第2話 拉致

 少女は思い出す。昨日の放課後を。

 憧れの先輩友人達のためにチョコレートを買いにお気に入りのお店へ向かった。

 その途中で、先輩と出会った何もなく、店に辿り着いた。

 そして、先輩から力を渡され無事にチョコレートを買ってその力を行使したそのまま家へ帰った

 たった一つの時間を思い出している。にも拘わらず、少女には同時に二つの記憶が存在していた。

 どちらが真で、どちらが偽なのか。それは自らの内にある力を考えれば明白であった。

 けれども、偽りの記憶があまりにも鮮明で、それを疑うことは不自然に思えた。

 自分がおかしくなってしまったのではないか。そんな風に考え歩いていると、無意識になのか、それとも引き寄せられたのか、昨日行くはずだった行った店へと辿り着いていた。

 あれ?何で私、ここにいるんだろ?学校に向かってたはずなのに……。

 少女は不思議に思いつつも、引き寄せられるように店内へと入ろうとした。しかし、その瞬間、背後から何者かに襲われた。

 少女は抵抗を試みる。しかし、襲ってきたのは大人の男数名。少女の力では到底太刀打ちできるわけもなかった。だから、先輩から受け継いだ力を使おうとした。

 けれども、脳裏に先輩の最期と上空に見えた人影の末路が浮かんだ。そのどちらも迎えたのは、死。つまりは、自分がその力を使ってしまえばここにいる人達を殺してしまうかもしれない。

 それ故、少女は躊躇をした。そして、その一瞬の間に少女は気付いてしまった。昨日、自分が人を一人、殺めてしまっていることを。そして、襲われていることよりも、その事に今更ながらに恐怖を覚え、身動きできなくなってしまった。

 そして、少女はそのまま男達の乗ってきたワゴン車に無理矢理に乗せられてしまった。


 車が発進してしばらくすると、助手席に座っていた男が口を開いた。

「手荒な真似をしてしまってすまない。だが、あの場ではこうするしか方法がなかったんです」

 その言葉に少女は反応を見せない。否、正しく言うなら、その言葉は少女の耳には届いていなかった。

 襲われた恐怖。この先どうなるのか分からない恐怖。強大な力を手にしてしまった恐怖。人を殺めてしまった恐怖。

 そんなものを16年間、平穏な日常を送ってきた少女が耐えられるはずもなかった。少女の心は崩壊寸前で、ただ、人形の様にそこに座っているだけだった。

 そんな少女を見て男は何を思ったのか、優しく語りかけた。

「我々は本当に貴女に危害を加えるつもりはありません。こんなことをしてすぐに信じてもらえるとは思いませんが。ただ、我々は貴女を守るために否応なくこの様な手段を取ったのです。詳しい話は屋敷に着いてから話します。どうか、それまでご辛抱を」

 それ以降、男も無言になり、ただ車の走行音だけが響いていた。


 それから幾分か過ぎた後、車はとある屋敷に到着した。男達は皆車から降りて、少女にも降りるよう促す。しかし、少女は焦点の合っていない目で虚空を見つめたまま微動だにしなかった。

 完全に精神が崩壊し、完全に抜け殻となっている少女。助手席に座っていた男はその事をついに悟ると、少女の胸に自らの手を伸ばした。

 見知らぬ男に胸を触られている。本来であれば拒絶をされるはずの行為。しかし、少女はただ、されるがままであった。

 胸に触れた手に男は力を込めた。柔らかく、形を変える少女の胸。男はそれに興味を示す様子もなく、小さく何事かを呟いた。

 その瞬間、少女の身体が淡く光り、ビクンと痙攣するかのように一瞬、震えた。それと同時、男は満足したように胸から手を離した。すると、少女の瞳には光が戻り、正気を取り戻した。

 しかし、少女は現状を正しく理解することができず、その場で困惑していた。

「どうぞ、こちらへ」

 そう促されると、少女は男の後について屋敷の中へと入っていった。そして、部屋へ通されるまでの間に記憶を振り返り、現状を自分なりに理解することに努めた。

 その結果、少女は自分が誘拐されたと考えた。気付けば通学路を離れていたとは言え、登校途中に襲われ、見知らぬ館に連れられてきた。普通に考えればその結論に至るのが妥当である。

「私の家、貧乏だから身代金とか出せないから」

 故に、少女は男の背中に敵意を込めて言い放った。

「失礼。勘違いをさせているようですね。手荒な真似をしてしまったことには謝罪を致します。ただ、先程も申し上げました通り、貴女に危害を加えるつもりはありません。もちろん、身代金を要求するつもりも。むしろ、こちら側から支払いをするべきでは、そう考えております」

 その男の言葉を少女は理解できなかった。

 確かに、拘束をされているわけではない。車に乗っていた男達は目の前の男以外は気付けばいなくなっていた。つまり、逃げ出そうと思えばいつでもできそうな状況ではある。だから、男の言っていることに嘘はないのかもしれない。

 だからこそ、少女は理解できなかった。と言うことに。

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