三章 - 作品は在るが見えない4
アルコの個展オープニング当日、会場内に用意されていた六つのディスプレイには黒い布がかけられていた。オープニングの時に同時に布を取って見せるらしい。個展タイトルは「死にたくない」。アルコはヘッドホンで音響のチェックをしている。
奥行きが30メートル近くある広い会場だ。左右に三つずつディスプレイ、四隅に大型のスピーカーを設置してもかなり壁に空きがある。展示会場の中央に、刃が茶色くなったチェーンソーが置かれていたのが気になった。
会場入り口には、ケータリングの軽食が用意されている。オープニングの開始時間を前に、徐々に会場に人が集まってきた。志穂もゲストに混ざってオレンジジュースを手に取る。グラスを持った人たちが会場内を歩き始めた。ディスプレイにはまだ布がかけられているが、音が会場に流れ始める。ダンスソングのようなポップな音楽に、チェーンソーの駆動音のような機械音が混じっている。
スタッフがアルコに呼びかけ、集まったゲストにも声がかかる。韓国語でアルコの短い紹介が入り、日本語のできる通訳者がレジデンススタッフの紹介を日本語訳する。
「日本人アーティストのアルコさんです。これまでパフォーマンスやビデオアートを中心に活躍されてきました。では、説明をお願いします」
アルコが会場の中央に立ち、近くの人に黒い布の端を掴むように伝える。
「せーので一斉に取ってもらうように伝えてもらえますか」
六人のゲストがディスプレイにかけられた布の端をつかむ。
「ではいきますよ! ハナ、ドゥル、セッ!」
黒い布が床に落ち、大画面に映し出されたのは腹から血を流した男性の姿だった。ディスプレイごとに画面が違う。舌を出しながらリズムに乗るようにチェーンソーを振り回す姿、片手で丸太を切り刻んでいく姿、チェーンソーを投げたり振り回したりする姿、自分の腹を誤って切り、地面に倒れてうめく姿。カメラは倒れる男性を執拗に追い、助けようとしない。
男性はカメラの視線を手で塞ごうとするが、後ろによけられて撮影はつづく。ズームを使って血だらけの腹部に寄る。ズームインとアウトがリズミカルに手早く切り替わる。腹部がアップになったり、血を吐き始める顔がアップになったり。その間中、楽しげな音楽が流れているので、映像がフェイクなんじゃないかという気すらしてくる。
会場に来た人たちの中には、目をそらし会場を出て行く人も現れ始めた。アルコは薄く笑顔をつくったまま、人の動きを伺っている。スタッフに促され、解説を始めるアルコ。
「この作品のタイトルは『最期の瞬間までアーティストでいようね♡』です。アーティストとして生きることを選んでしまったら、死ぬ瞬間まで、髪の毛一本に至るまで、アーティストなのです。私は恐れます。アーティストとして死ねないことを。ただの人として死ぬことを」
オープニングにはレジデンスを運営する市の市議会議員も同席していた。レジデンスのスタッフは早口で志穂に告げる。
「これ、提出された企画書と内容が違いますよね?」
「違いませんよ?」
「いえ、内容では動物の死ぬ瞬間を記録した動画だって書いてましたよね?」
「人間も動物ですよね?」
レジデンスを統括する財団の責任者が、市議会議員に何かを話している。責任者とスタッフがアルコと話をした後、オープニングは中止と告げられた。
「展覧会自体も中止ですか?」
志穂がアルコに聞くと、アルコは楽しそうに「そうだって。明日には撤去しろって言われちゃったぁ。これで日本人作家のイメージ悪くなっちゃったねぇ、志穂ちゃん、責任重大だねぇ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます