第28話
家では会議が行われた。まさかの心変わりに祖父母にも困惑が隠せない様子だったが、東京暮らしの方が長い事を理解し、承知してくれた。学校側に伝えてしまえば、もう退学の手続きが始まるため当然後戻りもできない。
まるで丘之城高校に嫌気がさしたように見られてしまっても無理はない。確かに俺は逃げるように去るのだから。
でも本当はそんなことしたくない。ここに来た以上、最後までここにいたい。これは本当だ。周りは誰も悪くない。ただ、父を1人で行かせたくないのも本音だ。父も一人息子の俺を連れて行きたいという気持ちは良く伝わった。自分の事だけが理由ではないのは確かだ。ちっぽけな男の情けなさに冷たい風が「何がしたい」と言うかのように、俺を責めるように吹き付けた。小屋の中で震えるマルの頭を撫でてからら家に入る。
部屋の中で天井を見上げるように仰向けになっていた。ガタガタと窓を北風が打ちつけている。ぼんやり外に積もる雪を固めていた。きっと東京に戻ればこんな景色を見る機会はないだろう。
担任の前田先生に打ち明けたのは昼休みの時間だった。
「そうか‥。」と腕を組み上を見上げたまま言葉を探しているように見えた。
「ただ、自分の口からみんなには言いたいんです。タイミングはちょっと、まだわからなくて。」
「でも直前じゃあみんなも困るぞ?」
「はい。なるべく早いタイミングで言うようにはします。」
前田先生は組んだ腕を下ろし、今後の手続きなどの話を説明してくれた。東京の学校には父から連絡を入れる事になっている。2月下旬までには完了しなくてはならない。手続きさえしっかりすれば、急でも対応してくれるのはありがたい話だった。
「でもお前のお父さんも、お前を連れて行きたいのは本音だろうからな。」
「はい。母もいないんで尚更そうだと思います。一人息子だし。」
前田先生は納得し、書類を準備してくれる事になった。廊下を歩き、賑わう昼休みの校内を見渡して、改めてこの学校の良さを目に焼き付けていた。
「お!いたいた。」
いつものようにゴッチ達の輪に入った。
「やるぞ、雪遊び。」
本気さが伝わるわかりやすい顔つきだった。
今日は昼に学校が終わる日だ。先生達の勉強会というものがあるそうだ。
残りの時間を思う存分に友達として楽しむ。そして言い出すタイミングを慎重に探す事にした。できればみんながいる時、それだけは決めていた。今日さっそくチャンスが来たと言える。まるで発表会の前のような気持ちの慌ただしさだ。あらかじめ頭の中に文章を用意しないともごもご言ってしまいそうだ。
いまいち文章がまとまらない中、集合場所へ着いた途端、気持ちが下がってしまった。
「優里は?」
「コンテストの進めないとだと。あいつこの時期忙しいからな。」
優里がいないとなれば発表はお預けだ。すでに駿が山になってる上から登を乗せたソリに立ち2人乗りで下っていた。転倒して笑い転げる駿と正反対に痛がる登を見て吹き出してしまった。
「ちょっと登!しっかりあんたが操縦しないとー。」
「馬鹿言うな後ろで加速するだけ加速させて無責任な野球馬鹿に言え!」
美久に腕を引かれ俺も山へ登る。
「あんた後ろ!」
「え?初めてなんに立たせるの?」
「女子に座らせなさいよ。」
「女子ならね。」
見事にみぞおちに拳が入ったところで、冷たい空気を顔に押し付けられながらいい速さで下る。はしゃぐ美久の後ろで体を強張らせながらもこの遊びを心から楽しんだ。
「真司やるな!ゴッチくらい安定してるよ。」
「見込んだだけはあるな。」
「そりゃどうも。」
それから美久は下りては男子の腕を引き上まで登りこの遊びを繰り返した。これは美久が飽きるまで続いた。夕方になり日も暮れだしたところで美久の一言で雪遊びが終わりを迎えた。
「あー最高!短い時間でも満足。」
美久以外は疲れを見せていて、特に後半に連続して相棒にされていた駿は膝に手をつく始末だ。
「うちのピッチャーより体力あるわこいつ。」
「無駄に動くんだから駿のとこで雇ってやれ。少しは人の役に立つだろ。」
思い切り背中を蹴られた登がうずくまり、笑いが起きたところでお開きとなった。
その帰り道、予想どおりに橋の下に優里の姿が見えた。相変わらず寒さに強い、というより美術への情熱が彼女の体を温めているのかもしれない。声を掛けようと下へ降りることにした。日はあと1時間で暮れるであろうなか、優里ももうすぐ片付けるところのようだ。足音で気付いた優里が少し驚きながらも、笑顔で手を振った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます