第19話

夏休みが終わってから、まだまだ暑さの残る9月はテストがあり、あちこちから溜息が聞こえてきて夏休みのそれぞれの過ごし方がはっきり分かる結果になった。それなりに勉強をしていた俺は、特にコソコソする必要もない結果に、逆に安堵の溜息が出た。それを聞き逃さなかった村上佳菜がテストを覗き込んできた。

「え!真司くんって何気だねー。」

「何気だねーって‥やることはやるんだよ俺は。」

俺の返却された数学は82点。村上佳菜のテストは76点だった。反対側から透けて見えていたのを気付いていないようだ。


「ちなみに優里は俺より上みたいよ?」

「え!」

急に名前を出された優里が驚いた声を出した。適当に言ったのだが、言うまでもなくその通りだった。94点と書かれたテストが手元にあった。

「優里ー。私より20点も違う!」

「でも佳菜ちゃん悪くないじゃん?」

「そりゃあ悠太と朋也よりはね!」

そう言い2人を見ると仲良く肩を組みテストを見せてきた。なるほど、2人合わせても村上佳菜には届かない点数だった。

「赤点じゃねーし。」と悠太がテストをひらひらさせながら胸を張った。

「まっ進級できれば無問題!」

朋也の発言に呆れた村上佳菜に、2人がにやにやしながらテストをまた見せた。


9月は夏休み明けもあり、なかなか気持ちの切り替えができないような雰囲気が漂っていたが、すぐに10月の体育祭の話題で持ち切りだった。種目決めでは俺はリレーと長縄跳びと借り物競争にメンバー入りする事になっていた。どうやらこの学校の体育祭は異様な盛り上がりを見せるようだ。駿にそう言われた通り、応援旗を作成するクラスもあるくらいだった。


東京でも体育祭はあったのだが、ここまでの熱は無かったと思う。借り物競争で一馬が「意中の女子」という無茶苦茶なお題をクリアできず、ゴールできなかった姿が頭に浮かび、笑いが込み上げる。

しかしあの夏の日以降は、何かとあの日を思い出しては1人で塞ぎ込み、優里たちを見ると顔が歪むような気持ちになってしまう。

特に優里を直視するのが厳しいくらいだった。ただ彼女に非は無いので、申し訳無い気持ちも膨らみ、更に塞ぎ込む事もあった。あの花火大会のゴッチの言葉が重なって思い出されると声が出そうになるほど辛くなる。


10月上旬に控えた体育祭に向け、9月下旬からは体育や他の時間を使って練習が行われた。主に長縄跳びの練習が中心になった。20人が中に入り、回数を競うルールなので、とにかく練習が必要だった。もともとこういった行事には前向きに取り組んできた俺も熱が入った。ここ数日はまるで嘘のように活気を取り戻すようになっていた。

優里相手でも前と同じように自然と接するようになっていた。単純な自分自身が理解できない時もあったが、変に振る舞うよりは全然良かったのが率直な感想だ。もちろん決して忘れた訳でもどうでも良いと思った訳でもない。ただ自分の中で体育祭が楽しみだったのと、燃えているクラスの空気にしっかり馴染んだからだと思う。


それからというもの、体育祭に向けた各クラスは相変わらずの賑わいを見せ、完成したクラスの応援旗をお披露目する姿もあった。

「よ!いよいよ明日だなあ。」

後ろから駿に声をかけられ振り返ると、ゴッチと美久と登もいた。駿とゴッチは特に熱が入っていて、互いに会えばその話ばかりしているくらいだ。逆に運動そのものに興味が無い登は溜息ばかりで時間の経過を願う心境が顔にはっきり浮かんでいた。

「これほど騒がしい期間はない。とっとと終わってくれよ。」

「おい登ー。お前ちっとはやる気出せ。」

「同じクラスじゃないんだ迷惑かからないだろ。同じじゃなくて良かったくらいだ。」

美久も体育祭は楽しみにしているようで、文学系の優里と何故あれほど仲が良いのかわからないほどの活発さだ。


「まあまあ登。美女がしっかり応援してあげるから頑張りなさいよー。」

「ただの騒音女だろ。警察呼ばれるぞ。」

「あんたひっぱたくよ!」

小走りで去る登にゴッチが大笑いしていた。

俺も同じく大笑いしてしまった。もう自分の中でどうしていいのかわからないのが正直な気持ちだ。だからこそ、目の前の1日1日をそのまま思うがままに迎えて過ごす。木村真司の生活を素直に過ごす。それで良いと自分で飲み込むしかない。難しいのはわかっている。正しいとは思っていない。でもそれしかない。

「明日、負けんからなあ。」

そう言って肩を叩いたゴッチの俺を見る目は、1人の友人を見る目、それだけは間違いなかった。

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