さすがにこれは、ちょっと困ったな……」
人がいる場所まで行くにしても、ずいぶん距離がありそうだ。どっちの方角に人がいるかとかもわからない。
乗り物なんて便利なものもないから、手段は徒歩になるし。
身一つで携帯電話も持っておらず、どこかと連絡を取ることもできない。
そもそも携帯電話があったところで電源が入るかどうか、電波が繋がるかどうかという不安もある。
「……エンって、ほんとにどうやってここまで来たの?」
「徒歩です」
「それはわかったけどさ。あー……水とか食糧とかはどうしてたの?」
「エンに搭載されている動力源は小型縮退炉です。そのため、水分及び食物をエネルギー源とすることも可能ですが、必ずしもそれらである必要はありません」
「……うん? えぇと、小型縮退炉……って?」
ここで不用意に聞き返してしまったことを、私はすぐに後悔した。
「縮退炉は、ブラックホールを活用した動力機関です。ブラックホールは質量を吸収し成長する一方、ホーキング放射によって蒸発し続けています。縮退炉はこれらの均衡を保ち、ホーキング放射時に変換されるエネルギーを利用します」
「う、うん……そう、なんだ?」
「ただし、小型縮退炉で利用する極小のマイクロブラックホールは、量子サイズゆえにホーキング放射による質量の喪失の影響を強く受けてしまいます。極小な表面積も相まって物質の適量な投入管理、及び長時間の維持が非常に困難です」
「は、はあ……」
「そのため、小型縮退炉においては維持は最小限とし、必要に応じ随時マイクロブラックホールを生成する機構が採用されています。生成に多大なエネルギーを消費する関係上、効率面で言えば通常の縮退炉に大きく劣りますが、代わりにエンのような小型機械での運用も可能となっています」
「………………なるほど」
うんうんと頷く。
なに言ってるか全然わかんねぇ。
なんだブラックホールを活用って。均衡を保つって。
漫画とかアニメの話? SF? エンはSF好きなの?
コールドスリープに関しては多少知識があったが、これに関しては私の矮小な頭ではこれっぽっちも理解できない。
いやほんとマジでなに言ってんだこの子は……。
「縮退炉は、質量を持つ物体であればなんであれエネルギー源とすることが可能です。そのため、これまでエンは水分や食物の摂取は行わず、比較的質量が大きいコンクリートの破片や金属などを主な燃料としてきました」
「うん……そっか。うん……わかった。教えてくれてありがとね、エン」
なんかもうこれ以上聞いても理解不明な言葉の羅列が続くだけのような気がしたので、納得したフリだけして、エンから情報を得ようとすることを私は早々に切り上げた。
そもそも私記憶ないし、知識も割と虫食い状態だし。縮退炉とか説明されてもわかんないの。ちんぷんかんぷんなの。
……聞き返したの私だけど……。
っていうか最後、コンクリートや金属を燃料にしてきたって言った? それってつまり、今までそういうものを食べてきたって認識でいいの?
いやそれ絶対嘘やんけ。
「うーん……」
……とりあえず、街に降りてみようかな。
ここから見下ろした限りでは人っ子一人見当たらないが、実際に歩き回ってみない限りは絶対にいないとは断言できない。
事実として、私はこの日本家屋の隠された地下室で眠っていたのだ。エンだって一人でこんなところをさまよっていたという。
ならば、他に同じような状況の人がいないとは言い切れなかった。
可能であれば、徒歩でここまでやってきたというエンにこれからの動き方を相談したかったけど……妄想癖が少々弊害になる。まともな返答があまり期待できない。
エンには必要最低限の意見を求めるだけにとどめて、あとは自分で考えた方がよさそうだ。
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