第27話

寒さはますます厳しさを増していた。そして予報より早く、空から雪が降ってきた。

それは水気を含んでいない積もりやすい雪だということはすぐに理解できた。


少し前までは秋らしく紅葉していた景色に優里の作品づくりにも精が出ていた。コンテスト用ではなく、校内展示の作品だった。秋大会では思うような結果が出ずいつも以上にバットを振り込む駿、やたらとファッション雑誌を読みふけり自分を磨く登、自分の進路を本気で考えだした美久、絵の無い本をちゃんと読むと意気込み苦戦しながらもページをめくるゴッチ、みんなそれぞれが時期にふさわしいような行動を起こすなか、俺は何も手をつけようと思うようなものが無かった。とりあえずゴッチが買った本を一冊借りた。


そんなつい最近の惨めな秋の記憶だが、季節の移り変わりはあっという間だ。結局読みきらずに投げ出された絵の無い本を見られないように隠し、スノーボードの雑誌を広げるゴッチには、一足速く来た冬に感謝をしているようだった。秋はサヨナラを告げず突然去って行き、あっという間に来た冬は、人々の体を縮こませるほどの寒さを浴びせた。


「ほんっと寒いねー。てか雪やばいね。」

美久もスノーボードの雑誌をぱらぱらめくりながら外を見た。雪は強さを増しいよいよ校庭も積もり始めているのがわかる。

正直、東京暮らしが長かった俺には貴重な景色であり、内心もう少しはしゃいでみたい気がしたのだが、つまらないプライドが邪魔をして、冷静を保ちどこか迷惑そうな表情をしてみたり、若者らしからぬ対応をしていた。


「スケッチできないじゃん優里ー。」

「あーでも橋の下行けば大丈夫!」

「え?寒くなーい?」

「カイロ使うし、あとは根性かな。」

3月に控えたコンテストに向け、冬の景色を作品にしたい優里はこの寒さでもあの川へ行きデッサンするつもりだそうだ。本当に好きでなければ絶対にできない事だ。

「雪が降ってるとか私としては最高かな!」

他のみんなと比べて正反対に明るい表情で外を見る優里の目には、この雪は迷惑には映っていないようだった。


放課後はさすがにみんな足早に学校から去って行く。金曜日なのが幸いで、ひどく積もる前に帰ろうという事だ。放課後はみんなで教室で話し込む光景が日常だが、数人残るくらいで、帰りのホームルームが終わると慌ただしく教室を後にする人が多かった。

「あばよ真司!もし明日集まるなら連絡入れるから!山みたいになってる所があるから滑ろうぜ!」

自転車を押しながら走るゴッチはこの環境をいかに遊びに変えるかを考える余裕があり、勢い良く口から白い吐息が飛び出す。

「俺なんもないよ!ボードもないし。」

「かまわん!うちにソリもある。」

「わかったわかった。ソリ借りるよ。」

正直、想像しただけで胸が踊る気分だった。

雪で遊ぶなんてあの時以来だ。一馬達にも動画送って自慢してやろう。東京では冬でも建物内で遊ぶ事がほとんどだが、こっちは違う。雪ってこんなにも楽しいものなのか。それでも東京の冬は街の電飾の賑やかさが目立ち、それも非常に綺麗で東京は東京で良い冬が過ごせた。ただ毎年同じことを繰り返しているこっちの人達にはうんざりな雪なのだろう。目を輝かしているのは子供達、ゴッチ。そう、俺もだ。ただ現実問題、移動もしづらく雪かきで疲労を貯める数ヶ月だと聞かされた。それでも今は雪への歓迎の思いが大きいのだった。


帰り道、積もった雪がいつもと違う足音を奏でた。サクサクとかき氷にスプーンを刺したあの音が心地良く響く。そんな音を遮るのはスマートフォンの着信音だ。画面には「父さん」の文字があり、電話に出た。なんとなく話は分かっていた。

「うん、心配なんでしょ?俺も迷い始めてる。やっぱり東京行くべきなのかって。」

情けない話だ。この雪を見た時、あの頃を思い浮かべる。でももし、東京に行くのであれば、今度はちゃんと東京に行く事を告げようとそれだけは決めている。またこっちに遊びに来た時はもちろん連絡だってする。

そこで気付いた。そう決めた時、そんな考えがあるということは東京に行こうとしている前提の考えだということに気が付いた。父も俺を連れて行きたいと本当は言いたいのも知っている。それが色々と最善な気がした。正直、情けない話だがやはりまだ俺の中では整理されていなかったあのトラウマ。まだこっちに何事も無かったように過ごすには早い。遠ざけても、目を背けても、目の前に現れてしまう過去のトラウマ。まして真相を語らず逃げ隠れして、俺に心を開いた友人にちゃんと俺自身が心開かずなんて、耐えられるほど自分は強くない。いつか、いつかと言い聞かせるが、いつか俺は言えるのか?


「やっぱり東京‥なのか」

白い吐息と共に答えが出た。

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