第4話

桜はまだ咲かない4月上旬。いよいよ始まった丘之城高校の新学期。校舎は春休み明けの久々の学校に活気があふれている。この春休み中の出来事を話しお互いに笑いあう。部活に加入している生徒は帰宅部諸君の遊びの話を聞き、俺は部活で毎日のように学校に来てましたわ!と言いたそうな表情を浮かべている者も多く見受けられた。


「緊張してるなあ。大丈夫、しっかり自己紹介して早く馴染んじゃえばさ。」

担任の前田先生が固くなっている俺を見て笑いながらアドバイスした。やはりこういうのは慣れない。俺はよそ者だ。

「さ、入るぞ転校生。気持ちの準備はいいか?」

「はい。」

「よーし行こう!」

ガラガラと教室のドアを前田先生は開けた。教室内はガヤガヤしていたが。担任と見覚えのない人間の入場で妙な静まり方をした。中にはひそひそと隣同士で話したり、にやにやしながらこちらを品定めするかのように見ている者もいたが、残念ながらこれが転校生のお決まりだ。

この学校にはクラス替えが存在しない。そして担任も変わらない。つまり入学したら3年間ずっと同じクラスだ。今はその2年目。つまりクラスとしての形ができている状態なのだから、余計にやりづらいのが事実である。

「はい、いいかー。今日から2年生だな。今年もこのメンバーになるが、1人新しくクラスに加わることになった、木村真司君だ。彼はこの群馬に慣れていない。みんな、新しい仲間だからな。仲良くしていこうな。じゃあ木村、自己紹介してくれ。」

俺の緊張はピークを迎えていた。

「あの‥」と出だしから間を5秒ほど設けてしまい、言葉に詰まった。

「木村真司です。えっと‥東京から来ました。群馬の事は右も左もわからないので、いろいろ教えてもらえば嬉しいなと思います。よろしく‥お願いします。」

ガチガチの状態で頭を下げた。拍手が送られ、照れ笑いが隠せなかった。またざわざわし始めて、「東京」というワードが教室中を飛び交っていた。

「はーい静かに静かに。というわけだ、よろしく頼むぞ。とりあえず一番後ろに座っとくか。」

前田先生の指差す先の一番後ろの席は空いていた。窓際から3列目の一番後ろだ。目で確認したが発見してしまった。

窓際の席には優里が座っている。目が合った瞬間、優里は左手を小さく上げて手を振っていた。

俺はそれに気付き頭を軽く下げた。優里は微笑みながら「よろしく」と口を動かした。

席に座ると隣の女の子が「よろしく木村くん!私は村上佳菜むらかみかなだよ。」と自己紹介してくれた。

「あ、よろしくね。」俺はお辞儀して挨拶した。

「村上さんのロックオン入りましたー!」クラスの男子が茶化した。

「ちょっと人聞き悪いこと言わないでよ!」村上加菜が顔を赤くしながら叫んだ。

「ほら静かにしろー!全くうるさいクラスだなー。」

前田先生は呆れながら注意した。

俺はどうやら賑やかなクラスに入ったみたいだ。

なんだか上手くやっていけるような気がした。

賑やかなクラスの光景に見覚えがあった。東京での学校生活が頭の中で被っていた。今頃、向こうでも新学期が始まっているだろう。みんなはどんな話をしてどんな賑わいをしているのだろう。俺のことを忘れないでいてくれてるのだろうか。余計な心配まで膨らんだ。


休み時間になると、俺の周りには人だかりができていた。覚悟はしていたが、質問攻めにあっていた。

いつの間にか「キム」や「真司」など、すっかり受け入れてもらえる呼ばれ方をされていた。東京から来ましたというのは、よほどインパクトがあったようだった。向こうの学生は髪を染めているのか、芸能人の誰を見たことあるのか、などみんな興味津々のようだ。

優里は他の友達と談笑している。楽しそうに春休みの報告でもしているのだろうか。そっちが気になっていた。廊下では他のクラスの生徒が転校生チェックと言わんばかりに俺の姿を確認している。しばらくはこの状況が続きそうだ。丘之城高校は本当に明るい学校であった。イジメや不良の存在は無さそうだ。少なからず東京の学校では、不良という不良はいなかったのだが、残念ながらイジメというか仲間外れのような光景は見たことがある。原因は知らないがそれを見て心が痛んだのを覚えている。


ふと廊下を見るとゴッチ、駿、登、美久の4人がいた。優里が呼ばれて廊下に出て行った。

しばらくすると優里が俺を呼びに来た。「真司くんさ、ちょっといい?」

クラスメートは俺らがすでに知り合いだという事に驚いていた。

「よう、どうだ?クラスの方は。」ゴッチが聞いてきた。

「みんな賑やかで楽しいクラスみたい。」俺は素直な感想を言った。

「このクラスは賑やかだよ。うるさいくらいね。」優里が笑った。

「今週の日曜日、河川敷来れるか?バーベキューするんだよ。真司も来いよ。歓迎会だと思ってさ!」ゴッチからの誘いだ。

俺は木村真司、斎藤真司じゃないんだ。そう言い聞かせた。

「わかった。行くよ。何時だい?」俺は木村真司としてちゃんと関わることを決めていた。

「10時くらいかなー?」美久が周りに尋ねるように聞いた。

「買い出し含めるからそのくらいだね。」駿がそう言って頷く。

「で、集合場所は?河川敷からまたスーパー行くのめんどくさくない?スーパーに直接集ろっか。」美久の提案に全員が納得した。登はお任せするよと言わんばかりの態度だった。

「じゃ、楽しみが増えたところで頑張りますかあ今週も。ってやべー、副担任だ次。」駿が頭を抱えていると休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。それぞれの教室に戻るなか、登が俺の袖を引いた。

「無理してないか?来れないなら大丈夫だぞ。」

登の鋭さに驚いた。みんなが嫌だからじゃないのに複雑な心境、登は何かを見抜いたようだ。

「いやいや、ありがたいよ誘ってもらってさ。俺は行くよバーベキュー。」

そう言って微笑むと登は少し明るい表情を見せた。普段、だるそうな顔の登の表情が変わったのを見た俺は、登は気にしてくれてたという事に対しての喜びがあった。

「なら良かった。あの連中は強引だからな。じゃあまた。」登は少し小走りで教室に戻って行った。


今日は新学期の初日というのもあって、授業はないが1年間の予定の説明で学校も早く終わる日だ。副担任が1年間の説明をする時間だが、俺は先ほどの登とのやりとりが頭を支配していた。登は12年前、あのグループでおそらく一番最後に仲良くなれた人物だった。当時からあのだるそうな表情が俺を受け入れないつもりだと思っていたからだ。だが登はあの表情とは真逆にとても気がきく性格だった。物言いは少しきつい部分もあるが登の気遣いのある性格に、みんなありがたみを感じていることだろう。俺もその1人だったのだ。来たる日曜日に備え、少しでも不安を拭いたかった俺は、残念ながら副担任の話は耳半分だった。窓の外を見ると青空が広がっていた。日曜日はきっと晴れるだろう。そんな確信が胸に広がった。楽しみにしている俺がいたのだった。


夕礼が終わり、さよならの挨拶を終えると俺は鞄を抱えた。群馬では授業が始まる際に日直が「起立、注目、礼。」のかけ声をする。もちろん夕礼でも「起立、注目、礼。」の後に「さようなら。」を一同で言い頭を下げる。最初は「注目」というのに慣れず、フライングで頭を下げて恥をかいていたのだが、そんな思いは二度としまいと必死に食らいつき、この1日でしっかり対応している。こっちの環境にも少しずつだが、慣れ始めている証拠だろう。


玄関まで行き、上履きから靴へと履き替えて通学用の自転車がある駐輪場へと向かった。グラウンドを見るとサッカー部、野球部の部員達がぞろぞろと部室に向かうのが見えた。駿もそのうち向かっていくのであろう。部活も大変だなあと部員達を見て思っていた。

「真司くん!」後ろを振り返ると鞄を持った優里が立っていた。

「あ、お疲れ。帰るん?」

「うん。今日は部活ないんだ。一緒に帰ろうよ。」

俺は内心ドキッとしてしまった。顔に出ていないかが心配だった。

「いいよ。」俺は別にドキドキしてないよ?普通だよ?というあからさまにスカした顔で受け答えをした。

自転車が停まっている駐輪場まで2人で歩く。野球部の練習着を着た部員達が小走りでグラウンドの方へ向かっていく。駿も今頃は部室で準備しているのだろうか。

2人で自転車を漕ぎながら雑談を交わしていた。

東京は電車通学なので、新鮮さがあった。後ろから抜いていった2人組はクラスメートだった。別れの挨拶を俺と優里にしたが、転校生とどんな関係?と優里に聞きたそうな表情だった。まあ無理もないといったところだ。

「バーベキュー楽しみなんだ。」優里が楽しそうな表情で言った。

「メンバーっていつもの?」

「んー多分。でも増やすのかなあ。真司くんの歓迎会だし。それにゴッチ、仲良い人多いからね。」

ゴッチの人柄なら友達は多いだろう。頼りがいもあるし、行動力もある。リーダーという肩書きはとても似合う。12年前もそうだ。俺に声をかけて強引に輪に入れてくれたのはゴッチだった。

「じゃ、私の家こっちだからさ。またね。」

「うん。バーベキュー、楽しみにしてるよ。」

その一言に安心したような顔で優里は俺に手を振った。俺も手を振り返し、家の方へ向かった。

やっていける。木村真司ならここでやっていける。そんな強い思いと反対に、孵化した俺のトラウマは少しだけ成長したのがわかった。バーベキューの楽しみと不安は少しだけだが楽しみに傾いている。俺はペダルを漕ぐ足を早めた。

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