二章 - 痕跡はあらゆるところにあって消えずにいる7
ヨンジャの家は青い屋根の平屋だった。小さなキッチンと居間があり、奥の部屋が寝室のようだ。天井は放射状に伸びた梁が見えていて、韓国に古くからある造りの家だった。
寝室の奥の棚にソヨンの遺品がしまってあると言うので、アルコと志穂は先に見せてもらうことにした。お茶を用意するのでご自由に、と言ってヨンジャは寝室を出て行く。寝室の一人用のベッドの上には皺だらけになった掛布団が起きた時の状態のまま放置されていた。ベッドの横にはティッシュ箱が置かれており、その近くのごみ箱はお菓子の包み紙や丸められたティッシュでいっぱいになっていた。
「棚、開けてみようか」
アルコが言いながら木製の棚の引き出しを開ける。引き出しの中には文房具や過去の個展の案内状のほか、ヨンジャの物らしい服がごちゃ混ぜになっていた。
「てかさ、どっからどこまでが遺品かわかんなくね?」
アルコは言いながら次々と引き出しを開けては閉めていく。
「ちゃんと見なくていいですか? 中を出すとかして」
「作品っぽいのがあるか、まずざっくり見よっかなって。うーん、でもそれっぽいのないかもね。あ、これが一番遺品っぽい感じかな」
一番下の引き出しを開けてアルコが言った。引き出しには古いカメラやノート、書籍、文房具などが入っている。ほかに毛先が切れた筆やナイフ。
アルコが取り出したノートには、英語ではない外国語の本の切り抜きや、写真が挟まっていた。
「アルバムかな、これ」
「どれですか」
「んー、これ、そうじゃない?」
志穂はアルコから渡された小さなアルバムをめくっていく。海外の写真だ。大学時代だろうか。友人たちと一緒に写っている。
その中に、真山と二人で写っている写真があった。
写真に写っている真山は若かった。クセのある黒髪に片手を当てて笑っている。寄り添う二人の距離感から、二人が恋人同士なのは明らかだった。
髪の色は茶色に変わったが、今と同じように笑い方がぎこちない。笑うのが苦手だと真山はよく言っていた。感情をどうやって表していいのか分からない。自分の表情はいつも虚構にまみれている。それが真山の現在までつづく口癖だ。
さらにページをめくると、二人の写真が多くなった。夕暮れの空をバックにしたもの、自宅でケーキを囲んで。ささやかな時間が写真には凝縮していた。志穂はアルバムを閉じようとして、最後のページに紙が挟まっているのを見つけた。四つ折りになった紙は韓国語と英語と日本語で書かれたメモだった。日本語のメモの一つに「手と骨」と書かれている。字は、真山のものじゃない。女性が書いたような筆跡だ。志穂は息を止めるようにして紙をたたんでアルバムの間に戻す。
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