第23話

外は少し風が強く、窓を時々がたがたと震えさせるほどだった。クリスマスは父が買ってきたケーキをみんなで囲んで食べる事になった。

「真司は本当に出かけなくて良いのかい?」

と何度も祖母に聞かれたのはきっと一緒に過ごす相手がいるのか?という確認もあっての事だろう。一緒にケーキを食べるという答えを出した時は、なんとなく残念そうにしているのが俺としても悲しくなった。特にプレゼントなどもなく、黙々とケーキを食べる我が家では、祖母の料理もクリスマスらしさとまではいかないが、少し意識はしたのだろうか。ケーキの前のメインのおかずとして、照り焼きにされた鶏肉が皿に盛り付けられていた。


「お!珍しいなあーチキンか。」と嬉しそうにチキンを箸で取る父は、久々に食卓に出た鶏肉を嬉しそうに口に運んだ。悲しさに拍車をかけてくれたのが、東京にいる彼らからの写真付きメッセージだった。

東京タワーの前で撮影された俺を除くみんなが写る写真が容赦なく添付されて送られてきた。

【メリークリスマス!東京タワーと私達をプレゼントフォーユー笑】

亜美から添えられたメッセージを見ると、裏目に出てるけど気を遣ってくれたのか、と前向きに解釈する事にした。

【メリークリスマス?英語はわかりません。】と部屋に持ち込んだケーキを真顔で手に持つ俺の写真を送り返した。


いよいよ今年も終わりを迎える最後の日。大晦日にはゴッチ達と集まった。俺が来た日から約8ヶ月。乗り切ったなんて言い方は良くないかもしれないが、事情が事情なだけにその表現も間違えではないと思った。

ただ、彼らとまた会えたこと、過去の事を除けば良い再会だった。

一つ、妙に惹かれたものがあった。この町の大晦日の雰囲気だ。東京にいた頃は、何方かと言えば盛り上がりがあった。場所にもよるが、若者が集う街ではお祭り騒ぎだ。年を越すというより、なんとなく「あけましておめでとう」の「おめでとう」の部分を膨張させたような盛り上がりだ。それはそれで楽しく、こういう雰囲気だと身に付いていた。


しかしここは違う。もちろん出歩く人もいるが、家の中で過ごす人が多いのか、思ったよりは人がいないということ。もちろん神社あたりでは出店もあり、若者中心に集まってはいるが、そこ以外はあまり人が出歩いていない。もちろん東京のように駅ビルや繁華街のような場所が無いのも理由だが、静かに年を越すというか、これが大晦日なのかなと思うほど、ゆったりとした不思議な雰囲気だった。賑やかさと騒がしさがない、と言った方が早い。これが俺には驚いたのと、これはこれで好きな雰囲気だった。

アットホーム、というのが正しいのだろうか。今年の終わりをどこか寂しくも暖かく、過ごしているようだ。


「お前ら!今年も終わるぞ。」

「だから何だ?」

遮る登をゴッチが一睨みした後、深々と頭を下げた。厚着しているせいかいつもより体格が良く見える。

「今年もお世話になりました!」

それはあまりにも大きな声で、至近距離に俺達はもちろん、道行く人も驚きながらこちらを見ていた。不思議と俺以外は驚く事なく、頭を下げる彼を見守っていた。きっと毎年の事なのだろう。意外と律儀なゴッチをみんなが慕う理由の一つがこれだろう。


「頭を上げよ。」

「来年も宜しく。」

「こちらこそありがとうございます!」

美久、駿、優里がそれぞれがゴッチに応えるように口を開く。登も目線は逸らしながらも小さな声で感謝を述べた。

俺も言葉を探した。思えば春にここに来る時、頭には「まさか」の文字が駆け巡り、そしてその「まさか」は到着してすぐに膨張して目の前に訪れた。目の前にいる彼らの仲間に再び入る事。それは俺には苦しい想いもあった。彼らが悪い訳ではない。悪いのは俺だ。それでも俺は避けられない現実と向き合った。そんな情けない俺の心境をひっくり返すほど、彼らとの今日までは楽しかった。俺は気付けば自ら彼らとの時間を求めていた。本当は全て話し謝罪し、彼らの本当の仲間になりたい。しかし全てを明かしてしまったら、きっと俺は要らなくなる。それが解るからこその辛さだ。

でも俺の口から白い息と共に出た言葉は、偽りなく自然に出たものだった。


「来年もよろしくね。」

一同が俺に視線を集めた後、微笑んでくれた。

「すっかり馴染んだなあ都会人!」

駿にバシバシと頭を背中を叩かれ少し咽せた。確かに馴染んだ。それは俺も思うことだった。でも言えないけど、俺はもともとここにいた人間。まだ明かせない秘密だが、馴染んだというより、感覚を戻したと言う方が正しいのかもしれない。


「寒い。いつまでここにいる?」

悪態を吐く登の一言で寒さを思い出し、屋台で豚汁やおしるこを買って暖まった。除夜の鐘へと続く階段は諦めがつくような行列ができていて、その行列を眺めるだけで鳴らしたことにしようと勝手に決めた。

神社と提灯の灯りで彩られた風景を優里がスマートフォンのカメラで写真を撮っていた。


「あの、写りましょうか?」

「いや、結構です!警察呼びますよ?」

「セクハラの範囲が狭くなったねー。」

2人で笑い合い、お互いの白い息が空に舞う。

「本当は描きたいんだあ夜景。これなんか最高なのにー。」

優里がスマートフォンの画面と実際の景色を見比べる。

「描けば?写真撮ったんなら。」

「んー駄目なんだよこだわりがあるの。」

優里が頭を横に振り、自分の目を指差す。

なんとなく言うことが先に分かった。俺は12年前に優里が言ったことを思い出したからだ。

「自分の目で見ながら描きたいって?」

「正解。写真は止まってる。目で見てるものは動いてる。正直な絵を描きたいんだ。偉そうだけど今までずっとずっとそうしてきた!」

優里は確かに何度も顔を上げて確認し、スケッチブックに絵を描き続けてきた。あの頃からずっとそれを貫いてきた。

「じゃあ夜景は描けないね。暗いし朝になっちゃうし。」

「そしたら朝日も描けばいいんだよ。」

「もう夜景じゃないじゃん!」

優里が夜景を描く日が来るのかどうか、まだまだ優里の作品には楽しみがぎっしりある。

この穏やかな町は彼女に多くの被写体を与えている。この地だからこその景色がある。優里には最適だと思った。


「おい!時間見てなかった!10分前じゃねーかよ。」

慌ててスマートフォンを見ると、今年の終わりが後10分を切っていた。あちこちからあと何分とカウントする声が聞こえて、まめに時間を確認する。今年が終わると同時に来年が始まる。終わりではなくスタート、だなんて歌や文をたまに目にするが、確かにと納得してしまった。

やがて1分前を知らせる大きな声が聞こえた。

除夜の鐘を鳴らす人達が並ぶ列の方からだ。ますます周りも賑やかになり、ゴッチや駿もそわそわし始めた。

「なんで楽しくなるんかね?ドキドキする!」と美久が言う通り、俺もドキドキしている。そしてカウントダウンが始まった。

「10、9、8、7、6、5」

「よし!あけましてー…」

「早いだろ。」

登が今年最後のツッコミを入れた。

「ゼロ!」

「おめでとうー!」

一斉に今年の始まりを喚歓喜する声が響いた。俺もゴッチ達に挨拶を交わし、その様子を撮影する優里にも挨拶をした。

今年はこうして東京の時と同じく、友人達と年を越せた。場所は違えど、東京と変わらない明るい年越しだった。

この1年はどうなるのだろうか。期待と不安を抱きながらも、なんとなく期待が大きい事に、自分の中の変化を認識して嬉しくなった自分がいたのだった。

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