第6話

5月に入った。世間はゴールデンウィークを迎え、各地は家族連れで賑わっている時期だ。丘之城でも、昔ならではの街並みや景色が話題を呼び、なおかつ更に北へ進めばあの有名な温泉地があるのだから、負けずと賑わいを見せていた。桜は4月の中旬に咲き誇り、今は既に見頃を終えてしまっているのだが、この山々の景色、釣りにもってこいの自然などで集客力が予想以上だった。普段見ないような屋台や店の外にまで売り場を広げたりと、ここぞとばかりの商売っ気もさらけけ出されている。


ゴールデンウィークの初日はゴッチ達と過ごした。その日は駿と優里の部活が終わるのを待ち、俺達は町中に出かけることにした。普段見ない屋台並びから魚の塩焼きや焼きそば、お好み焼きなどお祭り気分を味わう事ができた。大体の屋台のおじさんやおばさんはゴッチ達の事を昔から知ってるようで、彼らがこの時期にこうして買いに来るのをもはや習慣のように、当たり前のようにサービスしながら提供してくれた。美久がわざとらしい女の子を演じた態度でたこ焼き増量をねだる行為は毎年の風物詩のようになっているようだ。

道を走る車のナンバーは県外が多い。埼玉、新潟、栃木、神奈川、驚いたのが三重までいた。有名な温泉地に行く道中に寄っているのだろうが、この町にはありがたい寄り道をしてくれたお客様という事だ。


こうして初日は賑わう丘之城を満喫し、特に何かするわけでもなく解散になった。実は釣りやその他の遊びに誘われていたのだが、俺には特別な用事が5月1日、2日とあらかじめ予定してあった。

それは東京に行くことだった。実は4月の下旬頃、一馬から着信が入った。

「5月の1日はみんな奇跡的にバイトを休みにできたから東京来ないか?」という誘いだったのだ。

俺は胸が踊る想いだった。一馬達に会える。そして一時的に不安から解放される。その一心で即答した。

「喜んで行くよ。」俺は待ちきれない想いだった。ゴッチ達には申し訳なかったが、一馬達に会いたかったのだ。俺は父達に報告すると当然「泊まる場所はどうするんだ?」と心配された。まさか母の元なのではと思われたようだがそれはあり得ない。一馬の住んでるマンションに泊めてもらう予定を伝えると、行ってらっしゃいと安心した様子で許可が出た。父からすれば親の都合で振り回してる息子に駄目とは言えない気持ちがあるのだろう。


原宿駅での待ち合わせだった。1ヶ月弱いた群馬の町並みに慣れていたせいか、東京の圧倒的な人混みに我に返った。俺はこんな所で日々を送っていたのかと周りを見渡し改めて環境に違いを痛感した。

一馬達と合流した時、何故か亜美は泣いていた。俺も嬉しさと安堵で少し涙目になったのを見逃さなかった一馬に茶化された。

「で、どうなの?群馬で友達はできたの?」三夏が気にかけてくれた。俺はゴッチ達と写ったバーベキューの時の写真を見せた。彼らは食い入るように写真を肩を寄せ合って眺めていた。

「なんかいいじゃん。うまくやれてんじゃん。」良が親指を立てた。少し茶色の髪を触りながら「三夏さんはなあ、まーた告白されたぞ。」

「ちょっと。余計な事ぺらぺら言わないでよね。」三夏が横目で睨んだ。「流石だね。で、誰に?」

「ほら、A組に新田にったって人いたじゃん?」

先程まで涙を流していた亜美がけろっとした顔で身を乗り出した。亜美は切り替えが非常に早い。

「新田ってあの頭の良い新田君?意外だなあ。でも彼って勉強できてクールでなかなかハンサムだよな。駄目なんだ?」「だってろくに話した事ないし。」

新田はどうやら入学した頃から三夏に惚れていたらしい。正直、三夏に惚れる気持ちはなんとなく分かる。

ミステリアスでクール、それに美人だ。友達グループだからこそ、特別な感情は抱いていないが客観的に見れば三夏が男子に好かれる理由は理解できる。

「ねーねー。早くミルキー行こうよ。」咲が指差す先には「ミルキー」と書かれた看板のカフェがある。そこは俺達が通っては長居していた場所だ。学生には嬉しい安くてメニュー豊富な小洒落た店だ。


ミルキーでそれぞれアイスコーヒーやモカを飲みつつ、群馬での生活の話などで2時間近く居座った。女子のお目当てのパンケーキを6人で分けて食べた。ベリーがたくさん乗った甘酸っぱい味が懐かしかった。

俺はあの頃と変わらない空間が嬉しかった。居心地の良さはやはり別格だ。こちらはこちらで俺にとってはかけがえのない居場所だった。

「おい真司。」一馬が小声で話しかけてきた。良が聞き耳を立てているのを一馬が気づいたが、構わず続けた。「お前、大丈夫か?本当にうまくいってんのか?」「ああ、大丈夫。良い奴ばかりで安心した。」

「ならいいけどよ。虐められてんじゃないかって心配してたわ。」俺と一馬の笑い声に女子達は不思議そうにこちらを見た。聞き耳を立ててた良も便乗して笑った。


「しんちゃん彼女できたー?」咲が探りを入れてきたが、残念ながら無縁だった。むしろ、咲を気になっていた頃を思い出した。咲は俺のタイプである女の子らしさをしっかり持っていて、なおかつ和ませてくれるような空気感を作るような子だった。容姿も可愛らしく俺から見たら文句無しだった。咲と今のまま友達でいれるのは咲の人間性だ。なにせ咲は俺の気持ちに少し気づいていたにも関わらず、接し方を変えずに友達でいてくれた。だからこそ、俺は咲への片想いを辞めることができた。咲は俺と友達でいたかったのが分かった。そうでなければ、気持ちに気づいても態度を変えず友達のままで接したりしないだろう。関係の発展を望んでいたのなら、もう少し違う接し方だったに違いない。だけど俺はこれで良かった。だからこそ今の友達の輪があるのだから。


俺達はアミューズメント施設に入って盛り上がっていた。ここは時間制で俺達が入ったのは3時間で3800円のコースだった。中にあるゲームやアトラクションが3時間遊べるという所だ。ゴールデンウィークなので、混雑の覚悟をしていたが、思いのほか大した混雑はしていなかったので存分に遊ぶことができた。

少し休憩をしながらスマートフォンを開くと、丘之城のメッセージアプリのグループからメッセージが来ていた。

【お土産よろしくー!】美久からだった。そういえばお菓子以外とあらかじめ言われていたのをこの時思い出した。

【了解です。何か見つけるよ。】とはっきりしない返信をあえてしておいた。期待されても困るからだ。特に美久みたいなタイプは理想が高そうでお土産探しに手こずるのが目に見えている。

続いて優里から写真が送られてきた。みんなが川ではしゃいでる写真。そして夕焼けに照らされた川の絵だった。優里はこのクオリティの絵を普通にみんなといる時間に描きあげてしまう。まるで絵日記のような感覚になっているかのようだ。俺はスカイツリーの写真を後で送ろうと考えていた。東京と言えばスカイツリーだろう。


アミューズメント施設から出た俺達はくたくただった。はしゃぎ過ぎたせいで身体中が悲鳴をあげていた。

「誰だよ賭け事始めたんわー。みんなムキになっちまっておかしかったわ。」一馬が首をポキポキ鳴らしながら悪態をついた。

「あんたでしょうが!バスケのシュートゲームで良に負けてから始めたんでしょ!」三夏の鋭いツッコミの通りだった。一馬と良がバスケのシュートゲームで勝負をし、負けた一馬が100円賭けろと言い出し、始まってしまった。ジュース、パン、アイスなどを賭けの対象にし、様々なゲームやらがあるこの施設を存分に遊び尽くした。高校生らしい過ごし方と言える。考えてみれば群馬にはこの遊び場は無い。いちいち比較してしまう自分に少し苛立ちを覚えているのは、きっと丘之城に居心地の良さを感じてきたからだろうか。ただ俺には東京色が強く残っているのは事実だった。


シェイクが美味しいカフェに入った俺達は、疲れを癒しつつ、再びの談笑に入った。

「てか真司さ!」急に亜美が前かがみで勢い良く喋り始めたので、思わずのけぞってしまいながらも、話を聞いた。

「正直どうななの?群馬はさ、その、うまくやれてんの?本気でさ。」

「あ、ああ、大丈夫だよ。さっきも言ったけど友達もできたしさ。」

亜美は納得いかない顔で頷いた。

「亜美ね、ネットで群馬を調べたんだって、そしたら環境が違いすぎて真司がやばい!って騒いでたんだよ。」咲が可笑しそうに言うと良が思い出したかのように笑い始めた。

「馬鹿にしてるわけじゃないんだよ亜美も。ただ、ほら亜美も急にヒステリックになるじゃん?亜美なりの心配なんだよ。」三夏がフォローするように亜美を見ながら俺に言った。もちろん分かっている。みんなが心配するのも分かる。彼らは行ったことがなく、テレビでも群馬の知名度やランキングの低さが面白可笑しく紹介される機会も多かった。そういう所も亜美には引っかかったのだろう。

「ま、真司も楽しそうにやってんだ。何よりじゃんか。また帰ってこいよ真司。」一馬の一言にみんなが頷いた。俺もまた頷くのだった。


夜にみんなと駅で別れた俺は、宿泊先の一馬のマンションに2人で向かった。久しぶりに入った一馬のマンションは変わらず綺麗な部屋だ。一馬の母親は弁護士事務所で働いている。俺と同じ片親だが、父親の度重なる浮気に一馬の母親が離婚を告げた。そして慰謝料など容赦なく請求し、戦いそして一馬を引き取った。そこから一馬を現在まで育て上げた。俺は以前から一馬の母親とは割と仲良く話すことができる。一馬の母親は意外と気さくな性格なので、話しやすかった。何より羨ましかった。一馬の母親もそれに気づいていたのかもしれない。俺はここまで母親と話す機会は無かったので、一馬の母親との会話は不思議と癒される気持ちになれた。

夕飯はみんなでラーメンを食べたので、正直寝に来たという感じだったが、一馬の母親は暖かく俺を迎えてくれた。そして群馬での新生活の話で盛り上がり、一馬も母親も俺も良く笑った。

「寝れるか?疲れたろ?」暗闇の中で一馬が問いかけてきた。一部灯りが見えたので、スマートフォンをいじりながら話しているのだろう。確かに肉体的な疲れはかなりあった。良がふらつきながら手を振っていた姿を思い出したら笑ってしまった。一馬もあの姿は笑えると言いながら手を叩いた。東京での時間は俺には振り返るだけ楽しく、そして寂しいひと時だった。また群馬に帰らなくてはならない。ただ、群馬には群馬の居場所ができた。複雑な心境をよそ目に、俺は忘れていた事を思い出した。払拭したと思い込んでいたトラウマだ。孵化したトラウマは知らない間に俺の中で成長していたのだ。しかし覚えがあった。おそらく美久のあの何かを思い出したかのようなあの表情、俺の不安が呼び戻された。ただ勘違いであってほしい。

知らぬ間に一馬は寝息を立てていた。俺は暗い部屋の天井を眺め、ゆっくり目を閉じた。群馬に帰ったらどんな話をしよう。きっと明るい日々を過ごせるという気持ちが過信でないことを信じて眠りについた。

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