第3話 選択
疑問を残しつつも、男に連れられて辿り着いたのは和室。奥には一人の壮年の男がいた。
「楽にして座りたまえ」
その言葉に導かれるように少女は男の正面に腰を下ろした。案内をしていた男はそれを確認すると、その場を立ち去った。その場には少女と壮年の男、二人だけとなった。
「まずは、うちの
「せが、れ……?」
「昨夜、貴女はある人物から力を受け継いだであろう?それが倅だ」
じゃぁ、この人が先輩のお父さん?と思い、少女は目の前の男を改めてよく見た。雰囲気は全く違うが、所々似ているところがあり、その事に少し安堵し、心が和んだ。しかし、次の男の言葉で空気は一瞬にして変わった。
「既に力と共に知識も受け継いでいるから知っていると思うが、我が一族は代々、身命を賭して戦っている。貴女の中にあるその力はその歴史そのものだ」
場は緊迫し、少女は身動きすることはおろか、呼吸さえ困難になっていた。言葉そのものに重さがあり、少女の自由を完全に奪っているかの様に。
男は立ち上がり、無言のまま、少女の背後へと回った。そして、背中に手を当てると、選択を迫った。
「その力は身体に浸透するまで時間がかかる。故に今の内に摘出をし、我々へと返却をするのか、それとも、後継者となり、戦いに身を投じるか、だ」
少女は何も答えられなかった。それは、答えがないから、ではない。場の空気の重さだけではなく、背中に当てられた手が鋭利な刃物のように感じられ、言葉を発する事が出来なくなっていたが故だ。
その無言を男はどう感じたのか、戦いの歴史を語り始めた。
「我々の戦いが始まったのはいつであったかは既に定かではない。実は戦後から、と言う輩もいれば、遥か昔、神話時代から、と言う者もいる。ただ、個人的には戦国時代、その頃には始まっていたと考えている。いつに始まったかはさておき、倅は歴代最強となるはずだった。この時代に長き争いに終止符が打てると確信をしていた」
そこで男は感情を殺すように深く、呼吸をした。
それは亡くなった息子への思い故か、長き争いが終わることに対するものなのかは本人でさえ、分からぬまま。
「我々の敵は悪魔だ。七つの罪業を支配する悪魔。そして、その力に魅入られし七つの家系。奴らを倒すべく、我々の祖先四人は四聖獣の力を借り受け、戦闘を繰り返してきた。あの悪魔どもは人々を時には堕落させ、また時には争いを引き起こしてきた。奴らを自由にさせておけば必ず、人類は滅亡する。それを阻止するためにも、我々は負けるわけにはいかないのだ」
場の空気が和らいだのか、それとも、少女が慣れたのかは分からないが、少しずつ、動けるようになってきた。しかし、言葉を発することなく、ただ黙って男の話を聞いていた。
「この様な戦いに貴女のような未来ある、本来なら我々とは関係のない者を巻き込みたくない気持ちは分かってもらえるだろうか?ただ、それでも、貴女が戦いに身を投じると言うなら、その意思を尊重しようと思っている。返事を、聞かせてもらえないだろうか?」
実際のところ、話を聞きながら少女の頭の中には昨日の先輩の壮絶な死の光景ばかりが浮かんでいた。だから、答えは決まっていた。死にたくない。だから、力なんて返す、と。
ただ、同時にそれは不可能であるとも悟っていた。少女の中の力は完全に自分の物となり、切り離すことは不可能であるとも。理由は分からない。けれども、少女はそれを確信していた。
どちらを選んだとしても死が待っている。少女にはそうとしか考えられなかった。故に、少女が出した答えはこうだった。
「まだ……、死にたく、ない……」
その言葉を男はどう捉えたのか、精神を集中させ、何かを唱え始めた。
それと同時、少女の頭の中に聞いたこともない声が響いた。それは外からではなく、少女の内から響く声。
『なれば、力を欲せよ。何にも負けぬ、屈せぬ力を』
「誰……?」
思わず呟いた少女の言葉に男の精神は一瞬、乱された。しかし、その一瞬が致命的であった。
少女の背中が淡く光り出し、無数の氷柱が突如、出現した。精神を乱していなければ、男は咄嗟に防御に徹していたであろう。しかし、それは間に合わず、背中から現れたそれは少女の制服を破り、そのまま男へと真っ直ぐに突き刺さった。
「まさ、か……お前、は……」
死の直前、男は何かを悟ったが、何も出来ずにそのまま苦痛の表情で死を迎えた。
少女は意識を失い、前へと倒れた。
背中から無数の氷柱を生やす少女。その姿は針鼠の様にも見えた。
『それでいい。それでいいんだよ、お前は』
少女の中に響く声は男が死んだ後も、少女が意識を失ってさえも続いていた。その正体はここにいる誰も分からないまま……。
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