四章 - 最後にはあるべきところに収まる2
丁寧な口調で浅倉に声をかけられ、志穂は視線を周囲に揺らし、手に持ったカバンを胸に抱えながら頭を下げた。
「あ、はい、すみません、なんか来ちゃって…」
「いえいえ、僕が呼んだんですから」
浅倉の左手には点滴のラインが繋がっており、右手に包帯が巻かれていた。顔を刺されたという話があったが、顔には大きな傷はない。右手でかばったのだろうか。
「お体、大丈夫ですか?」
志穂が上目遣いに浅倉を見ると、浅倉はやわらかい微笑みを見せた。
「まだ痛いですけどね、話すのはぜんぜん大丈夫です」
「そうなんですか、よかったです」
数秒の沈黙の後、「なにか飲みますか?」と言って浅倉はベッドサイドのミニテーブルに置かれたお茶のペットボトルを指さした。
「あ、いえ、だいじょぶです」
志穂の視線が揺れながら浅倉の視線に合わさる。浅倉はもう一度しっかり笑顔を見せてから包帯の巻かれた右手で、半分残ったペットボトルのお茶を軽く口にふくむ。
「志穂さんのパートナーが『手と骨』っていう作品をつくってたって言ってましたよね」
「はい。でも! 全然関係ないみたいで」
「ふふ、そうですね。あの作品はソヨンのじゃない」
志穂の心配を見透かしたように、浅倉はわずかに声を出して笑った。
「でも、あの作品はソヨンがつくっていたものと少し通じるようなところがあって」
浅倉は言葉を切って、志穂の目を片方ずつ見る。
「彼氏とソヨンのことってなんか聞いてる?」
志穂はまばたきをしながらうなずく。
「あれは、自分の作品だって」
「うん。僕もそうだと思う。作品についてなにか聞いてないかな」
「空間を使ったインスタレーションだって。俊介は、今は写真ばっかりでインスタレーションはやらないんです」
「空間、か」
浅倉は低い声を流した後、「たぶんそれ、物体だけが作品ではないっていう意味だよね。特に彼の『手と骨』に関しては、物体として置かれた作品よりも作品によって阻害された空間に意味をもたせているのかもしれない」
浅倉の返答を聞いて、志穂は自分がアート作品を知ろうとしていなかったことを恥じた。空間を使ったインスタレーション。インスタレーションのほとんどは空間を使っている。その言葉から深い意図を読み解こうとしていなかったのだ。
「真山のつくった『手と骨』の写真、お持ちだったりします?」
「いいですよ。見たことなかったですか?」
「あの、ちょっと、ケンカしちゃって…」
「そうでしたか。素晴らしい作品ですよ。ぜひ、彼にも声をかけてあげてください」
浅倉はペットボトルの脇に置かれたケータイを取ると、点滴のついた左手の人差し指で画面を操作して、ある動画サイトを志穂に見せた。
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