第17話

秋晴れと言える天気に心が躍っていた。あの大雨の影響は地面などにしっかりと出ていたが、上から降るのが雨でなく日光なら何一つ文句は無かった。俺はスケッチブックを手さげ袋に入れて駆け足で向かった。もちろん当時は携帯電話など持っておらず、ゴッチ達と連絡は取れない。ただ何となく彼らがいると心の中で確信を持ち、公園に向かっていた。

きっと彼らはそこにいる。通じ合える仲になった証拠でもあった。息を切らしながらも友達がいるであろう公園に向かう足取りは、とても軽かった。人は楽しいことに向かっての駆け足は、全くと言っていいほど苦にはならないのだとこの時学んだ気がした。


「あー!きたきた!」

美久の明るい声が公園から聞こえた時、「ほらねー!」と叫びたくなった。やはり彼らはここにいた。

「よーし、そろったそろった。」と駿が滑り台から降りてきた。登がゆっくりと近づいてくる。

「じゃんけん。」

「え?じゃんけん?」

「かくれんぼ。おれさっき負けたんだ。」

どうやら俺が来る前にかくれんぼの提案があり、先にじゃんけんで鬼を決めたようだ。この公園はなかなかの広さであり、小さな体でみんなを探すのは絶対に辛い。

しかしじゃんけんはあっさりと終わった。登がチョキを作った自分の右手を恨めしく見ており、握りこぶしを作った俺の右手を羨ましそうに見ていた。

「はやくかくれて。かぞえるからな。」

登が木に顔を伏せて数を数え始めた。一同は一斉に散らばり、俺もトイレの裏に身を潜めた。


「しんじくーん。」

小声で近づいて来たのは優里だった。頭に乗せたリボンが可愛らしく存在感を示し、優里の女の子らしさってやつを引き立てていた。

「どんな絵をかいてきた?」

「うーんと、ひみつ。」

「なんでなんで?」

「たのしみにしてて。」

実は1枚、優里にあげたい絵を描いてきていた。俺の苦手な人物の絵を描いた。優里を描いた絵だ。俺から見た優里の姿を描いた。景色を見ながら絵を描いている彼女の絵だ。優里は絵の中でも絵を描いている。描きながら少し面白くなってしまい笑ってしまったほどだ。一番優里らしい姿を描いたつもりだ。今思うとかなり恥ずかしいが、当時は俺の中では感謝の気持ちも絵に込めていた。

優里が俺に絵を教えてくれたようなものだったからだ。


「さいあくーみつかったよ。」

離れた所から駿の嘆く声が聞こえてきた。どうやら1番最初に見つかったようだ。つまり、次の鬼は駿ということになる。その意味も入った嘆きだった。

「あーあ。しゅんくんみつかった。」と優里が笑っているといつの間にか俺たちの背後に登が立っていた。

「わあ!」

「ふたり、みつけた。」

登は静かに去って行くと俺たちは顔を見合わせて笑ってしまった。

「ぜんぜんわからなかったから。」


その後、なかなかの時間を費やしたが全員が見つかり、いざ駿が鬼という場面で、座り込んだゴッチを合図にかくれんぼが終了を告げた。ほっとした駿と、もう終わりかと言いたそうな登の顔があった。

「ゴッチどこいたん?かくれんぼの達人だね。」

「あたりまえだろ。」

よく考えればゴッチが先に捕まった事はなかった。そして彼が見つかるまで時間を費やし、1回目で終了となった。登はかなり不満げに見えた。どうやら今日は軽く遊ぶだけの流れのようだった。しかもゴッチを見つけるのにかなりの時間を費やしたのも原因だろう。


その後、しばし雑談の時間となった。どうやら今日は美久が家の用事で早めに帰宅するらしく、今日は少々早い解散となるようだ。正直、俺としては彼らともっといたかったのだが、焦らずともすぐにまた会い、遊ぶことができる。そう思って欲を飲み込んだ。


「さてと‥じゃあかえるね!またあそぼう。」と美久が手を振りながら帰るのを合図に、ゴッチ、駿、登も立ち上がった。

「おれたちもかえるよ。おまえらは?」

「わたしたちは絵を見せっこするからもうすこしいる。」

「お!じゃあまたなー!」

ゴッチ達に俺は手を振り、急いでスケッチブックを取り出した。だがここにきて急に恥ずかしさが出てしまい、スケッチブックを開くのを躊躇ってしまい、優里に笑われてしまった。


「はい!みせて。」

「えー‥わらわないでね?」

「わらわないよ!しんじくんの絵はへんじゃないもん。」

俺は恐る恐るスケッチブックを開いた。正直、優里の顔は怖くて見れない。さすがに自分が描かれていれば他の絵を見るより厳しくなるだろう。まして苦手分野の人物像となると余計だ。テーマを変えるべきだったか、などネガティヴな思考がぐるぐると頭を駆け巡った。そして何より優里の反応が無い。これが一番効いていた。


「うれしい!」

「お?」

急に目の前であがったまさかの一言に勢いよく顔を上げてしまった。目の前には俺の絵を満面の笑みで見つめている優里がいた。俺は少しその笑顔に見とれてしまった。こんなに笑った顔を間近で見たのは、まだギクシャクする前の母に絵を見せた時以来だったかもしれない。急に母の笑顔が頭をよぎり、落ち込みそうになるのをなんとか堪えた。


「しんじくんありがとう!てか上手だよやっぱり。」

「ほんと?」

「ほんとだよ!これほしいなあ。」

優里にあげるつもりだった絵を、俺が言う前に優里が欲しいと言ってくれたことが何よりの褒め言葉だった。俺は丁寧にスケッチブックからその1枚を切り、優里に渡した。

「ありがとう。かざらなくちゃ!」

「え、それはちょっと‥」

「えー‥じゃあこっそりかざる!」

「かざるんじゃん!」

2人で大笑いした後、ゆっくり歩き出した。お互いに途中までの帰り道は同じであり、同じ橋を渡る。下を見ると大雨で増水していて、少し濁った水が流れていて、いつもの川の光景とは別物だった。河川敷で遊ぶにはまだ時間が必要だ。そう思った時だった。


「あ!」

優里の大きな声が真横から響き、俺は驚いて優里を見た。優里は俺の反対側に顔を向け、小走りで橋の下を見ていた。

「どうしよう‥しんじくんからもらった絵が‥風でとんじゃった。」

消え入りそうな声で俺を見た優里の顔は今すぐにでも泣き出しそうだった。

「え?とんじゃったの?」

「うん‥」


どうやら突然吹いた風に、優里の手から絵が離れて川の方向に飛ばされたようだ。もう川の中に入ってしまったかもしれない。

「またかくよ!だからだいじょうぶ。」

「でも‥」


優里は川を見つめたまま固まってしまった。俺はまた描けば良いと思ったが、優里はショックと俺への申し訳なさでどうにもならない状態だった。

「だいじょうぶだよ!また‥」と同じ事を言おうとした。


「あ!あったあ!」

優里が指をさして俺の方に振り返る。慌てて下を覗き込み、優里の指の先を追った。

「ほら!はじっこの木のところ!」

「あーあれか!」

川の端に斜めに生えた小さな木の枝の部分に、確かに白い紙のような物が見える。あれは俺の絵で間違いなさそうだ。横から土手のように斜めになっており、その先に川があるのだがその手前に生えてる木に引っかかっていた。


「しんじくん。あれとれるよー!」

「うん。でも‥」

そのすぐ下には増水した川、普段なら来てないところにまで水が来ていた。普段なら、斜面の先には石が並んでいるのだが、今日は水に隠れている。


「とってくる!あそこならだいじょうぶ。」

優里が走り出し、慌てて俺も追いかける。川を見ると、確かにあそこならゆっくり斜面を下れば取れる。木も低いし届くはずだ。俺は危険を回避したい気持ちもありながら、可能性を優先にしてしまい、優里を止める事を諦めた。優里と土手まで行き、斜面を上から覗いた。確かに視線の先には、枝に引っかかっている俺の絵があった。


「わたしがいく!」

「いや、あぶないからおれいくよ。」

「だいじょうぶ。わたしがいくから。」

優里が行こうとするが、上で見てるなら2人でと、後ろから優里を抑え、サポートする役に回る事にした。2人で行けば怖くないし大丈夫。幼いながらに甘過ぎる考えだったと思う。


「じゃあしんじくん。いこっか!」

「うん。おさえてるからゆっくりね。」


優里がゆっくり、慎重に斜面に足をついた。後ろの俺も優里の手をしっかり掴み足を斜面に置いた。振り返る優里の顔には、絵を回収できる自信に溢れた笑顔があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る