三章 - 作品は在るが見えない3

「毎日って大変じゃないですか? 個展の準備もあるし」

「てかさぁ、この行為自体があたしのパフォーマンスアートなんだよね」

 アルコは画面を自分向きに戻す。動画から流れるチェーンソーの音がキッチンに小さく鳴り続けていた。

「ソヨンがいた時期に彼氏も住んでたから、あたしもけっこう行ってたんだよね、あの家。あたしもアーティストなんですって浅倉に言ったら、かわいいですねって。今度部屋に遊びに来ませんかって。

 あたしもバカじゃないから、何を要求されてるのかわかったけど、結局この世界ってコネでしょ。ギャラリーで取り扱われたらいいなぁって思って。迷ってたら、ソヨンも通ってるとか言われたからさ。

 でも、はぐらかされるばっかりで、あたしのことは売り込んではくれなかった。けっこう通ったのに。そのうち彼氏にもっと危ないことさせろって言われて。彼は浅倉のアパートに無料で住まわせてもらってる立場だったでしょ。一応、育ててもらってるみたいな名目だったし。もっと過激じゃないとウケないって言われ続けたんね。

 んでさ、その話聞いた後に彼が自分の腕や足ギリギリまでチェーンソーを振り回して制作するようなパフォーマンスをし始めて。そんで最期には自分の腹切って死んだってわけ」


 アルコは画面を見たままだ。動画が終わって別の動画に切り替わる。数十秒の沈黙。

「壁に死ねって書いたのあたし」

 アルコは志穂を見る。

「アート業界ってバカバカしいと思わない? 美とか言ってるけど、この世界は汚濁しかないよ」

 アルコはパソコンを閉じて立ち上がる。

「あたしはここに復讐のために戻ってきた。あたしがやりたいのは、お花畑みたいな美じゃなくて、現実的な汚辱を作品にすること、じゃあね」


 レジデンスでのアルコの個展は志穂より早い。今週中にはインストールを開始して、来月の頭にはオープニングだ。彼女の個展のすぐあとが志穂の展覧会の予定だった。


 志穂はアトリエに向かう。企画も提出した今さらになって迷っているが、手を動かし続けなければ何も見えてこない。色が散りばめられた紙を千切り、組み合わせて袋状のものをつくる。この紙の袋の中に人が入れるのだ。髪の毛に包まれる子どものようなイメージ。

 髪は、ヒトの頭部を守っている。他の毛より明らかに長く長く成長する。しかし、成長すればするほど切り捨てられる部分も多くなる。

日本と韓国の紙を混ぜ合わせてできた巨大な袋を下から細長く切り裂いて髪の毛のようにする。訪れた人は紙でできた巨大なカツラ状の作品の中で、髪と対話する。


 現代アートとして、この作品がおもしろいのか、志穂自身もよく分かっていなかった。混ざり合う色と紙の髪。

「作品、切っていいことにしよう」

 ハサミを置き、髪を揃えるようにカットしていい作品にしよう、と志穂は考えた。束ねたり結んだり、リボンやゴムを用意して、ヘアスタイルを整えるように遊べる作品にしよう。


 好きな髪と対話する。そこにコンセプトやアートとして価値があるのかは分からないが、自分の最後の作品としては、それでいいと思えた。

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