第20話
来たる体育祭の日。祖母からお弁当を受け取りマルの頭を撫でてから家を出た。夏のあの日差しはもう薄れて姿は無く、これから秋と正式に交代する。顔に当たる風も熱を帯びておらず、心地良いものだった。
学校に着いてからはすぐに用意して校庭で開会式があった。周りはもう始まっているかのように今か今かと競技開始を告げる合図を待っているようだ。そして校長の挨拶で労いの言葉が最後に出た後、勢い良く生徒が立ち上がり、一気に賑やかになっていった。
「東京じゃあここまでなかったかも。」
「そうなの?まあうちは特別かも。文化祭よりも盛り上がるから。」
優里も辺りを見渡しながら嬉しそうに笑う。
確かに言う通り、多くの生徒が笑顔を絶やさずいつもの倍、活気がある校内だった。
言い方が悪いかもしれないが、東京では学校以外の楽しみがたくさんあった。周りは遊べる所が多くあり、意外な居心地を得られるお店やレジャースポットなど、学校外の方がやる事が多く感じた。ただ群馬では東京ほど、学校外で遊べる所が少ない。だからこそ学校に居心地を得る人が多くいるのではないか。東京でも学校に関しては良い思いをしたのは紛れも無い事実だ。
ただここまで学校行事に執着した生徒を見ただろうか。こっちの学校全てがそうとは限らないが、丘之城高校ではまさにそれだった。気付くと気持ちが高まる自分がいた。初めての丘之城高校での体育祭は、気持ちも幸先の良い始まりを迎えられた。一馬たちも東京では体育祭の時期のはずだ。みんなは何の種目に出るのだろうか。
最初の種目から盛り上がりが凄かった。借り物競走からスタートした体育祭は、いきなり俺の丘之城高校の体育祭のデビュー戦となった。正直、緊張のあまり喉が渇き少し落ち着きが無くなるほどだった。これだけ盛り上がられたら失敗が怖いと、体が強張っているのが分かった。しかし始まってみるとあいにく一馬の二の舞にはならず、手に取った紙には「坊主頭」と書かれており、迷わず駿の元へと走り、1着でゴールテープを切ることになった。当然、クラスからは英雄扱いとなり、俺もついつい気分が良くなってしまった。何故か一緒にクラスの歓喜の輪にお題となった駿が加わっていた。まあ駿のおかげに違いはないので誰も責めることなく輪に加えていたのが可笑しく見えた。
ここから午後まで出番は無かった。午前中は自分のクラスの応援はもちろん、駿やゴッチたちの応援も欠かさなかった。長距離走があったのだが、そこでまさかの歓声を浴びたのが登だった。後方からスタートした登は徐々にペースを上げ、なんと陸上部の部員とかなりの接戦で周囲を沸かし、2着でゴールをした。まさかの活躍に登のクラスメートは登を囲んで褒め称える形になった。登の口元が緩んでいるのが遠目からも良く分かった。そんな事もありみんなが輝いて見えてしまった。ゴッチはその力を活かし、クラスの応援旗を振り回してクラスの中心となって応援している。また、駿も100メートル走では椎葉氏を破り1着でテープを切る活躍だった。椎葉氏の2着に誰より悔しい表情だったのは彼女である西条さんだ。登はどんな顔をしていたのかが気になって仕方がなかった。この時ばかりは登も駿を褒めたかったかもしれない。
美久のクラスはなかなか成績が振るわず、男子に罵声を懸命に浴びせていた。
秋の空はそんな俺達を見下ろし、ほどよい気温のままでいてくれる。何もかも今日はいつもより気持ちが高まる事ばかりだった。
午後に備え、今日は軽めの昼食だった。祖母に持たされた塩気のあるおにぎりを2つ口に入れただけだった。ほどよい塩気がまた午後へのやる気を高まらせる。いつも祖母のおにぎりはその時の行事に合った味付けな気がした。
そしていきなり長縄の時間が訪れる。5分間、練習時間を設けてくれるそうで、各クラス練習が始まった。全ての種目は3年生から始まるため、2年生は各クラスがそれぞれ空いたスペースでの練習に取り組んだ。アナウンス役の生徒が必死にこの5分間を台本無しのアドリブで話をしていた。それを聞いている生徒から笑いが起き、俺はその内容が気になりながらも練習に取り組んだ。
離れたところから優里がクラスを見守っている。目が合うと口が「頑張って」と動いていた。
3年生は最後の体育祭とあり、どのクラスも接戦となっていた。一番回数を跳んだクラスは大きな円を作り喜びを爆発させていた。他のクラスはうなだれるように悔しがり、今まさに俺は先輩達の青春の目の当たりにしていた。いよいよ2年生、俺の出番がやってくる。アナウンスと共に入場し、円陣を組む。地面はおびただしい数の足跡が残っていて、その一つ一つが個性を放っているように見えた。後ろを見るとひと際大きな声を出すゴッチがいた。彼は回し手なのでクラスの精神的支柱の役割も担っていた。今思えばゴッチ達はクラスがうまくばらけたので、普段は仲間だがこういう行事ではライバルになる。複雑だが常日頃一緒だからこそ燃えてくるものなのだろうか。
アナウンスが開始の合図の用意をする。一瞬だが全体がしんと静まったのが良くわかった。この瞬間こそ緊張感の高まりを感じさせていた。そして合図が放たれた時、全クラスが「せーの!」と掛け声をあげ、回し手が縄を勢い良く回す。見守るクラスメートが大きな歓声を一斉にあげた。
縄が地面に叩きつけられる音が響き、跳んだ後の着地でまた大きな音が聞こえる。俺は集中していた。気付くと回数は10回を超えた。隣から悔しがる声の漏れが聞こえていた。駿のクラスが隣だったはずだ。恐らく縄に引っかかってしまい、それと同時に緊張の糸が切れたのだろう。我がクラスは跳ぶ側の足並みが揃っているのが良く分かる。みんなの頭が同時に上下に動いているからだ。あれだけ練習した競技、この競技が武器になっていたのが我がクラスだった。
「いけー!みんなで合わせてけ!」
担任である前田先生のひときわ大きな声援が耳に入り、少しにやけてしまった。前田先生だってこのクラスが長縄に賭けているのをもちろん分かっているから尚更だろう。体育会系の前田先生こそ、行事前から生徒達を鼓舞していた1人だった。
30回を超えてからは、ゴッチのクラスと一騎討ちになっていた。ゴッチの掛け声がクラスを鼓舞している。姿は見えないがゴッチのが懸命に縄を回しているのが感じ取れる。大会のアナウンスが声援を送るように促すとますます周りの声援が大きくなり、盛り上がりを底上げした。
そして、50回を迎える頃、声援は最高潮に達した。同時に俺たちのすぐ後ろ、つまりゴッチのクラスの足音が止んだ。同時に聞こえてきたのは落胆の声。直後に誰かの足に引っ掛かり俺たちのクラスの縄も動きを止めた。呼吸は荒く足も張っていたが、顔を上げると拍手をしてクラスメートと喜ぶ優里がいた。振り返ると悔しそうに空を見上げるゴッチ、遅れて喜びを爆発させる長縄メンバーの一同。俺も釣られて感情が高まった。
長縄種目の1位は我がクラスだった。次に出番が控えるリレーも忘れて、俺はつい先ほどまで跳んでいた高さよりも高く、喜びながら跳んでいた。
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