三章 - 作品は在るが見えない5

 アルコは周囲の視線を気にせず、ケータリングのサンドイッチやドーナッツを頬張り続ける。集まったゲストを出口に誘導し、スタッフは展示室を片付け始める。ディスプレイの電源が落とされ、照明が落とされ、入口にあった告知バナーが取り外され、展示案内のカードはトイレの前のゴミ箱に廃棄された。

 一緒にレジデンスに参加している韓国人アーティストがスタッフに抗議していたようだが、取り入れられなかったようだ。

「あの動画、韓国で前にすごい話題になってたんだよね。数年前にかなり問題視されてたんだ。今回の件については、それが展示されるってことを事前に明記されてなかったことが問題みたい。企画書と内容が全然違うって、スタッフが言ってたよ」

 志穂が聞くとアーティストはそう言って、自分のアトリエに戻ってしまった。志穂はケータリングを一人で食べ続けるアルコのところに行く。

「食べないの? みんな食べないみたいね」

 アルコがコーヒーを飲みながら言う。みんな、気まずくてアルコの近くにいられないのだ。志穂はアルコを一人にすることもできず、中途半端な空間に立っていた。

「検閲じゃないの、これ? ねえ、志穂、そう思わない?」

 志穂は苦笑いして首を傾ける。

「さぁ…」

 検閲かどうかはともかく、わいせつなものや過度に暴力的な表現が入るものについては、展示室に入る前に注意書きがあってしかるべきだろう。世の中にはそれを見たくない人もいるのだから。

 志穂は両手を組み替えたり握りしめたりしながら、アルコを見ていた。笑顔をつくりながら食べ続けるアルコの表情からは、真意が読み取れない。

 展示室を片付け終わったスタッフに呼ばれ、アルコは事務所に向かう。一人残された志穂は、誰にも触れられずに残った食物と目を合わせて佇んでいた。

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