四章 - 最後にはあるべきところに収まる9
すでに夜十時をまわっていた。志穂はスタッフが置いてってくれたお菓子を口にしながら、休まず手を動かしつづけた。固い紙を破きつづけたので、指が痛い。志穂は開きっぱなしだった会場のドアを閉め、作品と二人になる。作品の上に書かれた文字はすでに全く読めなくなっている。目の前には紙の山だけ。
志穂は裸足になり、紙を空中に放り投げる。視界に赤い色がちらつき、それが空になった志穂の感情のボトルを埋めるように降り積もっていった。紙をちぎって放り投げてを繰り返すうちに、志穂の身体に悲しみと怒りがもどってきた。
志穂は声を上げて泣く。泣きながら紙をちぎり、服の袖で涙を拭ってまた紙を空中に散らして泣く。大声を上げながら泣いてちぎって、会場内を歩き回る。会場のすみずみまで、自分の声が染み入る気がした。
小さな山になった紙の上に寝転がって天井を見上げると、想いが空間に充満しているような錯覚を覚える。ここは、私の場所だ。私だけの場所。この空間は、私の味方。
「物がなにも落ち着いてないんですよね。あるべきところに置かれない不安定さが写真と写真との間に漂っているように感じるんです」
真山の「手と骨」には不安定さがあったが、この空間はめちゃくちゃに見えてとても落ち着いて感じる。物があるべきところに収まっている。
目をつぶって大きく息を吸った瞬間、志穂は身体を起こして目を開けた。
志穂は飛び起きて携帯を手に取り、画面を操作してソヨンの写真を探す。母に送ったという最期の写真。細部を拡大しながら画面を丁寧に見る。気をつけてみると、壁に文字が書かれているように見える。正確には書かれた文字をこすり消したような痕跡。誰かがソヨンの部屋に文字を書き残してプレッシャーをかけた? 文字ははっきりと読み解くことはできない。自分の気のせいかもしれない。しかし…。
確定的なことは言えないが、確信に近い感覚が志穂にはあった。
ソヨンの最期の作品、それはあの部屋に遺された空間そのものだ。
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