第22話

11月は思いのほか冷え込みが早く、東京にいた頃よりもヒートテックにお世話になるのが早まった。祖父も畑に行く日は必ず「これじゃさみーか。」と服装に悩んでいた。父も早朝に仕事へ向かう度に最低気温を確認し、夕方に備え厚着をして行く。そんな日常が去年とは違うという事を実感した。11月はマラソン大会も行われた。体育祭と違い、やはり長距離を全員参加で走るという行事に関してはあの10月の盛り上がりを見せた生徒達は驚くほど静かに感じた。中にはしっかり楽しんでいた生徒もいたが、前向きに取り組んでいたのは半分いるかどうかだ。冷え込む気温に半袖半ズボンで白い息を吐きながら長距離を走る。次第に汗が噴き出すが、終わって体が冷え込めばこの汗が仇となるのを知りながら、懸命に取り組んでしまった。冬へ向かう空は夏と比べるとどこか寂しさの様な切なさを感じる。でも実は俺は冬が好きだった。10代の高校生が思うのも生意気だが、どこか趣を感じまでしまうからだった。


そしてこの12月だ。好きなはずの冬が東京にいた頃よりも俺に厳しく文字通り冷たく接してくるようだ。恋人に急にそっぽを向かれる気持ちはこういうものなのか?そんなくだらない発想が出るほど、俺としては寂しく思えた。そして、校内では冬休みの話題が共通のテーマのようだった。スノーボード、親戚が集まって年越しなど様々な過ごし方を耳にしてきた。しかし、高校生は青春のど真ん中だ。クリスマスという特別なイベントが控えている。まあ俺には関係ないのだが、恋人がいる生徒はどう過ごすのかの質問責めにあっては妬まれる、そんな光景を飽きるほど見てきた。正直、少し離れたところで俺も妬んでいたのは内緒だ。


ゴッチ達から冬休みに誘いはまだ無く、それが意外に思えた。どうやら彼らも年末年始は全員集まることはあまり無いと優里から聞いた。ただ年越しだけは必ず集まるのだそう。

一応、俺も予定は空けておいた。実は1月3日は東京で過ごす予定になっていた。考えてみればゴールデンウィーク以来の彼らとの再会となり、俺は心が踊った。浅草での初詣という話になっているようで、メッセージアプリを通じて連絡が来た。元旦の浅草の混雑ぶりの凄まじいことはわかっているので、せめて3日に行こうという話になった。3日でも混雑することに変わりはないのは知ったうえでの話だ。それぞれの故郷に帰る人達がいる一方で東京に観光、または買い物に来る人達もいる。東京の街中は常に人で溢れている。落ち着きは無く気を配りながら歩けば余分な体力も消耗する。ただそれが馴染むと不思議と落ち着き安心感まで得られてしまう事もある。

そんな東京を離れて半年以上経ったが、だんだん更に時間をかけていけば、東京への馴染みは消えていき、憧れの東京へ観光に行く人達と同じような心境や感覚になってしまうのだろうか。


更に気温が下がった放課後は、祖母に持たされた手袋に頼らなくてはならないほどだった。若者らしい明るい色の手袋だが、機能性の方が大事に思えてくる。あいにく薄い生地のため時々生地の隙間から息を吹き込み暖める努力が続いた。

「真司じゃーん!」

そんな呼びかけと共に頭を叩かれるも、特に驚く必要も無かった。何故ならこれが美久という子だからだ。


「お疲れ。というか、こっち方面?」

「ん?違うよー。今日はママの手伝い!」

美久のお母さんは喫茶店を経営している。一度だけ連れて行ってもらったが雰囲気も良く何よりホットケーキが美味しいお店だ。お客さんも入っていて、週末は忙しいらしく美久はお手伝いをしに行く。

「冬休みは東京だっけ?」

「まあずっとじゃないよ。1月3日だけかもね。」

「良いなーあたしも買い物したい。連れてってくんないし。」

頼まれた覚えも無く、謝る事ももちろんしなかった。美久が足を止めて、鞄から財布を取り出した。道端の自動販売機から紅茶、そしてコーヒーを買って、コーヒーを俺の自転車の籠に入れた。


「少年、飲みたまえ。」

「優しいじゃん。ああ生き返る!」

しっかり温まっている感を握り、冷え切った両手に熱を送り込んだ。美久も同じく手を温めてから蓋を開け、口に流し込んだ。

「うは!生き返るう。」

「親父っぽいよ。」

「うるさいー。これから働くんだからチャージしないといけないの!」

バシバシと背中を叩かれ咳き込む俺を美久が笑う。

「ちょっと‥コーヒー吹き出したわ!」

「あんたが可愛い美久ちゃんを親父呼ばわりするからでしょ?全く都会育ちにはわからないかねえ。」

やれやれという仕草をしつつ紅茶を飲む美久の横でまだ咳き込む俺は、この咳が終わったら聞いてみたい事があったので、ゆっくり呼吸を整わせた。


「美久は好きな人とかいないの?」と高校生らしく青春を前面に出した話題を仕掛けてみた。美久とこんな話なんてしとことがなく、むしろ2人で話なんて思い返してみてもみんなといる時以外は記憶にない、新鮮とも言える時間だった。普段から茶目っ気たっぷりの美久に、真剣な話題をパスしたというわけだ。


「はい?狙ってんのもしかして!」

「あーもういいや。」

「少しは合わせろってのー。」

ここで一瞬、珍しい表情を見てしまう。正面を向き直した美久、俺から見ると横顔になる訳だが、美久は女の子の表情をしていた。大変失礼な言い方になるが、品があるというか、とにかく今まで見たことの無い美久の表情だった。何か心当たりがあるな、そう思う以外あるだろうか?それほど分かりやすい反応だった。ゴッチ達もなかなか見れない表情ではないだろうか?


「誰かいるんだ?」

「まあ‥叶わなかったけどね!」

「学校の人?」

「年上だった。お母さんの店によく来てる大学生のお兄さん。やばいかっこいいんさ!」

急に語気が強まったので驚いてしまった。

「で?どこまで発展したの?」

「おいおい気になるんかよーやらしい奴!仲良くなって、手伝い終わった後に一緒にそのままコーヒー飲んだりしたんだよ。悩み聞いたりしてもらってさあ。」

思い出しながら語る美久はにやにやしながらも、

すぐに顔をを少し背けた。ここからは辛い記憶の話だなと悟った。無理に話す、そんな訳でもなさそうだったので、俺は黙って聞く事にした。


「ある日にさー、きれーいな女の人と来たんさ!さすがにわかったよね〜彼女できたって‥腹立つくらいお似合いでさ、納得しちゃったんだあー。」

ありがちな話だが、目の当たりにした美久はいつもの明るい表情ではいられなかっただろう。すぐに店から飛び出したかっただろう。その彼は今でもお店に通っているのだろうか?そうだとしたら、美久はいつまでも引きずってしまう気もした。だけど美久は強かった。彼と彼女の微笑ましいティータイムを見守る事に幸せを覚えたそうだ。

美久から聞いた話は優里しか知らないそうだ。理由は単純、女の子同士だからだろう。それかゴッチ達の前ではいつもの美久でいることが役目と思っているのかもしれない。


美久を見送り、俺がかつて東京で咲に想いを寄せていた頃を思い出した。グループで常に一緒にいながら、ゲームセンターで取った景品の人形のキーホルダーをプレゼントしてみたり、特別な扱いであることを俺なりに伝えていた。咲は俺に対して俺が咲に想うような関係になることは望んでいなかった。

それが分かった時のあの心境を美久も味わったのだろう。明るく振る舞う美久が見せた弱みな部分、そんな彼女が異性の俺に話してくれたのは何故だろうか。恋とかではなく、特別な友人として見てくれているから、そういうことだろう。


少し強く吹いた北風に体を震わせた俺は、冬休みに久しぶりに会う東京の友人達の顔を思い出し、自転車を漕ぐ足を早めた。

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