第12話 約束

「TGC」


私が読モを始めるとき、じゅんくんに目標を立てようと提案された。


「目標か〜、どうせなら大きい方がいいよね?」


私達のデートといえばじゃんくんの部屋が定番となっていた。ベッドで寝転がりながら雑誌を読んでいるじゅんくんに身を乗り出して話しかけた。


「あまりにも現実離れしたのはダメだけどな。事務所と契約とか専属モデルとかは強気に通過点って思うくらいでよくないか?」


私の思考はあっさりと否定されてしまい、う〜んと考えているとBGMとなっていたテレビでTGCの特集が放送されていた。


「じゅんくん、これはどうかな?」


私はじゅんくんの袖を引っ張ってテレビを指差した。


「ん?東京ガールズコレクションかぁ。いいんじゃないか?」


雑誌を脇に置いて身体を起こしたじゅんくんはテレビを見ながら私に親指を立ててきた。

ベッドに座ったじゅんくんの膝に寝転がりながら「じゃあ決定〜」と軽い口調で宣言した。


あれから6年が経った昨年。私はオープニングアクトとしてTGCに参加した。


『それでは、東京ガールズコレクション開幕です!オープニングアクトを務めるのはこの人!いま最もcoolなモデル、Rena!』


軽快な音楽の中、ランウェイを颯爽と歩いていく。


『じゅんくん、見てくれてるかな?』


ここを一つの目標としたことは間違いじゃなかった。失ったものもいっぱいあったけど後悔しても仕方ない。無くしたものはまた手に入れる努力をすれば良いんだもん。


眩い光の中でポージングを決めると「きゃー!」という割れんばかりの歓声と、目が眩むほどのフラッシュが焚かれた。


「Renaちゃんお疲れ様!」


控え室に戻るとアキさんが興奮気味に迎えてくれた。いつもは冷静なアキさんも場の雰囲気に当てられているみたい。


「ありがとうアキさん。なんかあっという間に終わっちゃったね」


アキさんの前に座り鏡越しに話しかけると「あはは」と苦笑いされた。


「まあ、これを目標に頑張ってきてたから終わって気が抜けたんじゃない?気を引き締めるためにも次の目標はパリコレにする?」


真剣な表情なのに軽い調子で言うアキさんに口を尖らせて抗議する。


「違います〜、次の目標は決まってるんだから」


これまで仕事に全てを捧げて頑張ってきたんだもん。これからはプライベートも充実させる!そのために勉強も頑張ってきたんだから。


「アキさん、今も名古屋に住んでるんだよね?」


千葉出身のアキさんが仕事で東京と名古屋を行ったり来たりしているのは聞いていた。


「うん。名古屋のお店で働いてるからね。まあ、運転に慣れるのは大変だけど住めば都ってやつよ?」


「ふ〜ん。ねぇアキさん。今度大学の下見がてら遊びに行ってもいい?」


初めて行く土地を誰かに聞きながら歩いて行くにはちょっとだけ不便な立場になってしまった。


「大学?Renaちゃん名古屋の大学に行くの?」


まあ、アキさんの驚きも最もだろう。すでに生活に困らないだけの給料はもらっているんだからわざわざ大学に行く必要はないと思ってるんだよね?


「じゅんくんがね、名古屋にいるんです。TGCはじゅんくんとの約束だったから。いまなら会いに行ってもいいかなって。言い訳してもいいかなって思ってるの。許してくれるかはわからないけど……でも、ちゃんと話したい」


真剣な表情で私を見つめてたアキさんの表情が緩んで慈しむような笑顔を向けてくれた。


「そっか。わかってもらえるといいね。Renaちゃん頑張ってたの私は知ってるよ?だから自信持って行っておいで」


「うん。当たって砕けろだね」


「砕けちゃうの?」


鏡越しに顔を見合わせてながらクスクスと笑い合った。


♢♢♢♢♢


「はい」


突然後ろから声をかけられて顔を上げるとアキさんと目が合った。


「お疲れだね」


「あはははは。試験が近から勉強もしないと」


前期試験が間近に迫ってきているので、これまでの遅れを取り戻すために睡眠時間を削りながら勉強をしていた。

ふと目の前をみるとアキさんが雑誌を置いてくれていた。


「あ、できたんだ」


GWにロケをした『巡り』の表紙には後ろを振り向きながら彼氏の手を引っ張る私が写っていた。


「昨日お姉ちゃんにもらってね。Renaちゃんに早く見せてあげたくて持ってきちゃった」


ファッション雑誌以外に私が載っているのは珍しいので新鮮な気持ちで見ることができる。


「あ〜、ここのかき氷美味しそうでしたよね〜。次の機会は行きたいな〜」


私がページをペラペラめくっているとアキさんが覗き込んできた。


「どれどれ?あ〜、そこ私も気になってた。今度行かなきゃね」


そう言えば巡りはこの辺ではデートの参考にできるような雑誌だって言ってたよね?


「ところでアキさんは誰とかき氷を食べに行くつもりですか?」


アキさんは少し驚いた顔をしたが、すぐに思い出したかのような表情をしてスマホの画面を見せてきた。


「……あの、もしかして」


「そうよ〜、私のかわいいかわいい姪っ子とのデートのために情報収集してるのよ。ライバルがいるから情報戦争にも負けれないのよ」


「はあ」


両手で拳を握りしめているアキさん。誰と戦ってるのかしらね?


「アキさん、これ借りていいですか?サークルのみんなで見たいんです」


「ん。どうぞ。頑張ってデート誘えるといいね」


「はい。頑張ってみます」


いまはまだ無理だけど、近い将来には私がじゅんくんの隣にいたい。だから私は諦めるわけにはいかないよ。

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