四章 - 最後にはあるべきところに収まる10
ヨンジャの家はひどく散らかっていた。そこにある物は何も大切にされていなかったし、しまわれていた物も大切なフリをされただけの物だった。ソヨンはもともと、不安定な環境で生まれ育ったのだ。彼女が落ち着ける場所は、制作の中にしかなかった。しかし、生前の彼女の作品はそこまで高い評価は受けておらず、制作しつづけること自体が安定していなかった。
物がきちんとあるべきところに収まった空間。彼女はその空間に、自分自身が落ち着ける場所をつくったのだろう。母と恋人、そして何より制作への渇望。不安定な状況をまとめ上げて作品として昇華させ、最期に行きついたのがソヨンの遺作「手と骨」だ。
志穂は浅倉にメッセージを送る。早朝にもかかわらず、浅倉からすぐに電話がかかってきた。
「朝からすみません、メッセージを読んで気になってしまって。ソヨンの遺作がなにか分かったって、ほんとですか?」
「はい、彼女の最期の作品はあの部屋そのものなんです」
志穂は自分の考えを浅倉に説明する。志穂の言葉に耳を傾けながら、浅倉の声は少しずつ滲んできた。
「私がそう思うっていうだけで、本当かどうかは分からないです。でも、たぶん、絶対そうだと思うんです」
浅倉はわずかに震える声で志穂にお礼を言う。
「志穂さん、ありがとう。すごくソヨンらしいです。彼女が最期までアーティストとして生きていたことが分かって、…嬉しいです」
息遣いと沈黙の後、改めてお礼を言い合って電話を切る。志穂は携帯の画面をしばらく見つめたまま立っていた。それから自分の作品に目をやる。会場中に散らかった紙。それと真新しい白い壁。
今度こそ、最後の作品として満足いくものになった。志穂の目を、涙が膜のように覆う。今度こそ、アートをやめられる。
志穂は会場を出て二階の自室に向かう。階段の輪郭が前よりはっきりとして見える。シャワーを浴びて一眠りして、オープニングに備えよう。
身支度を終えた志穂は、深い眠りについた。
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