二章 - 痕跡はあらゆるところにあって消えずにいる6
翌日、志穂とアルコは地下鉄を二時間ほど乗り継いで待ち合わせの駅に向かった。アルコについて駅を出ると、カフェの前に先日見かけた女性が立っていた。
アルコが韓国語で挨拶し、志穂のことを彼女に紹介する。韓国語が話せない志穂は「アンニョンハセヨ」と言って頭を下げた。
「ソヨンのお母さんのヨンジャさんね。家まで車で送ってくれるって。その前にソヨンのいたアパートに寄ってくれるから」
志穂とアルコはヨンジャの白い車に乗り込む。車に乗っている間中、助手席に乗ったアルコは、流暢な韓国語で楽しげに話し続けていた。二十分ほど走ると、ヨンジャは道の脇に車を寄せて停める。
「ここから少し歩くみたい」
車がぎりぎりすれ違えるくらいの細い坂道をヨンジャについて上がっていく。かわら屋根の建物が多い住宅地だ。壁が崩れているところも多い。何度か道を曲がったところにアパートはあった。二階建てで部屋数は六室。ヨンジャが部屋の窓を指さしながら、アルコに話しかける。
「ソヨンの部屋は二階だって。二階の一番奥の部屋を浅倉が事務所として使ってて、その隣がソヨンの部屋だったみたいね」
志穂は部屋を見上げる。ソヨンの部屋は二階の真ん中だ。
「前に話したでしょ。一階に住んでたアーティストも死んでる。やばいよね、ここ」
「二人も亡くなってるんですね…」
「だから閉じたんだろうね」
ヨンジャが唇に力を込め、涙をにじませながらアルコに話しかける。
「娘は浅倉に搾取されたって。生きてる時も死んでからも。すごく悔しいって」
「搾取って?」
「性的な関係ってことじゃない?」
志穂は浅倉の顔を思い出す。アパートは壁が剥がれ、窓枠にも埃が積もって黒くなっていた。
「直接的じゃないにしてもさ、浅倉がなんかしら追い込んだんじゃない? ソヨンってすごい美人だったし。陰のある美女って感じ。そんな彼女が部屋で一人、食べることを拒否して死ぬ。すごいニュースになってたからね、実際。それからだし。売れるようになって作品の値段も上がったのって。話題性ってやつ?」
志穂は返事をせずにうなずき返しながら、かすれているが一階に赤字で韓国語の落書きがあるのに気づいた。
「あれ、なんて書いてあるか分かりますか?」
志穂は落書きを指さしてアルコに言う。
「ああー、あれねぇ、知りたい?」
ヨンジャがアルコに話しかける。仕草からそろそろ家に行こうと言っているのだろう。ヨンジャが急かすように坂道を下り始める。アルコがそれに続くが、その前に振り返って目に軽く笑いを含ませながら志穂に言った。
「死ね」
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