第8話 好きなら
"忘れてください"
私が淳平を?
突然宣戦布告をしてきた彼女に困惑するしかなかった。
この子から離れて行ったのよね?
それなのに取り戻しに来たってどういうこと?離れたのは理由があったから?それが解決したからやり直したいってこと?
仮にそうだとしても「はい、そうですか」なんて言うことはない。私だってずっと淳平に片思いしてたんだもん。やっと振り向いてくれたんだもん。手放すわけないよ?
「平井さん」
「なんですか?」
努めて冷静に言葉を絞り出した。
「私は淳平が好き」
「はい?」
「私から言うことはそれだけです」
淳平をかけて争うとか考えたくはない。
私は淳平と一緒にいたいだけ。この子が来てから淳平は私を選んでくれた。それが答えだと思う。勝ち負けじゃない。私と淳平の想いが一致したんだ。この子の想いは一方通行。強い想いでここまできたのは理解できる。モデルさんだもん。実家は北海道でしょ?仕事は東京とかでしょ?
淳平がいるからここにきたんでしょ?
それだけでこの子の想いはわかる。
でもね、一方通行なんだよ?淳平に想いを伝えたいなら伝えればいいと思うよ?私は変わらないもん。淳平の隣にずっといるから。
「それは宣戦布告と受け取っていいんですよね?」
彼女の瞳からも強い意志が見受けられる。
「あなたがどう思うか、はあなたの自由だよ」
私は彼女に微笑んだ。
「負けませんから」
そう言った彼女は踵を返して新入生の集まっていたテーブルに腰を下ろした。
私が書きかけのプロットを進めようとタブレットに視線を戻すと「淳平が好き」耳元で囁かれた。
「きゃっ!って久美ちゃん!そうやってからかわないの!」
「よいではないかよいではないか〜」
後ろから抱きついてきた久美ちゃんがクスクスと控えめに笑い続けていた。
「大胆な子ですね。さすが売れっ子モデルさん」
「はぁ〜、確かにみんなの前で宣戦布告なんてされるとは思わなかったよ」
「にしても淳平くんの元カノだったんですね。しかも元サヤ狙いでうちの大学入るなんて、よっぽど頑張ったんでしょうね」
「まあ、そうだよね」
「だからと言って恋愛は別物ですからね。私達は香奈さんの味方ですからね」
抱きしめる腕に力を込めて意思を伝えてくれる久美ちゃんに「ありがとう」と答えた。
「2人を見守ってきた私達としては香奈さんには幸せになって欲しいですから」
「うん、久美ちゃんもね」
「……私の話は置いといてですね。それ、新しいプロットですか?」
タブレットを指差しながら画面を覗き込んできた。
「ふむふむ同じ病院で生まれたけど、幼馴染みでもなく恋愛感情も抱いてなかった2人が次第に惹かれあっていく恋愛小説ですか。運命の赤い糸みたいな感じですか?」
「みたいなものかな?まだプロットの最中だからね。大幅に変わっちゃうかも」
淳平と付き合い出してからふと書いてみたくなったお話。最後はハッピーエンドで終わりたい。小説も、私自身も。
「ねぇ、香奈さん。今晩久しぶりに飲みに行きませんか?新入生で仲良くなった子もいるんで親睦の意味も込めて」
親睦かぁ。そう言われると断りづらい。
でも今晩はごはん作って待っているって約束しちゃったしな。
「ごめんね久美ちゃん。今日はもう淳平と約束しちゃった」
両手を合わせて謝罪すると、最近ではよく見る久美ちゃんのニヤニヤした表情。
「仕方ないですね〜。じゃあ後でお茶でもしましょうよ。いろいろ聞きたいこともあるし」
「あはははは。お手柔らかにお願いします」
♢♢♢♢♢
参ったな〜。
さっきの感じだと最近付き合い出したって感じよね?ひょっとして私と再会した後かな?櫟木先輩。おっとりした感じのかわいい系女子。私とは全く違ったタイプで男なら庇護欲を
「情報学部の平井です。みんな1年生ですか?」
私はまだ部屋に馴染んでなさそうな集団に話しかけた。
「うん、3人とも1年です。私も情報学部の
1番手前の黒髪ロングでいかにも文化系女子の眼鏡っ子、湊さんが答えてくれた。
「経営学部の
金髪ツインテールのツンデレ代表格容姿の川地さんはロリ要素も備えてるらしく、残念な双丘を頑張って主張させてきた。
「私も経営学部の
お洒落に全てを掛けてそうな空さんはブランドファッションで全身装備。パリなんて行ったらキャーキャー騒ぎそうなタイプね。
「空さん、大学では平井エレナでお願いね」
「そう?じゃあエレナって呼ばせてもらうね。私のことも栞って呼んで欲しいな」
「了解、よろしくね栞」
ニッコリと微笑むとサムズアップを返してくれた。
「あ、私達も名前で呼んでいいかな?」
「もちろん。亜季に茜も改めてよろしくね」
栞の真似をしてキメ顔でサムズアップしてみた。
「あはははは、エレナって意外とお茶目なのね。それに大胆、先輩に向かって啖呵切るんだもん」
「遠慮しててもしょうがないでしょ。私はそのためにここにきたんだもん」
「井戸先輩ってあの背の高い人だよね?エレナちゃんの元カレだったんだ」
遠慮がちに亜季が呟いた。突然の騒ぎに頭がついていってないんだろう。
「騒いじゃってごめんね。亜季はじゅんくんに会ったことあるの?」
「結構サークルに顔出してると思うよ。今日いないのはたまたまって感じなんじゃないかな?」
なるほど。よっぽど運が悪かったってことね。これからこっちの仕事が増えれば会えるチャンスは広がるか。
「ねぇねぇエレナ。井戸先輩って櫟木先輩と付き合ってるんでしょ?一緒にいるところ見たことあるけど、すっごく自然で仲良さげだったけど勝算はあるわけ?」
周りから見てもいいカップルって思われてるんだ。私だって付き合ってるときはそう見られてたと思うんだけどな。
「ねぇ茜。あなただったら勝算のない勝負はしない?」
顎に手をやり考え出した茜はしばらくして口を開いた。
「恋なら諦めたくないね」
「でしょ?櫟木先輩がどれだけいい人かは関係ないの。現実世界でハーレムなんてあり得ないんだから私は全力で奪いに行くからね!」
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