第11話
「今日もあっついねえ。はいスイカ。」
祖母が白い少し大きなお皿に切ったスイカを並べて持ってきた。ここのところ結構な頻度でスイカを口にしているのだが、さすが夏の果物、これが飽きない。
「あー生き返るなあ。」
祖父は口の周りを濡らしながらがっつくように食べ、すぐにもう一つを手に取った。スマートフォンに目をやると一馬達とのメッセージアプリのグループから、みんなでバーベキューをした写真が貼られていて、【来年はお前も来いよ‼︎】と一馬からメッセージが添えられていた。写真を見ながら夏休みに帰れないのが悔やまれる。今年は一馬達も祖父母の家に行ったりバイトだったりで全員の都合が合わず、俺が帰れる時に揃わないため、泣く泣く断念する結果となってしまった。
ひととおりスイカを食べた後、部屋に戻り急いで準備をして、外で待つ祖父のもとへと急いだ。今日は畑仕事を手伝う約束になっていて、もう1人参加者がいる事になっていた。昨日、駿から突然連絡が来て夏休みの課題で、今まで経験したことないことを取り組む、という課題を宣言してしまったそうで、俺に相談をしてきた。
ちょうど祖父とその打ち合わせを軽くしていたところだったので、「畑仕事やってみるかい?」と誘ってみると即答で「やらせてください!」と返ってきた。
祖父の軽トラに乗り、エアコンを強めにかけた。日差しが強くすでに背中には汗が滲んでいる。駿には畑に向かう道中のバス停付近で待っててもらい、そのまま拾う話になっている。外は連日の猛暑で道の先には景色が揺らめき今日の収穫はかなりの体力勝負になりそうだ。トウモロコシの収穫なので太陽の下でしっかり働く事は確定しており、祖父に気付かれないよう小さな溜息を一つついた。
駿を迎えに行く道中、祖父がこんな事を言った。
「真司。俺も婆ちゃんもなあ、お前がこっち来たんは嬉しいもんだ。東京ってのはどうも行きづらくてなあ。向こうより遊び行くとこは少ねーけどこっちも悪くないだろ?」
「うん。こっちはこっちで東京とは違う遊び方があるよ。」
祖父は本当に嬉しそうに笑った。孫が常に近くにいる事はある意味ご褒美に近いのだろう。東京にいる間は祖父達には寂しい思いさせていたのだなと、父に代わって少し反省した。俺は東京では母親との関係以外は上手くいっていたし、楽しんでいた。もちろん祖父達の事は頭にあったが例のトラウマにものおかげで群馬に行く事に抵抗があった。本当、年に一度行くか行かないか。それも俺は絶対に外出しないで過ごすほどの徹底ぶりだった。
「あ、いたいた。おーい駿!」
俺が窓から顔を出して手を振ると、頭にタオルを巻いてすでに汗ばんでいる駿が手を振り返した。
「よろしくお願いしまーす!」
「おう。よろしくなあ。」
駿は丘之城高校野球部が敗退した後、副部長に任命された。部長には椎葉氏が就任した。最近彼女ができた椎葉氏は部長という使命を果たす事を誓ったという。その彼女とは、西条さんというわけだ。
「登は?連絡あった?」
「いやあーないよね。」
駿にも連絡が来ていないとなると、8月に入ってから何をしているのか不明のままだ。実はあの試合の後、西条さんは椎葉氏に想いを打ち明けたそうだ。椎葉氏が西条さんに応援ありがとう、と伝えた際に西条さんの気持ちが溢れて伝えたそうだ。
敗退の悲しみの後だが、二人は結ばれた。椎葉氏が笑顔で頷き、西条さんが嬉しさのあまりに泣き出す。その二人の奇跡の瞬間を物陰から見守ったのが登という事だ。悲しい絵を思い浮かべたところで俺も駿も苦い顔をした。
「若いうちは好きな女に振られながら男は立派になるんだ。その登ってのも男を上げる良い機会じゃねーか。」
祖父は豪快に笑い、まるで身に覚えがあるかのようにも聞こえた。確かに祖父の言う通りだが、登がすぐ立ち直るかと言われれば、時間がかかることだろう。現に登の安否確認がとれてないのだがら、尚更である。
一面に広がる祖父の畑を見て、駿が歓声をあげた。確かに祖父の畑はかなり大きい。仲間と数人で立ち上げた畑であり、様々な野菜を栽培して市場に届けている。父は後継にはならないが、仲間の息子さんが一緒に作業をしていて、後の後継者になるのだという。
今日の収穫のとうもろこしは、2メートルほどの高さに成長し、我々を見下しているように見えた。
「なあ、ジャイアント馬場ってこんなだったんかな?」
「高さはね。見た目は違うだろうに。」
「似てないか?」
「うん、似てないな!はっきり言おう。」
それでも駿は似てると言い張るのでもう放っておく。
収穫作業はとうもろこしの実を、根からちぎりなるべく束に抱えどんどん収穫していく。どれもこれも立派な粒を付け絶対に美味しいだろうと思うほどの出来だった。参るほどの太陽の熱で全身汗だくであったが、意外にも夢中になれた。こんな夏休みの過ごし方、東京じゃ考えられなかったなと思ったが、涼しいショッピングモールを想像すると、そちらにいち早く行きたくなる気持ちも湧いてきた。みんなで飲んだシェイク、あれをまた飲みたいと思う頃には、なかなかの数の収穫ができた。駿は顔中をタオルで拭き水筒を口に付けガブガブ飲んでいた。蝉の鳴き声が四方八方から聞こえ、時々吹く生暖かい風がとうもろこしの成長しきった葉を揺らし、葉の音が畑を包んだ。
「え!いいんですか?いただきます!」
駿が祖父からとうもろこしを受け取っていた。俺も手渡され、かじってみると驚くほど甘いのである。
「うおー甘い!甘いっす!」
興奮しながら食べる駿を見て祖父が大笑いをした。
「あめーだろ?そのまま茹でて食べるも良し。焼いて醤油だれを塗って食べるも良しってな。」
甘く歯ごたえも立派なとうもろこしを食べながら休憩し、後半も汗だくになりながら懸命に収穫を続けた。
「おかげ様で宿題がはかどります。ありがとうございます。」
深々と頭を下げる駿に祖父は「来年は行けよ甲子園。」とエールを送ると駿は元気よく答えた。一瞬ヒヤッとしたがこの笑顔はもう大丈夫だと思えるほどに爽やかだった。
「今日はありがとうな!」
トラックへの積み込みを祖父や仲間達が行い、運転ができない俺達は役目を終え、小川に架かる小さなコンクリートの橋に腰をかけていた。
「いやいやこちらこそ。じいちゃんも助かったと思うよ実際。俺一人じゃ倒れてたわこれ。」
はっはっはと笑う駿は青く澄み渡り白い雲が泳ぐ空を見上げている。
「真司がこっち来て良かったよ。みんな言ってる。」
唐突に言われた言葉に驚いた。だが俺にはなんと救いになる事だろうか。恥ずかしさもありわざとらしく顔を背ける俺を駿は笑った。
「いや、俺も良かったよ。みんないい奴で。」
「いやー飽きないだろ?」
「うるさいくらいね。それは美久だけか!」
二人であげた笑い声は遠くにいた祖父達を振り返させるくらい大きかったみたいだ。
心の中で思う事があった。駿には言っても大丈夫なんじゃないか。俺が斎藤真司である事を、打ち明けても味方でいてくれるんじゃないだろうか。駿ならきっと理解してくれるはずだ。迷いは不思議と薄かった。少し長めに息を吸った。
「あのさ」
「うおー蜂だ!でっけーな!」
駿にたかる蜂を二人で払い除け、頭を低くして身を守った。
「おー行った行った。で、なんか言ったか?」
「いや‥忘れた!でかい声出すから忘れたよ。」
「なんだよ大した話じゃないって事だな?」
俺は頷きながらやっぱりやめようという考えに切り替えた。思えば本当に大丈夫かは確信が持てない。もしかしたら駿だって斎藤真司は封印した人物かもしれない。掘りかえす必要もないなら自爆するような事は避けたい。
「今週末、花火大会楽しみだな!真司が来て初めての花火大会って事だし。」
「だね。晴れれば良いね。」
今週末の花火大会はみんなで行く事になっている。駿が久々の合流だからみんな楽しみにしている行事だ。まあ登の参加不参加が気になるところだがゴッチが意地でも連れてくると宣言しており、登はあらかじめ参加者に加えられている。
この花火大会の当日に、斎藤真司の存在が12年間、みんなの中で残っているのかいないのか、その現実を知る花火大会になるとはこの時、俺は知らずに駿との談笑を続けていた。
とうもろこしの葉が、再び風で揺れていた。
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