第7話 宣戦布告
「はいOK!Renaちゃんクールに仕上がってるよ」
名古屋と東京の往復生活も、ひと月を迎える頃には随分と慣れてきた。
「Renaちゃん、お疲れ様」
撮影が終わり控え室に戻るとアキさんが笑顔で迎えてくれた。
「アキさんもお疲れ様です。今日は順調に終わって良かったですね」
撮影中、アキさんはすぐに動けるように立ちっぱなしで待機していてくれる。
「Renaちゃんが頑張ってくれたおかげだね」
「アキさん座って待機してればいいのにずっと立ってるんだもん。結構きついんじゃないですか?」
「ん?まだまだ若いから大丈夫だよ」
「若いって言ってもアラフォーじゃ—」
「スタジオ見渡してみなさい。今の一言でどれだけのスタッフを敵に回したかしらね?」
アキさんの指摘に凍りつく私。
みんなの笑顔が怖い。
ちなみにアキさんはギリギリ20代。
綺麗だし彼氏くらいいそうなのになぁ。
「ねぇアキさん」
「ん〜?」
メイクを落としてくれてるアキさんに鏡越しに話しかけた。
「結婚って考えたことありますか?」
「結婚ねぇ。高校生くらいの時は考えてたかな?」
「最近は?」
アキさんの綺麗な顔が曇る。
「私は結婚しちゃだめなんだよ」
それだけ言うと話しかけないでオーラを出して仕事に専念し出した。
聞いちゃいけないことだったのかも
「お疲れ様でした〜」
撮影が終わりマネージャーの木村さんの運転で東京の家まで送ってもらう。
「Rena、大学通えてるの?わざわざ名古屋と東京に家借りて。こっちにだって有名な大学いっぱいあるのに」
「くどいな〜キムさん。何回も説明したじゃないですか」
もちろん、事務所にはじゅんくんの話はしていない。仕事関係で知っているのはアキさんだけだ。
「勤勉なのは結構なことだけど倒れないようにしてよ?」
「私、こう見えても体育会系ですよ?」
「はいはい。それは何度も聞きました」
小学生の頃からはじめたサッカーは私の原点でもある。全国大会にもでたしジュニアの頃のチームメイトにはなでしこの中心メンバーになった人もいる。
「じゃあ次の撮影は念願の名古屋だからね。明後日現地のスタッフが迎えに行くからね」
「はいはい。楽しみにしてますよ」
「慣れないスタッフもいるかもしれないけど癇癪起こさないでよ?」
「も〜!私そんな短気じゃないですから」
明後日は名古屋で撮影。
サークルに顔出せそうね。
「まずはあの人が本当に彼女かどうか確認しなきゃ」
♢♢♢♢♢♢
「えっ?いいの?」
「あった方が便利だろ?いらなければ俺のスペアにするけど?」
そう言った途端、香奈は俺の手から鍵を奪い取っていった。
「……うれしい」
今にも泣き出しそうな表情の香奈の頭を引き寄せて俺の胸に埋める。
「隠してやるから元に戻せよ」
「……余計に時間かかっちゃうよ」
あの晩から俺と香奈の関係性は変わった。
元々甘えたがりなところはあったが親密な関係になり、それに拍車がかかった。
「どうしよう。ベッド1人じゃ運べないよ」
「いやいや、さすがにベッドはやめてくれ。一緒のベッドで寝ればいいだけだし必要ないって」
「同じベッド!」
顔から湯気が出てくるんじゃないかと言うくらいに蕩けた顔しないでくれ!
「はいはい、そこのお二人さん。そんなところでイチャイチャしないでくださ〜い」
「久美ちゃん⁈別にイチャイチャなんて—」
「なんだ、うらやましいのか?」
否定しようとした香奈の言葉を遮って逆に久美子をからかう。
「なによ〜!うらやましくなんか……」
「なんか?」
「ふんだ!淳平くんのたらし!」
久美子は拗ねたような表情で俺の横を素通りしていき、後からきた春樹には肩を叩かれて「リア充爆発しろ」と呆れ顔で言われた。
「やれやれ、謂れのないこと言いやがって」
アイツらこそさっさと付き合えばいいのにと思いながら2人の背中を見送ると、下から笑い声が聞こえてきた。
「ふふふ、リア充だって。ね、淳平。私達ってリア充かな?」
目元こそまだ赤いままだが、笑顔の戻った香奈が上目遣いで見てきた。
「や、お前その表情はヤバいわ」
今すぐにでも強く抱きしめて唇を奪いたい衝動に駆られが、辛うじて理性が勝った。
「見惚れちゃった?」
付き合うようになってから気づいたんだけど、香奈には小悪魔属性があったみたいだ。普段は控え目でおとなしい印象なんだけど俺の部屋で2人っきりの時なんかはグイグイ攻めてくる。
まあ、香奈本人が言ってたように焦りがあるのかもしれないけど……。
だとしたら俺のせいだな。
付き合い出してからひと月以上経ち、ほぼ毎日俺の部屋で、一緒のベッドで寝ているけどいまだに一線は越えていない。
まだ心のどこかで他人に対する不信感を払拭しきれてないんだろうな。そのことは正直に香奈に話した。
「しょうがないな〜、でも早く淳平のものにしてね」
こんなふうに言われてしうほど情けないことはないな。
「と、悪い。そろそろ行くな」
「うん。ごはん作って待ってるね」
渡したばかりの鍵をうれしそうに左右に振っている。俺はバイト、香奈はサークルに顔を出すみたいだ。
俺たちのサークルは気の向いたときに顔を出せばいいという気楽なスタイルの活動をしている。水野なんて飲み会にしか顔を出さない。まあ活動以外ではよく部室に来てるみたいだけどな。
♢♢♢♢♢
「こんにちは」
入学式の日にもらったサークル案内に書いてあった部室の扉を開けると中には10人ほど集まっていた。
「情報学部の平井エレナです。よろしくお願いします」
「えっ?モデルのRenaちゃん?」
「えっと、一応そうですけど大学では本名でお願いします」
「噂では聞いてたけど本当にうちの大学にいたんだ」
私を有名人だと知って特別視する人がたまにいる。仕方ないのかなと思うけれど仕事以外では普通の学生でいたい。
「平井さんね、4年の櫟木です。うちのサークルは特に決まりごとはないから本を読むのもいいし、みんなでカフェで論評してもいいし、ゲームばっかりやってる人もいるから好きにしてもらっていいよ」
櫟木さん。
入学式の時にじゅんくんが彼女って言ってた人だ。
「わかりました。あの、櫟木さん。今日じゅんくん、井戸さんはきてないんですか?」
じゅんくんの名前を出した途端、先輩の様子がおかしくなった。オロオロして落ち着かない様だ。
「じゅ、淳平は今日はバイトだからこないよ」
嘘を言ってる感じではないね。
それにしても運が悪いな。
せっかく顔出せたのにじゅんくんいないのか。
「そうですか。次いつくるかわかりますか?」
「何か用事?伝えておこうか?」
警戒心剥き出しだね。彼女かどうかはわからないけど、間違いなくじゅんくんに好意を持ってるね。
「いえ、本人と話がしたいので」
「そう。じゃあしょうがないね」
「ですね。先輩、ひとつ聞きたいことがあるんですけど」
部室内の学生が固唾を飲んで行方を見守っている。
「な、何かな?」
「先輩、じゅんくんの今カノですか?」
一瞬目を見開いて驚きの表情を見せた先輩がふっと息を吐いて真剣な表情になった。
「そうだよ。私は淳平と付き合ってるの」
まあ想定内のことだし、身近にライバルがいてくれて助かったわ。
「そうですか。ひょっとしてじゅんくんから私のこと聞いてますか?」
「一応聞いてるよ。元カノさん」
この人……。
「そうですか。じゃあ私がここにきた意味わかりますよね?」
さっきまでの狼狽えた様子はすでになく、強い決意のようなものが窺える。
「ごめんなさい。それはあなたにしかわかないわ。淳平もいまさらなぜ姿を現したのかわからないって言ってたし」
わからない?
そうだね。あんな別れ方しちゃったもんね。
それはこれからちゃんと謝るからね。
「詳しい話はじゅんくんにするとして、先輩にも一言いいですか?」
「私に?」
「はい」
心を落ち着かすために深呼吸をする。
「ふぅ〜」
「私はじゅんくんとやり直すためにここにきました。だから先輩。宣戦布告をさせてもらいます。私がじゅんくんを振り向かせてみせます。その時はきれいさっぱり忘れてくださいね!」
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