第12話
蝉の鳴き声が響きわたる外に目をくれ、再び天井を見上げる。しばらく体勢は変えずに扇風機の風を満喫した。しばらく仰向けでいるのだが睡魔は襲っては来ず、ただ単に仰向けでいる時間が続いていた。東京の友人とのメッセージアプリのやり取りもダラダラと続いているが、内容は淡白で、【暑いよー】だの【ギブミーそよ風】だのこんな内容のやり取りがひたすら続いているだけだったが、これだけの繋がりでも俺には嬉しいのだ。
実は今日、夕方から丘之城の夏祭りにみんなで行く事になっている。女性陣は浴衣で来るとのことで、気合いが入っているとのことだ。ゴッチは甚平を着てくるのだろうと察しがついているが、俺は普通にTシャツと短パンでいいと思った。
ちょうど5月に東京で買ったお気に入りを着て行こうと決めていた。俺も年頃なので服装にはやはり気を使う。女性陣はいつものメンバーだが、不思議と男はそれでも自分を良く見せようと思う生き物だと、今日改めて気づいた。または新たな出会いのためか、年頃は何かと自分の事が気になるのだから正直楽しい。ただ足りないのは資金であり、自分が求めた姿の6割が満たされればそれでいいと言い聞かせるしかなかった。結局、女性には良く見られたい男の性なのだろう。自分もその一人であることに変わりはないようだ。
待ち合わせは祭りのメイン通りの入り口だった。一番乗りだったゴッチは他のクラスの男女と雑談をしながらカキ氷を食べていた。やはりこの男は待てなかったか。
「もう食べてんの?」
「お!来たなー!あ、これ?まあもう一回買うからいいだろ?」
「二つ食べんのかよ。」
他のクラスの男女と軽く話をした後、その男女は先へと進んで行った。少しすると美久と優里が浴衣姿で登場した。美久は赤の浴衣、優里は紫の浴衣で二人ともお世辞抜きで似合っていた。優里に違和感があると思ったらスケッチブックを持っていない。初めて見たのではないか、という光景に俺は驚いていると、じっと見ている俺の視線に優里が気付いた。慌てて目を逸らしてしまい、これは誤解を生みそうだと反省した。
「お待たせー!お、浴衣いいじゃん。」と駿が相変わらずスポーティな服装で現れた。新キャプテンの駿は当然、今日も部活動に励んだ後である。
「あとは、登ちゃんかあ。」
みんなが一瞬静かになったが、すぐその静寂を一つの言葉で打ち消した。
「え?」
ゴッチが甚平を着ていないのがかなり意外だったのだが、それ以上の出来事が起きていた。
甚平を着て来ると思わなかった、という逆の驚きもあるんだなと、目の前に迫って来る男に思ってしまった。それが登だったのだ。いつも俯き猫背の登はそこにはおらず、背筋を伸ばし髪もしっかりセットしていた。おろしていた前髪は上げられており、正直似合っていたため茶化す必要もなかった。その場にいた全員が言葉を失い、ただ目の前にいる登にくぎづけになっている様子を登は不審げにしていた。
「なんなんだ?」
登が全員を見渡しながら自分を見る目が気に入らなさそうにしている。
「いやあ‥あんたそうなったわけ?」
美久の率直な反応に「はあ?」といつものだるそうな顔をしたのを見て、少し安心できた。
「登くん良いよそれ。てか前髪は上げて正解だね。」
優里の褒め言葉に少し口角が上がったのを見逃さなかった。登も冒険だったに違いない。基本ポーカーフェイスだが見事に崩れそうになっていて、もう一押しといったところだろう。口がピクピク動いているのがその証拠だ。
何とか耐えきった登も含め、6人で屋台が広がる通りへ出た。左右どちらにも様々な屋台が並んでいて老若男女たくさんの人々で賑わっていた。祭り独特の音楽や太鼓が場を盛り上げ、夏の夜を賑わせていた。
屋台の食べ物はどれも美味しくて、特にじゃがバタは別格だった。塩加減が少し強い方が好きな自分には、申し分のない濃さとバターの多さがますます胃を唸らせた。
「どうぞ。」
優里が差し出してきたのはチョコバナナだ。カラフルなチョコチップがトッピングされていて、ちょうど塩分まみれの俺の口には絶妙な糖分摂取と言える。
「あーうまい!一気に甘味で塗り替えられた口の中が。」
あははと笑う優里の奥で、的当ての屋台にて険しい表情でライフルを構える美久を見て吹き出しそうになった。
「東京の祭りも凄いんでしょ?」
「まああっちは規模がね。花火も生中継されたりするくらいだから。でもこっちの方が故郷の祭りって感じが強いよ。あっちは盛大さと迫力でこっちは地元の特別感って感じかなあ。いまいち説明が微妙だけど。」
「なんとなくわかる気がする!行ってみたいなあ東京のも。」
完食されたチョコバナナの串をくるくるさせながら話す東京への憧れの中に、他にも行きたい理由があるような気がしていた。俺は一馬達と東京の祭りに出かけた時の事を思い出していた。その時の俺は咲が気になっていて、やたら良いとこを見せようと金魚すくいを頑張っていた。咲の方が多くすくってしまい、落ち込んだ事も思い出だ。
神輿が動き出し、人々が更にごった返してきた。興奮したゴッチ、駿、美久が掛け声に自分達の声も乗せて盛り立てていた。神輿の人員の中にはクラスメートの姿もあり、こちらに気付いては手を振ったりし、汗だくになりながらこの祭りを盛り上げていた。登は神輿に視線が注がれている内にと空いていたカキ氷の屋台にいた。
「おい行くぞ!」
急にゴッチに腕を掴まれ、引っ張られた。訳も分からずなすがままについていくと神輿の団体のところに来させられた。
「真司くんも適当に踊って踊って!」
神輿を担ぐクラスメートに言われ、困惑しながらもゴッチ達を見ると、3人とも阿波踊りみたいな動きで神輿の揺れに合わせていた。いいぞいいぞと周りの観衆に煽られながら彼らは楽しそうに踊っている。彼らにとっても地元のこの祭りはきっと幼少期から特別なイベントなのだろう。
優里を見ると微笑みながら、さあ踊ってと手で合図をしていた。照れながらも輪に加わると周りに合わせて俺も踊った。最初はかなり恥ずかしかったが次第に楽しさがそれを上回り、気づけば掛け声に合わせている自分がいた。登は「あいつら何やってんだ?」と優里に話しかけていた。
すっかりいい汗をかいた俺達は登と同じくカキ氷を食べながら体を冷やすことに専念した。イチゴのシロップの甘さが体に染み渡り次第に体も冷え、夏の夜風が心地よさを引き立てた。
「あー楽しかった!最高だねー。てか和也くん達に感謝感謝。」
美久が言う和也くんというのは神輿の団体の一員のクラスメートだ。神輿を担ぐ彼はまたいつも学校で見る彼とは別格に格好良く見えた。
「おい登!西条ちゃんいたぞー。」と駿の冷やかしにラムネを吹き出す登にみんなが笑った。
「次だよ次!くよくよすんな。」
「いや黙れ。ゴッチだってあの先輩どうすんだ?」
まさかの登の反撃にゴッチも本日二つ目のカキ氷を吹き出す事になった。
「なになにー?あんた聞いてないよー?」と美久が前のめりになる。優里も口に手を当てて一緒に前のめりになっていた。
「いや‥てめー登!違うから!ちょっと可愛いなって話しただけだから‥」
「連絡先知りたいって騒いでただろ。」
「黙ってろ!」
ゴッチが登の頭に手を回し掴み合いになっている様が可笑しくて大笑いした。みんなそれぞれ年頃なりに青春している。それが当たり前の年頃なのだからおかしい事はない。恋の一つや二つはするものだろう。
「あー楽しいね。」
美久の一言にそれぞれが頷いた。美久が俺を見ながら微笑んだのを見て、何だろうと思うと、美久が周りを見渡しながら言った。
「真司が加わってもっと楽しくなったよね。」
「ああ、それは言えてるわ。」
俺は嬉しいのと照れでなんとも言えない笑みを浮かべるしかなかった。
「最初さー真司って名前聞いたときはドキッとしたよ!え、聞き覚えあるなーって思って。」
この一言で俺は一瞬にして表情が真顔になってしまった。この一瞬を見られたかと周りを見たが彼らもまた、真顔になっている。
「どういう事?」
何か話さなくてはと焦りが余計な質問を生んだ。
「いやーあのね。どんくらい前かな?10年前?」
美久、待ってくれ。やめてくれ。
「うちらがまだ5歳から6歳になる頃?そんくらい!」
知ってる。言わなくていい。俺は‥
「うちらはその時から仲良くてさー。」
頼む。わかってる。俺はみんなと‥
「やめ‥」
「やめろ!」
俺の言葉を掻き消す大きな声が響いた。近くの人達が何だろうとこちらを見ながら歩いている。
俺を含め全員が驚き声の主を見た。
「な‥なに?びっくりしたんだけど。」
「真司には関係ない話だろ。あん時の事は話す必要ねーよ。それに思い出したくねーよ。あんなやつなんか。ガキの頃だけどさ、許したくないんだよ。」
ゴッチが俯きながら苛立った声で言い放ち、美久も反省したようだ。
「あ、花火始まるよ。」
優里が精一杯のフォローを入れる。
「そうだそろそろだ!真司、こっからかなり近くで見れるんだぜ。」
俺は返事ができなかった。全身の力が抜けて倒れそうだった。
やがて上がり始めた花火は、一瞬険悪になってこの場の空気を明るくしてくれた。ゴッチと美久は普通に花火に興奮してお互いに笑い合っているし、駿は登に肩を組んで、登は迷惑そうにしている。
「真司くん、大丈夫?」
優里が隣から声をかけてきた。呆然としていた俺を気にかけてくれていた。
「あー大丈夫。暑くてちょっと。綺麗だね花火。」
精一杯の誤魔化しだった。黙っているわけにはいかない。
「うん!綺麗綺麗。絵を描きたくなっちゃったよ。」
「うん。何だか俺も。」
「え?一緒に描いてみるー?」
「優里には敵わないからやめとくよ。」
花火のおかげで危うい空気を逃れた俺は、この地へ向かう電車内の心境に戻りつつある気持ちをぐっと堪え、この先の不安が膨らみ心の中のトラウマってやつは嬉しそうに羽ばたいていた。
そう。絶対に気付かれてはいけないという強い決心と使命が夏休みに再確認できたのだ。
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