第4話 救援

 少女が意識を失ってしばらくの後、激しい力の奔流を察知し、和室へと二人の男女がやって来た。その時には少女の背中から発生した無数の氷柱は霧のように消え失せ、何も残ってはいなかった。あるのはただ、制服が破れ、背中が露になっている少女と、その横で横たわる全身が穴だらけの、既に手遅れと明白な二人の主の亡骸だけであった。

 二人はその姿を見ると顔色を変え、近寄った。

「これは、敵襲か……?」

「まだ、断言するには早いでしょう。まずは情報を。貴方は主様を弔ってください。私は彼女を」

 二人は言葉をそれだけ交わすと、各々するべきことを行った。

 男は主の亡骸を慎重に担ぎ上げ、その場を後にした。

 女は破れた服を隠すように上着を少女へとかけると、脈と呼吸を確認した。それらが正常であると分かると、女は安堵の溜息をついた。

「主様。貴方様はこの子を守るために亡くなられたのですか?」

 女の願望は誰にも聞かれないまま、虚空へと消えていく。返答があるとは思っていない言葉。しかし、言わずにはいられなかった。

 しかし、その言葉で気持ちを切り替えたのか、少女の背中へと手を当て、小さく何かを唱えた。すると、破れていた制服が徐々に再生を始めた。そして、完全に元に戻る頃、少女は意識を取り戻した。それは偶然ではなく、女が制服と共に少女の精神を快復させていたからだった。

 本来、同時に二つのものを癒すのは相当の難易度のはずである。しかし、女はそれを顔色一つ変えずに成し遂げた。見る者が見ればそれだけで女の能力の高さが理解できた。


「ん……わた、し……」

「大丈夫。まずは落ち着いて」

 目覚めた少女に優しく話しかける女。しかし、その言葉とは反対に、少女は次第に全身を震わせ、何かに怯え始めた。

「大丈夫だから。貴女の事は私が必ず守るから」

「で、でも……私……」

 女は優しく抱き締め、少女を落ち着かせようとする。しかし、今も鮮明に残っている脳裏に響く声。背中の冷たい感覚。それらが否応にも少女を混乱させていた。

「ゆっくりでいい。何があったか話してくれる?」

「……わた、私……ここに、連れられてきて、それで、選択を、迫られて……」

「うん、それで?」

「私は、死にたく、ないって、答えたら……嫌!」

「落ち着いて。本当、何があっても貴女は守るって約束する」

 急に何かに怯え、震え出す少女を宥めるように、女は優しく言った。しかし、少女は震えるように頚を首を振るだけで二の句が継げなかった。

 その様子に女は迷った。落ち着かせるために力を行使するか、それとも待つのかを。情報を引き出す、と言う観点で見れば前者を選ぶべきなのは分かってはいた。しかし、ここまで怯えている少女に無理矢理に話させることを理性が躊躇わせていた。

『この女も、喰らうか?』

「知らない、声……。誰?」

 しかし、その空白の時間に少女の内なる声は囁いた。そして、それに答えた少女の言葉を聞いて、女は予想していた最悪のシナリオが現実になったと危惧した。

「貴女が死にたくないって答えたら、声が聞こえたの?」

「え?……はい」

「それは、主様、貴女と話していた方とは別の?」

「全然違う、声……」

 その言葉で女は確信した。この館に侵入者がいる、と。そして、その侵入者がこの惨劇を産み出したのだ、と。故に、女は館にいる全ての者達へ連絡を入れた。

『侵入者有り。見つけ次第抹殺せよ』

 そして、少女と自分の周りに何人たりとも侵入できない結界を張った。少女の身の安全をそうして確保し、敵の正体を推理し始めた。

 まず、一般人の可能性は皆無。凶器もなく、一人の人間をあの様に穴を空けることはまず不可能。仮に凶器を持っていたとしても、それはかなりの大がかりの物になるはずである。そんな物を持っての侵入、逃走となれば気付かないはずがない。

 では、自分達を含む何らかの能力を持つ者。ただ、四聖獣の力を借り受けている同胞達の可能性は極めて低いだろう。今、仲間内で争うメリットは存在しない。それに、ここは守りに秀でた玄武の力を借り受けている家系。よほどの隙を狙わなければ失敗に終わるのは他の三家にも分かっているはず。

 ならば、やはり、罪業の悪魔の仕業、としか考えられない。では、七人の中で誰なのか?しかし、どれだけ考えていても情報が少なく、答えを導き出すことは困難であった。

 故に、女は思考を変えた。誰が、ではなく、どの様に、行ったのか、と。その為に、殺害までの必要な行程を思考する。

 場所の特定。侵入。殺害。

 これら全てを仮に、一つの力で行うとしたら、最も優れているのは……。そこで、女の頭に一つの最悪のシナリオが思い浮かんだ。それは、誰かが知らない内に操られていたら、と言うものだ。

 もし、これが現実であれば自分達だけではなく、他の青龍、朱雀、白虎の家までも壊滅の恐れがある。しかも、それを他の誰にも言うことが出来ない。もし、話した相手が操られている本人であったら、そして、それが敵側に伝わってしまったら、きっと消されてしまう。そして、この事を知る者がいなくなってしまう。

 女はそう考えていた。故に、自分一人で何とかする、と決意をした。

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