第3話
4月に入った。俺は転校前、最後の挨拶のために学校に来ていた。父と一緒に担任になる
「木村、安心してくれな。うちの生徒はいいやつばかりだ。木村の東京の友達もみんないいやつみたいだが、うちのも負けてないぞ。」
前田先生は微笑んだ。父もこの先生なら大丈夫そうだと安心したような表情を浮かべて少し微笑んでるように見えた。俺も同じ事を思っていた。
俺と父は校舎から外に出て、父は会社に戻って行った。父を見送り、俺も帰ろうとした時だった。
「よーう真司!」後ろから肩を叩かれた。
「わ!駿君くんか。」
「おいおい、駿でいいってば。」
「あ、ごめんごめん。」駿は野球部の練習着だった。砂汚れがいかにも野球部って感じの汚れ方だ。
「駿はさ、レギュラー?」
駿は笑った。「あったりまえよ!1年の夏からベンチ入り。一年の秋からは三番バッターよ!」
それは凄い。駿は12年前も「俺は絶対野球選手になる!」と宣言していた。
しかし丘之城高校は甲子園常連の強豪校というわけではない。むしろ強いのかどうかも疑問だ。駿に聞いた。
「強豪校みたいな所には行こうとしなかったの?」
駿はまた笑った。
「オファーは来たよ。君なら活躍できるってね。でも断った。俺は地元の学校で甲子園行きたいんだよな。残念ながらうちは良くても3回戦止まり。」駿は足で地面を擦りながら言った。
「でも今の3年生はなかなか強いんだぜ。ひょっとしたらあるかも。あとは俺が活躍すればいい。」
駿は昔から変わらない。自分が引っ張っていこうとするタイプ。そのために自分を認めてもらえるために努力する。あの頃から素振りをしているくらいだ、野球に対する熱意はかなり強いはずだ。
「じゃ、ミーティングあるからまたな!新学期に会おうぜ。」
駿は走ってグラウンドの方へと消えていった。駿の姿が見えなくなるまで俺はそこに立ちすくみ、少し遠い目で見送った。
帰りにコンビニに寄った。小腹が空いたので、おにぎりを一つにドリンクも買った。
外でおにぎりを食べていると、自転車で入って来たのはゴッチだ。駿に続いてゴッチに会うとは‥俺は内心緊張していた。なるべくなら接触は避けたい。悪いが今の俺は親交を深めている場合じゃない。いや、親交を深めてはいけない。そんな気持ちに少し苛立ちも感じつつ俺は背を向けて、俺だとバレないようにした。そのつもりだったのだが。
「お、真司じゃねーか。」
俺は何をしているのだろうか。俺は今気付きましたと言わんばかりの反応をした。
「今から昼飯か?」
「学校に挨拶行って来たんだ。」
目を合わせると気づかれそうな気がしてならない。
「こっちには少し慣れたんか?」
ゴッチはこう見えて優しい。あの頃も、輪に引き込んでくれたのはゴッチだ。
「んーなんか、うまくやれるのかなって。不安しかないんだよね。」
本音だ。というよりもうまくやれる気がしないのだ。
「真司よー、新学期始まったらまた俺らのとこに来い。みんなお前を気に入ったみたいだしよ。」
「ありがとう。お願いするよ。」ゴッチは変わらず優しい。
「そーいや優里に聞いたぞ!お前水きり上手いらしいな。俺と駿とお前で勝負しようぜ!」ゴッチが右手をスイングしながら言った。
「いいよ。多分負けないよ。」これに対しては本気で自信満々だった。
「生意気な。負けねーぞ!駿より上手いぞ俺は。」
「望むとこ。あれ、登はやらないの?」登の不参加が気になった。
「登な‥人生で1回も跳ねたことがないんだ。」
俺は驚いた。さすがに一回くらいは跳ねてもいい。
「それであいつ怒って帰っちまったことがあってさ、それ以来あいつはやってない。」
笑いながらゴッチは言った。
「まあ運動神経がまるでないからな。その割にマラソンは早いんだぜ?学年の10位以内だし、笑っちゃうだろ!」
俺はゴッチと一緒に笑った。ああ、本当に彼らと初対面で出会いたかった。こんな気持ちを引きずったまま接するなんてもったいない人達だ。
俺はゴッチと2人でアイスを食べながら談笑した後、お互い家に帰宅するため別れた。
桜が咲くのはまだかかりそうだな。これから
帰宅すると、スマートフォンのメッセージアプリからの通知音が鳴った。画面を見ると、東京の友人達とのトークルームからの通知だった。慌てて開くと
【
このトークルームには俺を含めた仲良し六人がグループに登録されている。このメンバーは俺、大石一馬、
東京では毎日のようにこの中の誰かしらと過ごすほどだった。一馬は俺と同じ片親で同じく母親に引き取られた身だ。その同じ運命から仲良くなれた高校で初めての友達だ。良は一馬と同じ中学。こいつは本物のお調子者なのだが、人を不快にさせない言わば「面白い人」というジャンルになる。三夏は「馬場」という名字を嫌っているが、響きの良さから「ババミー」と男子から呼ばれている。俺達にはその呼び方は許されなかった。ちなみに三夏はクールな見た目で何気に人気がある。咲はパーマがかかったマッシュヘアでお洒落が大好きな子だ。実際、男子連中は咲に良い服の店やコーディネートをしてもらっていた。俺は最初、咲が少し気になっていたという秘密の過去がある。亜美は言わば「ギャル系」である。茶色い髪にそれらしい制服の着こなしだ。先輩から連絡先を聞かれたりしていたが、本人が年上が駄目なようでお断りをしていた。だが亜美は敵を作らない性格のため、恨みを買うような事は決してなかった。
こんな個性的な6人が何故か不思議と仲良くなり、日常でかかせないメンバーになっていた。
確かに群馬に来てから連絡とってないなと思い、慌てて返信した。
【すまん!多忙過ぎてなかなか送れなかった。】これは事実だ。
【なんだーどうしたかと思ってたよー。】三夏からの返信がすぐに来た。
【どう??慣れた?】咲からも返信が来た。
【学校始まんないと分かんないなあ〜。】と返信しておいた。本当は不安だらけなのだが。
群馬へ発つ前日、お別れ会を開いてくれた。この6人が中心になり、当時のクラスメートのほとんどが来てくれた。中には涙を流してくれた人もいた。俺も泣きたかったのが本音だ。
【長期休みはこっち来いよな!】良からも返信が来た。
【あたしらも行くから待っててねー!】亜美が可愛いスタンプ付きのメッセージをくれた。
俺は一通り返信をした後、部屋に飾ったクラスメートからの寄せ書きを見た。みんなのメッセージが心に刺さる。東京に帰りたい。居場所が家にあれば今すぐに帰りたい。不安だらけの群馬より、居心地が良い東京へ。だけど不安の要素の根本は自分にある。俺は群馬や優里達のせいにしてしまっている自分にも苛立ちがあった。
3日後から始まる新たな学校生活。俺は改めて決意した。
「斎藤真司はもういない。俺は木村真司だ。初めて来た群馬で、初めての出会いなんだ。」
こうでもしなきゃ、気持ちが保たない。
3日後、丘之城高校の新学期が始まった。
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