第7話

丘之城に来た3月に比べると、もう随分と差がある程の暑さだった。太陽は今日も元気に熱と光を発していよいよ夏が来るぞと日本人に告げていた。6月も下旬に突入した。来週から7月に入る卓上カレンダーを見ながら、変に暑くてあまり身に入らない数学の授業を受けていた。夏は好きだが暑さが駄目だった。汗をかく事に妙に嫌気がさすのだ。スポーツとか楽しい時間にかく汗ならそれは許せるのだが、何もしていない状態で吹き出る汗にはストレスすら感じる。


休み時間、各クラスメートが仲良しの友達と固まって話し合われているのは夏休みだ。丘之城の夏祭り、花火大会は町が団結してそれは賑わいと活気を生む。神輿は担ぐ人だけでなく見てる人も声をあげて盛り立てる様は、丘之城にとっての風物詩でもある。プール、河原、電車で遠征など高校生らしいワードが次々と飛び交った。

「真司くん。私達も毎年恒例のように夏休みのやる事が決まってるんだよ。」優里の話によると、川で遊ぶのと夏祭り、花火大会は毎年一緒に行くらしい。後は時間が合えば山登りで頂上の木陰で涼みながらお弁当など、正直東京では味わえない遊びだった。

「なるほどねー。」どうやらこの太陽とは濃い付き合いになりそうだと空を見上げた。


帰宅した俺はマルの散歩に出かけた。マルも暑さを1日中感じていたのか舌を出し、荒い息で歩いた。散歩しながらあの橋の手前の歩道を歩き、左に目をやった。あの橋が目に入るが、ここに来た3月より嫌な気はしなくなった。この安心しきっている自分が妙に怖くも感じていた。よぎるのは美久のあの表情。あれから美久と何度も会い言葉も交わした。だが美久からあの表情に関する話題は一つもない。一瞬の事だ、きっと美久も難しく捉えちゃいない。そう思うしかなかったのだった。

「おう真司。夕飯はいらねんだってな?」庭の手入れをしていた祖父が汗を拭った。白いシャツに麦わら帽子、はめた軍手が暑さを増していた。マルを鎖に繋ぐとすぐさまぐったりとしてしまった。

「今日は友達と食べてくるよ。」

「あんま遅くなんなよ。」祖父は汗をぬぐい、作業を再開した。俺はとりあえず汗をかいていたのでシャワーを浴び着替えることにした。


その夜、ゴッチ達がいつも食べるファミレスに集合だった。この辺りではファミレスはここくらいなので人は連日訪れる。店内を見渡すと丘之城高校の生徒らしき人も見かけた。

「あれ、駿はいないんだ?」駿の姿がない。このメンバーにしては珍しい人員を欠いている。

「この時期は集まりにあまり来ないよ。ほら、野球野球。」優里がバットを振る真似をしながら言った。

「部活終わんの遅いしよ、おまけに自主練してんだあいつ。今年はやけに気合入りまくりだからな。」ドリンクバーのジュースを一気に飲み干すとゴッチはサーバーの方へ歩いて行った。

「まあさ、うちらは応援するんだ。真司も試合観に行こうよ!授業さぼれるしー。」満面の笑みを浮かべ、果たして駿の応援を本気でしているのか?

「暑いから俺は嫌だ。」登かぼそりと吐いた。

「でも吹奏楽部も来るじゃん?あれ、登ちゃん?お目当ているんじゃなくって?」美久が茶化すと登の顔は真っ赤になった。

「バ、バカかお前。意味わからん。バカだろ。バカ。」登も勢いよく立ち上がりドリンクサーバーへと向かって行った。

「登君は西条さいじょうさんばっかり見て試合は観てないからねー。」優里がにやにやしながら登を目で追った。登はドリンクバーの辺りでゴッチと取り合いをしている様子が目に入った。

「でも‥りーちゃんはなあ。」美久が難しい表情を浮かべて登を見た。

「えー。駄目なの?」優里が身を乗り出す。

「んーほら、椎葉氏だから。」

「わー出た椎葉氏。」

「椎葉って‥駿と同じクラスの?」確か駿と同じクラスに椎葉という野球部の部員がいたのを思い出した。直接話した事はないのだが、野球部特有の坊主頭だが少し伸びた長さを保ったヘアスタイル。ソフトモヒカンに近い型である。そして顔が整っているのだ。駿もはっきり言って悪くない。むしろモテそうな感じだが、椎葉がそれの上を行くので駿のカッコ良さが目立たないのかもしれない。

「優里達から見てもやっぱり良い男なん?」

優里がうーんと考え「まあ、確かにカッコ良いんだけど‥恋愛対象かはわからない。」

「私は無し!」美久が手でバツを作り首を横に振った。俺は結構驚いた。「なんで?」美久が笑いながらはっきりと「髪が短いしライバル多そうだからー。」

美久らしい理由に「そっか。」しか言えなかった。

「このクソゴリラがー。」

登が息を切らしながらようやく戻ってきた。

「いやー登ちゃん。美味しそうだねえ!」ゴッチが指差す登のジュースはなんとも言えない変色具合いだった。

「えー何それ汚い登ー。」美久が顔を歪めると登がゴッチに中指を立てた。ゴッチは高らかに笑った。

駿の応援、これだけ明るい絆を持った仲間がするんだ。自分もその1人に入るんだけど、いいのかな?もう不安視しなくていいのかな?

「真司!俺さ、日本一番のバッターになるぜ!何でも打つんだぜ!」とカラーバットを振り抜く駿の10年前の姿が思い浮かんだ。

夏が本格的に始まる

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る