第13話
12年前。俺は父の転勤のために東京から群馬へやってきた。しばらくは父親の実家である祖父の家に家族で暮らし、後々家を建てようという話になっていた。
父は東京勤務の頃、建設資材の取引先であるメーカーの事務員として勤務していた母と出会った。あくまで取引先という関係だったが、歳が同じという事で親しくなり、打ち合わせ等で訪れては談笑する仲になっていたそうだ。当時お互いに恋人もおらず、周りの煽りもあり付き合う事に。やがて結婚という流れになった。
結婚してすぐに母が妊娠してその後俺を出産した。ますます仕事に精を出した父は社内でも頭角を現していった。そして俺が5歳になり、父の群馬支店への転勤の打診が来た。父の仕事ぶりが評価され、ぜひ低迷し始めた群馬支店でその力を発揮してくれないかという前向きな打診だった。ちょうど群馬支店で退職者が出たタイミングもあり、時期としては異例だが父には昇格も見えるチャンスでもあった。当時は母と何度も話し合いを重ねたそうだ。母は東京生まれの東京育ちであり、都会とは間逆のこの群馬の丘之城への引越しは大きな決断だった。
秋になり、決心のついた母と俺を連れてこの地へやってきた。当時は急な話でもあり幼稚園や保育所には預ける事は難しいという話になり、小学校にあがるまでは祖父母の家で面倒を見ようと話が固まっていた。自然豊かな風景に幼少期の俺には好奇心を刺激するものばかりだった。父に連れられ公園や河原でたくさん遊んだ。歩く道、目に映る風景、どれもこれも縛りがない自由のようで外で遊ぶ事の楽しさをこの地で知った。祖父母も可愛がってくれて、母も笑顔が絶えずあの頃は確かに家族は幸せだったはずだ。
丘之城に来て約半年が経過した頃だ。春になりあれほど寒かった気候も穏やかになった頃、俺はこの地に慣れた事もあり、一人で危なくない範囲のところまで遊びに行けるようになった。両親、祖父母も都会のビルが建ち並ぶ以前住んでいた街並みとは正反対のこの辺りなら、比較的自然な場所で遊ぶのだからと許可していた。
俺はいつも祖父母の家から少し離れた公園でいつも遊んでいた。その公園の周辺には住宅もあり、近所の子供達も御用達だった。ただ連日この公園を利用していた俺には飽きが少しきていた。
俺は幼いながらに反抗的な行動を起こした。気になっていたあの河川敷。父と散歩しながらずっと気になっていた場所。あそこへの降りる道も把握している。川に近づかなければ大丈夫。
俺は公園を出て河川敷へ向かった。今思えば小さな子供が一人で歩道を歩き橋を渡るなど危ない事だが、車通りも激しくなかったので、すんなりと橋を渡れた。そして土手側の歩道へと入り、下へ降りる小道に着いた。いよいよあの河川敷だ。目の前には川が広がっている。
いつもと違う足音がする。大小さまざまな大きさ、形も色も違う。そんな石たちが小さな足の下に敷かれている。顔を上げると音をたてて流れる川。鳥も川から顔を出した岩の上にとまり休んでいる。俺は言葉にできないほど感動していた。
「おーい。」
川の音に紛れて呼ぶ声が聞こえてきた。内心、怒られるような気がしたが、大人の声ではないようだ。
「こっちこっちー!」
声は俺の左方向から聞こえてきた。手を振っている少年が見えた。彼の周りには数人の男の子、女の子がいた。やはり呼ばれているのは俺のようだ。
とりあえず素直にそのグループの所へ行った。何か言わられのかと変な緊張感があったのをなんとなく覚えている。
「あ‥なに?」
恐る恐る声を出した。思えばこちらに来てから同じくらいの子供とこうして向き合い言葉を交わすのが初めてだったことに気付いた。
目の前には男の子が三人、女の子が二人。手を振った男の子は体格も良く背も俺より高い。もう一人は短髪で活発そう。もう一人はちらちらとこちらを見る少しおとなしそうなタイプ。
女の子は一人はニコニコしていていかにも元気な感じでもう一人は優しそうな子。大事そうに絵を描くためのスケッチブックを抱えていた。
「おまえ、なまえは?」
体格の良い男の子に名前を聞かれた。緊張したまま俺は素直に答える。
「さ‥さいとうしんじ。」
「しんじってゆーのか。なんか見たことないなあ。まあいいや!」
何がいいのかさっぱりわからずキョトンとしていると、いつの間にか自己紹介が始まった。
「かみのこうへい!ゴッチってみんな呼ぶ!」
「たかいしゅん。よろしく!」
「あ‥やましたのぼるです。」
「あたしは、たけざわゆりです。よろしくね。」
「はーい!みしまみくだよ!」
すぐさま自己紹介されたのはどういう事なのか、この時はすぐにわからなかった。今ならはっきりわかる。彼らは優しいのだと。交友においては変な境界線を張らない。だから彼らはいろいろな人達に愛される。この時から彼らはそういう人間性だった。
「しんじ!おれたちと遊ぼうぜー。」
駿がわんぱくな笑顔で誘ってくれた。ゴッチは石を拾い、一個を俺に渡してくれた。
「水切りって知ってるか?」
「え‥わかんない。」
「はは!見てろよ!」
水平に投げられた石はポンポンと2回跳ねた。ゴッチは得意げな表情で俺を見ていた。
「すごい‥おれもやってみる!」
先ほどのゴッチを参考に投げてみる。しかしすぐさま水中に沈んでいった。
「ははは!そんなすぐにできないよ。」
「難しいなあ。」
俺は楽しくなっていた。こんな遊び初めてだ。
何度か勝負を挑んだものの、跳ねる事なくあっさりと負けてしまった。
「それはおまえが勝つに決まってるだろ。」と登が横から注意すると、美久も「そうだそうだ!」と茶化した。
「練習しろよな。あとでもう一回やろうぜ。」
「うん。がんばるよ。」
俺はまた、彼らと遊べるとこの時舞い上がりそうになっていた。やっと一緒に遊べる友達ができたかもしれない。しかも俺の知らない遊びをたくさん知っていそうだ。
「ねえねえ。しんじも今度からあたし達と遊ぼうよ!」
「え‥いいの?」
「多いほうがたのしいと思う。」と優里も賛同してくれた。不安そうに登を見ると、こくんと頷いてくれたので安心した。
これが12年前の彼らとの出会いだった。
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