第10話 伊勢に行こう(前編)

「GW?いや、実家なんて帰らないぞ」


「あ、やっぱり?淳平ならそう言うと思った」


香奈特製の手捏ねハンバーグに付け合わせはマッシュポテトとニンジン。コーンポタージュと野菜サラダと山盛りライスが今日の晩飯のメニュー。


「年に一回くらい顔出しておけば問題ないだろ。香奈は帰るのか?」


「ん?帰ると淳平がさみしがるでしょ?」


「は?ああ。まあな」


「……あんまりみたいだね」


最近ではほぼ同棲状態だからたまには1人でゴロゴロしたいとは言える雰囲気ではないな。


「あ〜、そういえば2人で旅行したことなかったな」


「そ、うだね。ひょっとして淳平。何か考えてくれてた?」


あれ?何か余計な期待させたか?


「いや、悪い。そういうわけじゃなくて、ただ単にしたことなかったなって思ったんだ」


身体を乗り出していた香奈がため息を漏らしながら椅子に座り直した。拗ねた表情のままマッシュポテトをパクリ。


「な〜んだ。ちょっと期待しちゃった」


「そういうお前は何か考えてたのかよ?」


ハンバーグを切っていた手が止まり顔を上げて上目遣いで俺を見てくる。わざとやってるならあざといな。旅行をおねだりといったところか?


「思い出つくりたいな。一緒にいられればうれしいんだけどね。やっぱり思い出も作りたいなって思うわけですよ」


「……行く旅行。泊まりで」


「行く!いまからでもホテル取れるかな?」


パァッと明るくなった香奈の表情は小さな子供のように無邪気だった。


「どうどう、ちょっと落ち着こうな。ちなみに行きたいところはあるのか?」


「ホテルが取れるかわからないけどお伊勢さんは?最悪日帰りできるし、泊まるところ確保できれば志摩の方にもいけるよ」


「志摩って何があるんだ?」


「テーマパークとか水族館があるよ。あとは夫婦岩とか。ほらっ、初日の出のときに映る岩!鳥羽なら水族館もあるよ」


もう少し語彙力なんとかならんか?

それにしてもこいつ。


「お前の中では決定事項なんだろ?」


「えっ?なんのことかな?」


「白々しい。じゃあ別の場所にするか?」


「淳平はそういう意地悪はしないもんね?」


♢♢♢♢♢


「ロケ?」


「そう、GWにね」


「観光地なんだから混むんじゃない?」


「まあ、混むでしょうね」


「平日にやればいいのに」


大学に入学してから初めての長期連休。

まあ、元々私には関係ないのはわかってたけどね。学生とは言えプロだし。まあ連休はおろか、確かしばらく休みもなかったはずだ。サークルで仲良くなった茜、亜季、栞もそれぞれバイトがあると言ってたし。


「ロケーション的に人混みが欲しいそうよ」


「え〜、なんとも迷惑な仕事ですね」


「まあ、そう言わないの。アキちゃんからの紹介なんだからしっかりね」


アキさんの紹介?知り合いのカメラマンさんからかな?


「そういうことなら頑張ります。キムさん、アキさんも一緒だよね?」


「もちろんよ。お土産は赤福ね」


♢♢♢♢♢


「それにしてもよく旅館取れたな」


ナビシートでカーステレオから流れているJ-POPに合わせて鼻歌を歌っている香奈に話しかけると得意げな顔で身体を寄せてきた。


「ふふ〜ん、すごいでしょ。褒めてくれていいんだよ」


「いや、それ何回目だよ」


「上限はないんだよ?何度でも褒めましょう。その方が長持ちするよ?」


さっき聞いていた歌の歌詞に似たようなフレーズがあったなぁ。まあ、いまさらお前の取説なんていらないけどな。


「はいはい。香奈はえらいな〜」


横目でチラッと見ながら左手で香奈の頭を撫でてやる。


「子供扱いはやめてくれるかな〜」


「そんなこといいながら、うれしそうな顔されてもなぁ」


本人はそっぽ向いたつもりかもしれないが、視線が下に向いただけでうれしそうな表情は隠し切れていない。


「バイトさまさまだな」


「ねっ、以前取材した旅館でたまたまキャンセルがあったんだって。みんな常連みたいで社員さんが連絡してくれたんだ」


香奈は出版社への就職を希望しており、たまたま募集していた情報誌のバイトに採用された。将来的には文庫の編集に携わる仕事をしたいみたいなのだが、何事も経験と前向きに捉えてる。


「とりあえず旅館にチェックインでいいんだろ?」


「うん。混んでるだろうから旅館に車停めて公共交通機関で行こう。その後におかげ横丁で食べ歩きしようね」


今回の旅行をよほど楽しみにしていたらしく、似たような旅行雑誌を何冊か買い込んでいた。無論、バイト先で発行している「巡り」のバックナンバーも携えている。


♢♢♢♢♢


「いらっしゃいませ」


「予約してます櫟木です」


「はい櫟木さまですね、ようこそ四季亭へ」


着物を着た若い女性が出迎えてくれた。若女将だろうか?見た目は30代前半といった感じだ。創業35年で純和風の趣のある旅館だ。


「は〜、畳の匂いだ」


「懐かしい?」


「まあ、いまの家には和室ないからな」


「じゃなくてさ」


香奈が俯き加減で言い淀んでいる。

ああ、なるほど。

気にする必要ないのに。

勘違いしてるな。


「香奈」


「ん?」


「部屋の畳と道場の畳じゃ匂い違うぞ。道場のは表面が加工されてるし、臭いがしても汗臭いだけだぞ」


「そうなの?」


目を見開いて驚きの様子。

まあ、道場の畳の匂い知ってる人の方が少ないよな。


「それよりもさっさと出かけないか?まったりしちゃうと出たくなくなる」


「それは大変。急ごう!」


焦った表情で俺の手を掴んで立たせようとするので、逆に手を引っ張ってやると


「きゃっ」


と俺の胸に倒れ込んできた。


「淳平〜」


不満げな表情の香奈を抱きしめて温もりを確認。


「ちょっとだけ」


「もう、仕方ないなぁ」


口ではそんなこと言いながらも、上目遣いで俺を見ている表情は幸せそうに映った。

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