第5話【斎藤は魔球を投じた】
「魔獣がこちらに近づいてきています」
村に案内してもらおうと立ち上がったところで、エリーは低い声色でそう言った。
形の良い大きな目を細め、草原の先の1点を見据えている。
「え、さっそく出たんか?」
「恐らく……まだ距離がありますが、こちらに向かって来ているようです」
「ん~、見えないけどな」
エリーの視線の先に目を凝らしてみても、獣っぽい影は確認できない。
しかし、普段からその脅威にさらされているエリーがそう言うからには間違いないのだろう。地元民ならではの勘とか、そういうアンテナがありそう。
「ナイト様、ここは引きましょう」
「え、なんで?」
「なんでって……私たち、丸腰ですよ。村に戻らなきゃ武器がありません!」
そう言うやいなや、エリーは俺の手を引いて小走りで走り始めた。
「ちょい待ち」
「なんですか? 急がないと追いつかれてしまいます」
慌てた様子で俺の右腕を両手っで引っ張るエリー。
「逃げるって言ってもなぁ」
さっき、エリーはここから村までは30分ぐらい掛かると言っていた。走ったとしても、10分ぐらいは必要だと考えた方がいい。
……途中で追いつかれたら意味ないし、背中を見せるのもなぁ。
「ここで追っ払おう」
「は?」
「熊とか、背中向けたら襲ってくるって言うしな」
「ク……え?」
目をパチパチさせるエリーの手を解き、俺は羽織っていたパーカーを脱いで地面に放り投げた。
「で、でも武器は? 武器はどうするんですか?」
「ん~、流石に素手じゃ危ないか」
エリーの言う魔獣ってのがどれぐらい危ないのかは知らないが、わざわざ助けを求めてくるぐらいだ。大声で威嚇、とかじゃどうにもならないんだろう。
……たまに素手で熊を撃退するジーさんとかニュースになるけど、あれは珍しいからニュースになる訳で。普通は餌になって終わりだわな。
「んじゃ、コレで」
俺は周囲にあった手頃なサイズのブツに手を伸ばした。
「えっと、ソレでどうするつもりなんですか……?」
「投げつけるに決まってんだろ」
野球ボールより二回りぐらい小さい石ころを突き付けると、エリーは眉をハの字にして顔を絶望に染めた。
「ふざけないでください、そんなんであいつらが──」
「大丈夫、俺投げるの得意だから」
仮にここで逃げて村まで辿りつけたとしても、当然俺は銃なんて使えない。ここがスマホも普及していない後進国だってことを考えると、期待して出てきた武器がマサイ族的な木製の槍だってこともあり得る。それなら石の方がまだマシだ。
「大丈夫な訳ないじゃって……あぁっ!」
不意に大声を出し、俺の腕を解放するエリー。
そんなこんなの問答をしているうちに、正面にはこちらに向かってくる獣の姿が視認できるようになっていた。
「あー、あれか。たしかにデカいな」
まだ距離があって正確には分からないが、明らかに人間よりは大きい。スピードも相当速いし、エリーの言う通り丸腰で襲われたらひとたまりもないだろう。
俺は視線を標的に向けたままエリーから一歩距離を取り、左腕をグルグル回転させる。
「なにをしてるんですか?」
「準備体操だよ。ホントはいきなり投げたくないんだけどな」
ゆったり大きく回し続けていると、徐々に肩が温まってくるのを感じる。急増で作るのもボール以外の物を投げるのも不本意だけど、まあ緊急事態だし仕方ないか。
俺は左手に石を握りしめ、グローブの無い右手と共に大きく振り被る。
「本当にそんなので戦うつもりですか?」
「戦うってか、ぶつけて追い返すだけだ。まあ見てろって」
「投げるなら早く投げてください! もうあんな近くに来てるじゃないですか!」
前方に迫る影を指差し、大声で急かすエリー。
俺たちと獣の距離は目算で100メートルを切ろうとしている。
「なにボーっとしてるんですか! 死にますよ!?」
「まだだ」
普段の硬球と違って、今手にしている石は投げ慣れていない。
確実に当てるなら、せめて塁間より近づいてからだ。
「ああああぁぁ! もうダメです!」
「くらえや」
エリーが背後で泣き声をあげるのと同じタイミングで、俺はこれまで何万回と反復してきたフォームで左腕を振り抜いた。
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