第14話
彼らと出会った日から俺の日常は変わった。俺は彼らと会うのが楽しみで仕方なく、両親も地元に友達ができたと喜んでくれていた。内心ホッとしていたに違いない。彼らは俺に色々な事や場所、遊びを教えてくれた。虫に触れる機会も無かった俺は、様々な虫を教えてもらった。自然を使って遊ぶ事が楽しく、この地そのものが公園の様だった。そしてこの頃から優里はスケッチブックを広げては絵を描く。見せてもらった絵には、俺の姿もしっかり加えられていた。仲間に入れた実感を優里の絵から感じる事ができた。
「真司。今楽しい?」
母が不安げに聞いてきた。
「うんたのしい!みんな優しいし色々な事おしえてくれるんだよ!」
「そっかあ。良かったねえ!」
あの時の母は本当に嬉しそうだった。というより楽しそうだった。仲の良い家族、祖父、祖母ともうまく関係を保てて群馬に来たのは正解だと思えていた。
「真司、そのスケッチブックどうしたの?」
母が指差したのは優里からもらったスケッチブックだった。実は優里から一冊のスケッチブックをもらっていた。このスケッチブックにはすでに一枚の絵が描かれていた。父と母の絵だ。もちろん描いたのは俺である。
「うわ!上手じゃない。あなたも見てよこれ!」
母がスケッチブックを抱えて父の元に走って行った。奥から父が俺の絵を褒める声が聞こえてきて、俺は本当に嬉しかった。
今日外はこれでもかというくらいの激しい大雨が降っていた。祖父もさすがに畑には行けず、今日は全員家にいた。時々カーテンを開けては「あらあら。」と祖母も降りしきる雨にぼやいていた。
「川もかなりの水量だろうな。真司、しばらく川には行っちゃ駄目だぞー。」
「えーなんで?」
「雨が止んでもな、しばらく川の水が増えてるんだ。流されちゃうから絶対駄目だぞ、わかった?」
「うん!」
父は俺の頭を撫でた。顔が少し心配してたのは、きっと本気で不安だったのだろう。
「これ嬉しいなあ。」
母はいつまでも俺の絵を眺めていた。ただ一瞬、思い詰めた顔をしたのを俺は不思議に思った。
翌日、雨があがった。俺は勢い良く玄関を飛び出した。やっと彼らに会えるんだ。この気持ちが幼いながらに雨の降る時間がいかにもどかしく感じたか。後ろから母たちの「気をつけなさいよ!」の声にもしっかりと返事をした。雨があがった後の空は、待ってましたと言わんばかりの快晴だった。だからこそ、俺も心は晴れ渡っていた。
幼い身体を懸命に動かし、約束の場所へと走った。
「あ、きたきたー!おっはよー!」
美久が小さな手をブンブン横に振りながら迎えてくれた。
「お、おはよう。」
「おはようのぼるくん。」
登は身体をそわそわ動かしながらも、挨拶してくれた。ゴッチ、駿、優里がパタパタと走りながら合流した。今日はこの大きい公園で遊ぶようだ。
どこで遊ぼうと、今日は何でもよかった。とにかく彼らと遊びたくて仕方なかったのだ。
「今日はかくれんぼ!鬼はみくだな!」
「はーあ?なんかむかつくー!」
「はやく数えてー。」
「えーゆりまでー。じゃあはやくかくれろー!」
俺たちは夢中で走ってそれぞれの場所に隠れた。美久は奥で目を伏せて懸命に数えている。10を数えるのが精一杯のため、ゆっくり10を数える。
「いっくよー!」
美久が辺りを見渡しながら小走りで探す。すぐに見つかる駿とゴッチ。登は気配すら感じさせず、結局最後はみんなで登を探す事になった。
「のぼるー何者なの?」
「ひ、ひみつだよ。」
かくれんぼも終わりを迎え、それぞれがそれぞれの自由時間を作る。これも彼らなりの上手い距離感の保ち方なのかもしれない。俺はこの時間を待っていた。
「ゆりちゃん。これ‥。」
俺は恥ずかしそうに優里にスケッチブックを渡した。優里から貰ったスケッチブックだ。
「え!しんじくんすごーい!」と優里から拍手をいただいた。
俺の描いた風景の絵を褒めてくれた。雨の日に川の風景を思い出し、丁寧に描きあげたものだ。
優里にこれを見せるのが楽しみにしていた事の一つだったのだ。
「えーすごーい!」
「ありがとう。でもみんなのことは描けなかった。人を描くのってむずかしいんだね。」
「そうそう。わたしもね、いつも失敗しちゃうの。たくさん描いてうまくなるしかないんだよね。ねえしんじくん。このスケッチブックさ、貸してくれない?」
貸すというか、もとは優里のものだ。返すが正しい言い方だ。
「またあした、必ず返す!」
「え?」
「たのしみにしててー!」
そういうと優里は布のバッグにスケッチブックをしまった。どういう事かは明日のお楽しみというわけだ。
「あした川にこれるー?」
「川はあぶないからしばらくダメっていわれた。」
「あ、たしかに‥じゃあここにきて。」
「うん!」
俺は優里と約束を交わし、みんなと別れて帰宅した。今日も満足な1日だった。そして明日もまた、楽しみができた。優里に預けたスケッチブックがどうなってくるのか、俺は駆け足で家へと向かった。
明日も天気は良好らしい。
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