第24話
「あけおめー!ようこそ東京へ!」
人の多さが懐かしいというより、久々の光景で驚いてしまったあたり、俺はもうすっかり群馬県民だと思った。少し歩けばすぐぶつかる混雑具合、なにより駅自体が広い。自分が普通にここで生活していたのが信じられなくなりそうだった。
思えば初めて新宿駅に行った事を思い出した。目まぐるしく行き交う人々の隙間をくぐり抜けて一馬を探したのを思い出した。一馬は必死に探す俺を他所に、トイレに篭っていて電話に気付かなかったという結果だった。
浅草に初詣に行く、これが今日の目的だ。毎年の恒例になっているのだが、俺に日程を合わせてくれたのは彼らの優しさだ。
浅草に向かう電車の中ではひたすら群馬での生活を聞かれた。俺は取り出したスマートフォンに保存されている体育祭のクラス写真を見せた。
嬉しそうに笑いながら見ている咲は俺が本当に溶け込んでいるこの写真を嬉しく思ってくれていたようだ。ずっと気にかけてくれていた事は、一馬からよく聞いていた。
「なんだよ大丈夫なのにー!心配性だなあ。」
「おい顔がにやけてるんがバレバレだぞ。」
なんて簡単に見透かされていた。もう咲をに恋をしている訳ではなかったが、名残なのか嬉しくて顔が緩んだこと、これは否定できない事実だ。一馬からの電話を切った後に押し寄せる寂しさの波が見事に
電車を降りると、自分達に続くかのようにぞろぞろと人が降りてくる。目指す先は同じだろう。覚悟はしていたが元旦ではないにしても、まだ三が日であるため、恐ろしい混雑具合に気が滅入ってしまう。日本は元気だ。ただ必然的に流れた時間が行き着いた「新年、正月」が来ただけでこれだけ賑わい人々が活動する。黙ってても来る正月。無事に迎えた、これが何よりなのだろうか。
「年越しは向こうの友達と?」
隣に並んだ咲は厚手のコートにマフラーと万全な防寒だ。白い手をさすっているのが何とかしてあげたくなる仕草だ。
「うん。近くの神社で年越しだよ。寒かったー。」
「神社で年越しも正月って感じで良いね。」
「東京タワーで賑やかにってのはこっちらしくて良いじゃん。」
「真司のいない年越しは少し寂しかったぜ。」横から一馬が割って入る。
「満面の笑みで写真撮ってよく言うよね。」
はははと笑いが起きて、この笑いが起きた事に少し安心した。良かった、変に気を使われていない証拠だと。
雷と書かれた赤い提灯が大きく門に構え、大勢の人々を迎えている。門の前で記念撮影をする人や、中には外国からの観光客もちらほら見える。恋人と2人、家族と様々だが東京の名物の一つに入るだろう。一眼レフやスマートフォンで撮影する人々が多いのも、つまりはそういう事だ。
何故かスマートフォンのインカメラで自分を撮影する良を差し置いて、雷門をくぐり中へと入る。左右に広がる出店に集まる人々や参拝を終えて引き上げる人々を躱しながら奥へと進んでいく。
「あ!待ってあれ食べるの!男子買ってきてー。」
亜美が欲しがるのは煎餅の出店にある揚げたてのサクサクした煎餅だ。塩味で焼きたてならではの熱さであり、浅草に来たら行きたくなる店の一つだ。この寒さの中に熱々の煙が上がり冬の寒さを引き立てる。通りすがりに手に持った揚げたての煎餅を羨ましそうに見る子供と目があった。
「わ!美味い!熱い!」
「亜美、感想が忙しいよ。」
「三夏も食べなよーはい。」
「え、ああ。ん、美味い!」
三夏が珍しくはしゃぐ様子に男子は得した気分になっていた。それほどにこれは美味しいのだ。
1時間以上は並んだだろうか。笑いの絶えない仲だけに、並ぶ間など全く苦にはならず、むしろありがたいほどに楽しい時間だった。とうとう賽銭の目の前まで来た時、祈願の内容を考えていない事に気付いてしまった。
「やばい。何祈ろうか。」
「群馬と丸かぶりでいいじゃん。」
「いや、図々しくないか?」
「若いんだから図々しくいけよ。」
良は祈願の時間がいつも長い。果たしていくつ叶ってきたのか聞いてみたい。
とりあえずと祈願してみて、心の中では図々しくてごめんなさいと謝罪も加えておいた。横を見ると目を閉じて静かに祈る咲の横顔があった。咲は優しい。他人の幸せも祈るような子だ。今年は何を祈っていたのだろう。
「ぐえー凶って馬鹿。」
一馬が頭を抱え、再びおみくじを引き直そうとするのを良が取り押さえていた。
群馬では末吉だった俺は、東京ではなんと大吉だった。大吉を引いたのは人生で2度目だ。大吉を引いた年に階段から落ちたりテストの解答欄をずらして記入し赤点を取るなど悲惨な思いをした1年だったために嬉しさが淡い。
「私は小吉。まあ良過ぎるのもねー階段から落ちたくないしね。」
こんな感じでからかわれるのが悔やまれる。
「あの時は真司が死んじまったかと。」
「良、つまんない。余計寒い。」
「おっと失礼失礼。」
その後はお台場へと移動し、初売りを狙ってショッピングモールへと移動した。お年玉を握りしめ、目当ての服を探す。全員が見事に違う店舗に行くのももはやいつも通りであり珍しくない。俺も馴染みの店舗に入り服を手に取り悩み、気に入った物を購入した。途中、父や祖父母、ゴッチ達へのお土産も購入した。特にゴッチ達は喜んでくれるに違いない。お土産らしく「東京」と書かれた小さなチョコレートケーキのお菓子を購入した。美久あたりが登の分も横取りするのではないか、そんな想像の中の光景に顔が緩みそうになるのを堪えた。
集合の時間より早く用が済んだ俺は建物から外に出た。済んだ空が広がり、時間帯からして陽が落ちる準備をしている段階だろう。昼間より少し暗く感じだ。この先にある群馬県にいる友人達は何をしているのだろう。街並みも全く違うここから、何時間後には群馬県に帰る。説明のし難い不思議な感じがした。
東京と群馬、どちらが帰る場所なのだろうか。そんな事を思ってしまった。
「もうすぐお別れだね。」
飛び跳ねそうになったのを咲が見逃さず笑われた。それなりに買い物はできたようで、初めから持っていたバックの他に買った服が詰め込まれた袋を持っていた。
「もっと近ければいいなって思うよ。」
「同じ関東だけど真司君が遠くに感じるもんね。」
少し寂しさが増した事は咲には内緒にしておく。帰りの電車はいつも極力寝ることに努めるのはそれを緩和させるためだ。居心地が良いからこそ、離れればその分辛くなる。だからこそ、たまに会いに来るのが心から待ち遠しくなる。
「真司君はずっと向こうにいるの?」
「え?」
気の抜けた声が思わず飛び出た。意表を突いた質問だからだ。意表を突かれたという事は、その質問の答えなど全く用意されていないという事だ。これから3年生になる。もちろん春先から進路の話が待ち構えているだろう。群馬に残るか否か、まずはその選択から迫られそうに気がした。
「咲はどうするの?」
「私は進学!できれば大学かな。」
やはり進学、三夏も亜美も進学希望だったはずだ。三夏も大学、亜美は美容師を目指して専門学校に行きたいと以前から話していた。
咲はそれ以上聞いてこなかった。俺が質問を返した事で明確ではない事を察したのだろう、咲の優しさだ。
全員が買い物を終え、建物内にあるカフェに入った。本来の目的は初詣だが、買い物など娯楽がいつの間にか目当てになっていた。
でも彼ららしい楽しい1日を過ごした。そう、この1日は俺には貴重な1日だ。帰るのが惜しくなる感情は群馬にいる友人達には失礼に値する。そう思ってしまうのはもうトラウマが薄くなっているからなのか。でもしっかり心に目をやれば、それは間違いなく心にこびり付いている。東京の夕暮れを見ながら、あの日の出来事をこのまま内に秘めて誤魔化していくのが正しいのかどうか、きっと答えはすぐには出ない。駅前で見送ったくれた一馬達が言ってくれた「また来いよ。」の言葉がどれだけ救いか、帰りの電車の中で今日1日の写真を眺めながら、東京から離れていった。
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