二章 - 痕跡はあらゆるところにあって消えずにいる2
「私、今、アーティスト・イン・レジデンスで釜山に来てるんです。本当はこれでアートはもうやめようって思ってて」
「どうして?」
手と骨とは全然関係ない話を始めてしまったと思ったが、浅倉は志穂の話を一瞬も遮らなかった。
「なんでやってるんだろうって。なんのためにっていうか。昔はつくってるだけで楽しかったんですけど。ぜんぜん売れないし…」
「うん」
「つくる作品が実家にどんどん溜まっちゃって。親にもなんとかしろって言われて。去年、昔の作品をほとんど捨てちゃったんです」
「それはもったいないことを」
「辛いかなって自分では想像してたんですが、ぜんぜん、なんか気持ちも動かなくて。すごく大事だったはずなのに」
志穂は言葉を切る。初めて会った人にこんなにプライベートな話をしてる自分に驚いていた。
「そう」
浅倉はそれ以上何も言わなかった。
志穂はコーヒーに視線を落とす。ニューヨークで作品発表してみたい。学生の頃はそんなことも考えていた。海外に出たことなんてほとんどないのに、漠然とした憧れみたいなものを持っていて、それが制作をつづける糧になっていた。しかし、ニューヨークで展覧会をやるなんて、志穂にはほぼ不可能だといつしか気づいていた。お金を払ってレンタルギャラリーを借りれば可能だろう。でもそれでは単に自分の思い出づくりにしかならないように思えた。
何をすれば売れるのか、何をすれば受けるのか。そういうことを考えて手を動かしているうちに、自分がなんで作品制作しているのかが分からなくなってしまった。
「彼女の作品、どう?」
浅倉に声をかけられて、志穂は顔を上げ、店内の作品に目を向ける。正直なことを言うと、初めて見た時から、作品に心を掴まれたような気がしていた。作品そのものになった彼女が、まるで生まれた時からそうであったかのような異様な自然さでそこに写っていたからだ。
「すごく…、いいなって思いました」
才能の違いなのだろうか。志穂の作品には、誰かの足を止めるような力も、自分自身を驚かす力さえない。
「餓死して死んだって聞いたんですけど、本当ですか?」
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